第13話 買い物
午前十一時十五分。昼食を作ろうと思い、冷蔵庫を開けた所、ケチャップがない事に気付く。
オムライスを作ろうと思ったのだが、はてさて、どうしたものか……。
よし。買いに行くか。
別に、メニューを変更すればいいだけの話なのだが、もうすでに、オムライスを作る気満々になってしまっているので、今さら別の物を作る気にはどうしてもない。
というわけで、出掛ける事にした。
「――で、なんで、お前が付いてきてるんだ?」
俺のベッドの上で、未だ寛ぎ中だった夏樹に、近所のスーパーに行く旨を伝えると、なぜか一緒に付いてきた。
遠くに行くわけでも、向こうに長居をするわけでもないので、付いてきても、別に楽しくはないと思うのだが。
「暇だし。いいじゃん」
まぁ、いいけど。
ちなみに、夏樹には、俺の着替えのために一度、部屋から出てもらったのだが、数分もしたら、すぐに戻ってきた。
折角、自分の部屋があるというのに、その部屋はいつ遣うのだろう?
まさか、着替えと荷物を置くためだけの部屋だと思っているのだろうか。……というか、今日は、俺の部屋で寝させないぞ。毎日アレでは、さすがに俺の気が休まらないからな。
家から歩く事、およそ三分。近所のスーパーに到着する。
実は、コンビニの方が微妙に近いのだが、この手の物を買う時は、どうしてもこちらを選択してしまう。スーパーの方が少し安い値段で買えるのも、その理由の一つだが、やはり気分の問題が大きい。
一階建ての、さほど規模の大きくないスーパーだが、普段使う食品を買う分には、ここで十分こと足りる。
店内に入ると、入り口付近に積んであったカゴを一つに手に取り、奥に進む。
お目当ての品はケチャップだが、いくつか数が少なくなっている物があり、それらもついでに買っておきたい。とりあえず、右の入り口から入ったので、そのまま、左周りに商品を見ていく。
納豆、牛乳、後は食パンもなかったっけ。
ケチャップに加え、その三つの品をカゴに収め、レジに向かう。
その道中、俺の持つカゴに横から手が伸びる。そして、何かをそこに入れた。
「……」
無言で、カゴにお菓子を入れた人物を睨む。
「えへへ」
舌を出し、悪戯のバレた子供のような表情で笑う夏樹。
「いや、いいんだけどさ」
「ちゃんと、後でお金払うって」
だったら、なぜ普通に入れない。ホント、訳の分からない奴だ。
レジに並び、順番が来るのを待つ。休日という事で、多少混んではいたが、それほど待つ事なく俺の番が来る。
カゴを台に置き、ズボンの後ろポケットから財布を取り出す。
買った商品の量が少なかったため、バーコードを通した商品はそのまま、前以ってカゴに入れておいたエコバックに入れられた。
合計金額からお釣りを計算し、ちょうど百円玉だけが返ってくるように、お金を支払う。
お釣りを受け取ると、俺はエコバックとカゴをそれぞれ右手と左手に持ち、カゴはレジ横のカゴ置き場に置く。
「なんか、違和感ないよね」
「何が?」
店から出て少し歩いた所で、夏樹がそう話し掛けてくる。
「買い物」
「別に、普通だろ」
「普通、かな……?」
なぜ、そこに疑問を持つ。
普通、だよな。……多分。それとも、もしかして普通じゃないのか? というか、そもそも普通の定義ってなんだ? 一般的、平均的って事か? だとしたら、家事の大半をこなす男子高校生は、果たして普通なのだろうか? いかん。段々、不安になってきたぞ。
「にしても、面倒な世の中になったよね」
「ん? 何の話だ?」
妙な方向に走り掛けていた思考が、夏樹の一言によって、正常なものに戻る。
「それの話」
そう言って、夏樹が俺の持つエコバックを指差す。
「昔はそんな物、いらなかったじゃない」
「そうか? 慣れると、気にならないけどな」
「そんな事言う男子高校生は、孝兄ぐらいだよ……」
呆れ顔の夏樹。
