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初恋ロマンティカ  作者: みゅう
2.生徒会
10/34

第10話 OGと料理

 二人の先輩に連れられ訪れたそのお店は、学校から歩いて十分程の場所にあった。


 喫茶〝味深(みみ)〟。

 味が深いと書いて〝みみ〟と読むらしい。変わった店名だ。


 店の外観は年月を感じさせる趣のある造りで、ヨーロッパ風というかアンティーク調というか、とにかくそんな感じだった。


 岸本(きしもと)先輩が扉を開けると、鈴の音が店内に鳴り響き、来客を告げる。


「いらっしゃいませ」


 女性のはつらつとした明るい声が、俺達を出迎える。


 長い髪を後ろで一つに縛った、女子大生風の女性だった。格好(かっこう)は、白いシャツに紺のGパンで、ズボンの上には黒いエプロンをしている。容姿は端麗で、笑顔の中に自信のようなものが見え隠れしていた。


 岸本先輩と姫城(ひめしろ)先輩は慣れているらしく、店員の案内なく、店の奥に進む。


 三人掛けのソファーに二人の先輩が並んで座ったので、俺もテーブルを挟んだ、その向かい側にある同じく三人掛けのソファーに一人で腰を下ろした。


 程なくして、人数分の水とお(しぼ)りを持った、店員が席にやってくる。先ほど俺達を入り口で出迎えた人だ。


「ご注文はお決まりですか?」


 水とお絞りをそれぞれの前に並べ、店員がそう尋ねてきた。


 二人の先輩はミルクティーを、俺はコーヒーを注文する。この店の特色がよく分からないので、とりあえずいつも他の店で頼んでいる物をチョイスしてみた。


「では、ごゆっくり」


 一礼し、店員が去って行く。


 現在、店内に俺達以外の客は一名しかおらず、店員も二人しかいない。注文を取りに来た女性と、カウンターでコップを磨く中年の男性だ。


「まずは、二日間お疲れ様。どうだ、生徒会の仕事は?」

「まだ分からない、というのが正直な感想です」

「そうか。まぁ、正式に君が生徒会の役員として認証されるのは、ゴールデンウィーク明けだから、それまでに徐々に感じを(つか)んでいくといい」

城島(きじま)君なら、きっと大丈夫ですよ」


 だといいんだが。


 数分後、注文した品を手に、店員がやってくる。


「ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか?」


 そして、飲み物をそれぞれの前に置くと、そう(たず)ねてきた。


「はい」


 女性の問いに、姫城先輩が答える。


「それにしても、珍しいな。お前達が、志緒(しお)以外の人間とここに来るなんて」

「へ?」


 突如(とつじょ)、変わった店員の口調と態度に、思わず驚く。


「彼は城島(こう)君といって、今度ウチに入った新入生です」

「どうも」


 姫城先輩に紹介され、女性に頭を下げる。


「共学一年目から男子を生徒会に入れるなんて、静香も意外と思い切った事をするな」

「いえ、これは学校側から正式に打診があった事で、別に私の意見というわけでは……」

「学校側から? それこそ、思い切った話だな」

「共学一年目だから、らしいですよ。内外に、共学した事をアピールしたいようです、学校としては」

「ふーん」


 皮肉混じりの岸本先輩の説明に、女性は微妙な表情をその顔に浮かべた。


 話を聞いている限り、この人も聖調(せいちょう)学園のOGのようだが、一体ふたりとはどういった関係なのだろう? ……まぁ、何となく予想はつくが。


「あぁ。すまない。この人は、御堂(みどう)(あおい)さんといって、静香の一つ前の生徒会長さんだ」


 俺の内心に気付いたのか、岸本先輩が女性――御堂さんを俺に紹介してくる。


「ちなみに、静香は一年の終わりには生徒会長をしていたから、学年で言えば葵さんは私達の二つ先輩、という事になる」

「どうもー」

「よろしくお願いします」


 笑顔でこちらに手を振る御堂さんに、再び会釈(えしゃく)をする。


「で、カウンターにいるのが、葵さんのお父様で、(さとし)さん。この店のマスターだ」


 岸本先輩の紹介に合わせ、俺が振り向くと、悟さんがこちらに軽く頭を下げてくれた。


 俺もそれに応じる。


「今回、生徒会に入るのは彼一人?」

「はい。今後の事を考えると、もう一人は最低でも入れておきたかったんですが」

「まぁ、数だけ(そろ)えても仕方ないしね。使えない(こま)は、足手まといにしかならない。その点、城島君はいい目をしてるよ」

「え? あの」


 御堂さんに、すぐ目と鼻の先まで顔を近付けられ、うろたえる。


「生徒会役員の中じゃ、誰が好みだ?」

「はい?」


 今まで話していた内容と全く違う内容の質問だったため、意味を理解するのに少し時間が必要だった。


「君も男の子だ。綺麗(きれい)どころ三人に囲まれ、何も思わないわけじゃないだろ?」

「……」


 助けを求めて二人の先輩を見るも、岸本先輩は呆れた様子でミルクティをすすり、助けてくれる気はなさそうだった。ならばと、姫城先輩に視線を絞る。


