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掌編作品(1~4000字)

扉の向こう

作者: はなうた

2013年早々に書いた作品です。

自身の掌編八作目です。



「はぁ、はぁっ。もう、やんなっちゃうよぉ……」


 放課後。

 校門を出たところで忘れ物をした事に気づき、あたしは教室に向かって走っている。高校一年生にもなって、まだ忘れ物癖が抜けないのはなかなか厄介だ。


(先生方、どうか今回だけは怒らないで下さい。とっても急いでいるのです。今日は早く家に帰って、お母さんとショッピングに行く予定なのです。これは何がなんでも急がなくてはいけないのです!)


 なんて心の中で言い訳しながら、廊下を突っ走る。

 こんな時は、思い切ってショートヘアにしてよかったなって思える。中学生の頃はロングヘアだったけど、どうも動きにくいから苦手だった。まあ、おしとやかな子とは思われていたんだけどね。


 そんな事を考えている間に教室に到着。校門から教室まで約一分でした。我ながら早かったと思います。あれ? 何か口調が……、まあいいや。

 無意味に前髪やスカートの裾を整えたりなんかして、教室の扉に手をかける。


 ――その時、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。


 あれ、誰だろう。もうすぐ下校時刻なのに、まだ誰か残ってるのかな。ちなみにうちの学校の窓はスモークガラスで、外から中の状況はよく分からない。


「今、私たちだけだね」

「そうだな」

「今日も、疲れたね」

「ほんとだね。君にとっては身を削る思いなんじゃないか?」

「ふふっ、冗談上手いね」


 やけに楽しそうな、そして、いい雰囲気の男女の会話がきこえる。何だか入りにくい……。邪魔しちゃ悪いし、もう少しだけここで待ってようかな。

 こちらに気づかれないよう、扉に背を向けそっとしゃがみこむ。そして、聞き耳をたてる。決して盗み聞きではないよ。二人のお話に少し興味があるだけなのだ。


「私、ずっと思ってたんだけどさ」

「ん? 何を?」

「私って色んな事書いちゃうでしょ? 本当に色んな事。たまに、絵も描いちゃったりして」

「そうだな。それがどうかしたのか?」


 どこかで……聞いた声だ。

 そういえばうちのクラスに、小説を書くのが好きな子が一人いたっけ。な、名前が思い出せない……。

 長い黒髪と赤いフレームの眼鏡が似合う、キレイな子。でもとても大人しくて、あたしはあまり話した事はない。

 ただ、彼女が優しいのは知ってる。以前、筆記用具を忘れた私にえんぴつを貸してくれたことがある。そういえば、返すの忘れてた! 今度返す時に名前も聞こう。


「誰かが嫌だなって思う事を、私が残してたらって思うと怖いの。何だか、居心地悪くなりそうで……」

「う~ん。誰だってキレイ事を言ったり、嫌な気持ちを吐き出したりする時ってあると思うけどな。だから、君はそのままでいいんじゃないか?」

「そうかなぁ」

「うん。僕もよくキレイ事言っちゃうしね。まあ、僕も同じなんだよ」

「ふふふ、そっか。あんまり気にしない方がいいのかな」

「そうだよ」


 優しい男子だ~。うちのクラスに、あんな優しい人いたかなぁ。

 いや、いる。河野かわの君だ。彼しかいない。

 あたしの一つ前の席に座る、雰囲気のある男の子。中性的な顔立ちがとても可愛い。それだけじゃなく、誰にでも気を遣えるすごくいい人だ。

 そして、あたしの憧れの人。

 いつだったか。あたしが消しゴムを落とした時も、彼が真っ先に拾ってくれた。その時の優しい微笑みは、今もあたしの心に焼きついている。

 そういえば、河野くんの声と扉の向こうの男子の声、似てるなぁ……。

 え? てことは、これはもしかしてピンチなの?