やはり、俺は普通じゃないようだ。
「ま、そこが、孝兄のいい所でもあるんだけどね」
「褒めてるのか、それ?」
「一応、ね」
「あっそ」
なら、いいや。
そう言えば、この辺りに岡崎の家があるらしい。中学の時、何かの拍子にその事を聞いたのだが、思えば、具体的な場所までは聞いていなかった。
なぜ、そんな話を今、思ったかと言うと、まさに当の本人が視界に映ったからだ。
「よぉ」
曲がり角を曲がって、目の前に現れた岡崎と江藤に向かって、片手を挙げる。
岡崎は、クリーム色のTシャツに、黒いミニスカートという出で立ちで、一方の江藤は、グレーのチュニックに、黒いスキニーパンツという格好。
岡崎の私服姿を見るのは二度目だが、江藤の私服姿を見るのはこれが初めて。どちらの服装も、何だか、非常にぽい。
「こんにちは……」
「……」
戸惑いを見せながらも挨拶を返してくれる岡崎に対し、江藤は無言で俺を睨むだけだった。
正直、怖い。
「こんな所で会うなんて、奇遇だな」
「ホント、奇遇ね」
冷めた声の江藤に、隣に立つ岡崎までもビビっている。
「あの、私、先帰るね」
「あぁ……」
空気を読んでか、あるいは耐えられなくなったのか、夏樹が一人、この場から去っていく。
その姿を一瞥した江藤だったが、その視線はすぐに俺へと戻された。
「あの子、誰?」
相変わらず、声は冷たい。表情も、何だか不満げだ。
「あの子って、夏樹の事?」
「夏樹って言うんだあの子。随分、仲良さげだったじゃない?」
こいつは、一体、何に対して怒っているんだろう?
「私には、家の用事があるからって言ったくせに、やっぱり女の子と会ってたのね」
「ん? 女の子?」
……ああ。なるほど。そういう事か。江藤は、俺が嘘を吐いて、自分の誘いを断ったと思って怒っているのか。
「違う、違う」
苦笑し、江藤の誤解を解く。
「何が違うって言うのよ」
「夏樹は従妹。だから、家の用事って言うのは、あいつの世話の事で、江藤を騙そうとかそういうんじゃないから」
あえて、内容をボカしたのは事実だが、断じて嘘は言ってない。それに、電話口で、全てをうまく伝えられる自信なんて、俺にはなかった。
「イトコ? アンタね、嘘吐くにしても、もっとマシな嘘吐きなさいよね」
「いやいや、嘘じゃないって。というか、なんで、お前相手に、そんな嘘吐かないといけないんだよ」
俺には彼女はいないし、別にどこの誰と遊んでいても自由なはずだ。
「むっ。それもそうね」
今までの勢いが嘘のように、江藤の表情が曇る。
「へぇー。城島君に、あんな年の近いイトコがいたんだ。いくつ?」
それまで息を潜めていた岡崎が、ここぞとばかりに雰囲気をほんわかとしたものに変える。
「十四。ちなみに、学年は俺達の一つ下の、中学三年生」
「家、近いの?」
「電車で一時間半って所だから、微妙かな」
県内だし、近いと言えば近い。気軽に来られるかと言うと、決してそうではないが。
「こっちに来てるのは、ゴールデンウィークだから?」
「まぁね。こっちには、連休の度に、しょっちゅう来てるんだ。最近だと、春休みにもこっちに来てたし」
ほんの、五週間程前の話だ。
「あ、そうなんだ。じゃあ、気付かなかっただけで、どこかで見掛けてるかもね。夏樹ちゃんの事」
その後、岡崎と少し話し、二人と別れる。結局、江藤は最後に別れの挨拶を交わしただけで、あれ以降、一言も喋っていない。
彼女なりに思う所があったのだろう。
歩いて少しすると、夏樹が壁にもたれて立っていた。
「帰ったんじゃなかったのか?」
俺に気付き、夏樹が壁から離れる。
「うん……」
まったく。何を気にしているんだか。
「行くぞ」
通り抜けざま、夏樹の頭を少し乱暴に撫でる。
「もう。止めてよね」
口では文句を言いつつも、俺の隣に並んだ夏樹の顔はどこか嬉しそうだった。