「あのー、城島君も困ってますし、そういう質問は……」


 俺の願いが通じたのか、姫城先輩が助け舟を出してくれる。


「なるほど。静香(しずか)はこういうのがタイプか?」

「……へ?」


 突然、自分に矛先が向き、姫城先輩が固まる。


「いやいや、意外だな。静香はもっと年上で、包容力のあるのがタイプだと思ってたんだがな」

「それはとんだ見込み違いですね」


 さすがに見()ねたのか、岸本先輩が口を挟む。


「ほー」

「静香は、パッと見は守ってあげたくなる弟のような存在だけど、いざとなったら男らしい人がタイプなんです。そういう意味では――」

「あー」


 声を()げ、姫城先輩が岸本先輩の口を(ふさ)ぐ。


 言いように言われ、とうとう我慢が限界を迎えたらしい。


「ふーん。これは楽しくなりそうだ」


 意味深な笑みを浮かべ、去って行く御堂さん。


 御堂葵。前生徒会長か。……何だか、不思議な人だ。




 掃除(そうじ)をするため、御堂さんの姿が店外に消える。

 その様子を横目に見つつ、俺は色々あってまだ手を付けていなかったコーヒーを口に運ぶ。


 程良い苦味と(くせ)のない味が、口一杯に広がる。あまりコーヒーに詳しくない俺でも、この味がチェーン店の物とは比べ物にならないくらい美味(おい)しい事は分かった。


「ん?」


 視線を感じ、そちらを向くと、姫城先輩が俺を見ていた。


「何か?」

「いえ、城島君は、コーヒーに何も入れないんだなって思って」

「静香は、ブラックが飲めないんだ」

「ちょっと、由佳里(ゆかり)


 自分の秘密をバラした友人を責める姫城先輩だったが、当の本人は素知らぬ顔だ。


「そうなんですか?」

「えぇ……」


 俺の言葉に頷きながら、姫城先輩は恥ずかしそうに顔を(うつむ)かせた。


「好みは人それぞれですから」


 などと、一応、フォローを入れてみる。


「けど、ブラックでコーヒーが飲めないなんて、なんか子供っぽくないですか?」

「あぁ……」


 まぁ、確かに、そういう印象は受けるかもな。


「やっぱり」

「でも、女性のそういうとこって、なんだか可愛(かわい)いですよね」

「可愛い、ですか?」


 姫城先輩が、意外そうな表情で俺を見る。


「少なくとも、俺はそう思います」

「そうですか……」


 再び恥ずかしそうに俯く姫城先輩。

 それを見て、何だかこちらも恥ずかしいような気分になってくる。


 (しば)し、沈黙が二人を包み込む。


「んっ! 二人共、私を忘れてないか?」


 その沈黙を破ったのは、岸本先輩の(せき)払いだった。


「え? そんな事は……」

「ねぇ?」


 俺と姫城先輩の反応は明らかに不自然で、暗に岸本先輩の言葉を肯定しているようなものだった。


「そ、そういえば、城島君の家に門限ってあります?」


 話題転換を図ろうとしたのだろう、姫城先輩が唐突にそんな事を聞いてくる。


「ウチは、決まった門限は特にありませんけど、晩飯作らないといけないんで、早めに帰るようにはしてますね」

「晩御飯、城島君が作ってるんですか?」


 姫城先輩が驚いた顔で、そう尋ねてくる。


「はい。親父の帰りは遅いですし、毎日、出来合いの物じゃ、栄養片寄そうですから」

「あ……」


 姫城先輩が一瞬言葉を詰まらせ、岸本先輩も渋い顔をした。

 どうやら、気を(つか)わせてしまったらしい。


「すみません、私……」

「そんな。気にしないで下さい。母が亡くなったのは、俺が物心つく前で、親父との二人暮らしが俺の日常ですから」


 母の顔を思い出そうにも、俺の頭に浮かぶのは写真の中の母だけで、肉眼で見たものはぼやけてはっきりとしない。


「お二人の家には、門限あるんですか?」


 重たくなった空気を換えようと、こちらから話を振ってみる。


「私の家は九時、静香の家は八時になってる。とはいえ、余程の事がない限り、晩御飯前には帰るがな」


 となると、やはり、俺の帰宅予定時間が三人の中では一番早いのか。


「城島君の家は、学校からだとどのくらい掛かるんですか?」

「二十分くらいです。ゆっくり歩いてそれぐらいなんで、走れば十分強で着きますけど」


 現在の時刻は、五時三十分過ぎ。まだ少し時間的に余裕がある。


「晩御飯は、いつ頃から城島君が作り始めたんですか?」

「中学に入ってからです。元々、親父の飯は不味(まず)くはないんですけど、なんか味気ないというか。だったら、自分で作るかって感じで」


 自ら率先してというよりは、仕方なくという感じだ。


「でも、いいですね。台所に立つ男性って」

「なら、そういう旦那を貰えばいい。ほら、目の前に打ってつけの男性が……すまない。冗談だ」


 姫城先輩の顔があまりに赤くなったため、岸本先輩が途中でからかい目的の冗句(じょうく)を切り上げる。おそらく、俺の顔も少しは赤くなっていると思うが、姫城先輩と比べればその変化は(わず)かなものだろう。

 男性に免疫がないというのは、どうやら本当らしい。

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