「あのさ。少しだけ僕のキレイ事、聞いてもらってもいいかな?」

「う、うん。いいよ」


 え? ウソ……。告白、しちゃうの? やだ。こんな瞬間をお目に……じゃなかった、お耳にかかってしまうとは。ど、どうしよう……。


「僕は、君が表現するものは全部キレイだと思う。いろんな色で着飾る子もいれば、力強く自分を主張できる子もいる。でも、やっぱり君が一番だ。それに、君にしかできない事ってあると思うんだ」

「私にしかできない事……たとえば?」

「たとえば……僕が生きる理由になってくれる」

「え?」

「君がいなければ、僕の存在価値なんてほとんどないよ」

「そ、そんなこと……」


 河野君が、小説美少女に告白してしまった……。彼が、あたしの手の届かないところに行ってしまう。あ、だめだ。涙が出てくる。

 今から教室に入って二人の邪魔をしてやろう、と考えてしまう自分がいる。でも、そんなよこしまな感情を必死に抑えた。

 だって、あたしが河野くんにアプローチしなかったのがいけないんだもん。


 高校に入学して、河野君と同じクラスになって、三か月くらい。その間、あたしは彼とまともに話をした事がない。いつもぼんやりと彼の姿を眺めていただけ。

 あたしはおっちょこちょいだし、体型も子供っぽい。唯一女の子らしかったロングヘアも、高校入学と同時にサヨナラした。

 そんな自分に自信がもてなくて、彼に話しかける勇気がなかった。

 それに河野君は今、真剣に自分の想いを好きな人に伝えている。一生懸命になってる彼を裏切るような真似はしたくない。

 でも、泣くぐらいは仕方ないよね。

 河野君も、許してくれるよね。


「もし君が、どうしても自分の書いた事をやり直したいって思うなら、僕なら手伝ってあげられる。その事が、とても誇らしいんだ」

「……ありがと」

「いや、なんか……勝手な事ばっかり言って、ごめん」

「ううん。嬉しい」

「何だか、照れるな」

「ふふっ。じゃあさ……これからも、一緒にいてくれる?」

「うん。こちらこそ、お願いします」


 はぁ……。

 二人とも、おめでとう。あたしの分までお幸せにね。

 でも、あたしはどうすればいいのさ。非常に入りにくいったらないよ。


 ――あっ。


 下校時刻のチャイムが鳴っちゃった。早く忘れ物取りに行かなくちゃ。これはもう、失礼承知で入るしかないか。

 濡れた頬をハンカチで拭ってから、ゆっくりと教室の扉を開けた。


「し、失礼しま~す……あれ?」


 教室には誰もいない。

 さっきまで話し声が聞こえてたのに。おかしいな。声の主は、河野君たちじゃなかったの?

 でも、たしかに誰もいない。あたしの鼓動が聞こえそうなくらい静かだ。


「も、もしかして、幻聴……だったの?」


 もしそうなら、やばくないかな。かなり重症じゃないかな。

 いやだ。こんな若いのに幻覚に悩まされるなんて……。もっとポジティブに考えよう。


 ……ふと、ひとつの考えが頭に浮かんだ。


 もしかしたら、いつまでもウジウジしてるあたしを、自分の中の誰かが叱ってくれたのかも。

 早くしないと、誰かに先越されちゃうぞって。


「そ、そうだよね」


 あたし……今のままじゃいけないよね。

 明日からは積極的に、河野君に話しかけてみよう。髪も、ロングに戻しちゃおうかな。


「はっ。とりあえず早く帰らなきゃ。お母さんとのショッピングが待ってるんだ!」


 ひとまずの安心と、これからの不安。二つの感情を胸に、あたしは自分の席に向かう。


 ――でも何だか、ひとつ扉の向こうに行けそうな気がする。


「あったあった。この教科書忘れちゃったら宿題できないところだったよ。……って、他にも忘れ物してんじゃん!」


 ◇◆


 教室の窓際の席、夕日に照らされ紅く染まる机。

 その上に置かれた教科書の横で、えんぴつと消しゴムがひっそりと寄り添っていた。



オチで驚かせて、かつ納得してもらうのって難しいです!!

掌編の難しさを改めて実感した作品でした。

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