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賢者の秘密1






 フィンカーズはいつもひとりきりだった。

 父母はいる。しかし、父母とはだいぶ前に一人立ちをした。たまに帰るけれど、フィンカーズはいい年だ。帰るたびに「伴侶はまだか」「孫はまだか」とせっつかれる年だ。

 フィンカーズはひとりでいる方が好きだ。だからひとりでいる。何故なら、楽だからだ。


『あいつといたくない』

『棘のように言葉が胸に刺さる』

『いくら当代の賢者でもね』

『まともに話ができない』


 フィンカーズは毒舌だ。毒舌といっても、ただ思うことをはっきりいってるだけだ。歯に衣着せぬ言葉を連ねているだけ。本心から嗜虐的ではない。ただ、歯に衣着せぬ言葉を連ねているだけ。


『あなたは賢者として、対人スキルが圧倒的に足りないのですよ』


 “賢者”は代々血筋で受け継がれていくスキルのようなものだ。そのスキルを持つものが、“賢者”と呼ばれるだけ。

 “賢者”は、貪欲に知識を吸収し、吸収した知識を自身の血に蓄えていく。比喩ではなく、本当に血に記憶していく。蓄えた知識は、血に蓄積されていき、その血筋に受け継がれていく。

 ―――そして、その記憶を読み取ることができ、かつ蓄えていくことができるすべを持つ者が、“賢者”と呼ばれるだけ。


『あなた個人は魔法使いとして戦える。だから、一度世間を見ておいでなさい。』


 フィンカーズはいつもひとりきりだ。

 何故なら他の人たちは、口の悪いフィンカーズの側に寄り付かないから。口を開いたが最後、みんな去っていくから。

 フィンカーズはひとりが好きだ。

 何故なら楽だからだ。周りに気を遣わなくていいから。口を閉ざしてしまう相手がいないから。

 なのに、先代賢者はいうのだ。先代賢者である父はいうのだ。

 外を見てきなさいと。

 だから、フィンカーズは一人立ちをした。外にひとりで出された。

 フィンカーズは、父がエルフで母が魔女だから、自身はハーフエルフになる。ハーフエルフは、エルフとともに森に棲む。だからフィンカーズも森に棲んでいた。

 けれども、森の外へ出されてしまった。




 それからしばらく、フィンカーズはひとりでさすらった。各地を回った。様々な国を回った。様々な種族に出会った。

 そしてフィンカーズはある国で、賢者としてある仕事を依頼される。


『勇者をどうにかしてくれまいか』


 ヘタレの勇者の魔王討伐の旅の随行員になってくれと、神殿から泣きつかれた。

 勇者を聖剣が選んだ。しかし勇者は応じないどころか、聖剣をゴミにまでだしたのだという。穴まで掘って埋めたのだという。


『私にどうしろと?』


 賢者の問い掛けに、神殿の上層部はこういった。


『あなたは、知識をその身におさめる“賢者”だ。あなたは、膨大な魔力と魔法の技術に優れた魔法使いだ。そして、あなたはそれ以前に歯に衣着せぬ言葉を使う』


 神殿の上層部は、賢者であるフィンカーズを求めたのではなかった。フィンカーズの歯に衣着せぬ言葉を求めたのだ。


『歯に衣着せぬ言葉、つまり飾りの無い言葉だ。それを勇者に向けて、勇者を奮い立たせてはくれまいか』


 溢れる知識も、膨大な魔力も、優れた魔法の技術も、二の次だといったのだ。

 初めてフィンカーズは、フィンカーズ自身を求められた。

 そうして、ネネ・フィンカーズは賢者として勇者の魔王討伐の旅の随行員となった。



 そんな賢者は、今はひとりきりではない。

 仲間がいる。

 勇者が、監視役が、剣士がいる―――ヘタレだったり、フィンカーズ並みに態度が悪かったり、オカマのなりそこないだったりするけれど。



 フィンカーズは旅をする前はあまり乗り気ではなかった。自分自身を初めて求められて、嬉しかったのは嬉しかったけれども、ただそれだけだ。フィンカーズ自身を求めたのは神殿だから。勇者はフィンカーズを求めてはいない。

 けれども、 旅をしてフィンカーズは変わった。

 仲間に会え―――フィンカーズは300年以上生きてきて初めて、初恋をしたから。……すぐに玉砕したけれども。






 ―――ニネット・フィンカーズ355歳。通称ネネ。

 職業、当代の賢者。

 経歴、勇者一行の元メンバー。

 種族、ハーフエルフ。


 特技、攻撃魔法ならびに治癒魔法、支援魔法。






 魔王が討伐され、勇者一行は解散した。今は皆各々に過ごしていることだろう。

 しかし、以前の生活には戻ることは不可能に近かった。彼らは有名になりすぎた。


「しつこいですね」


 フィンカーズは、溜め息を吐く毎日だった。

 賢者たるフィンカーズを手元に置こうと、某国王族やら某国貴族やら、はては某国の神殿組織までが手を伸ばす。

 フィンカーズは久々にひとりを満喫していたかっただけだ。勇者に随行するまでも、常にそうだったのだ。たくさんの、まだ知らぬ知識を求めてさすらっていた。

 しかし有名になりすぎた。それにフィンカーズの容姿を知る者がたくさんいる―――パレードまでしたのだから致し方ないことかもしれない。けれども、ここまで広がるとは誰が思ったか。もはや、この大陸でフィンカーズの容姿を知らない者はいないだろう。

 フィンカーズの外見特徴は、“見た目十代半ばの子供”である。別に意識はしてはいない。ただフィンカーズが童顔で、かつ長命種であるために成長がほぼ止まっているからだ。ハーフエルフは、ある程度成人に近付けば、成長が緩やかになる。つまりほぼ横這いだ。ほぼ停滞だ。

 そこへ向けて、フィンカーズは髪が長い。魔力は髪にたまりやすい性質があり、ただのばしていたら腰までのびただけだ。その髪を一本のおさげにして背に垂らしている。これも特徴的なのだろう。

 そして、とどめは耳だ。髪をまとめているから、ほぼむき出しの先っちょが尖った耳。横に長く尖ったエルフと違い、少し尖っただけの耳は、それだけで目立つ。


「どうしましょうか?」


 フィンカーズは、暫し悩む。


「なら、こうしましょうか」


 フィンカーズは、ひとつの妙案――はたから見たら珍回答――を導きだし、実行に移した。






 妙案を実行に移したフィンカーズは、かつての仲間である監視役が勤務する冒険者ギルドにやってきた。監視役のギルドは、大陸でハバをきかせるくらいに有名な大手ギルドだ。


「お久しぶりです、リーレイ」


 フィンカーズが適当に選んで入ったギルドの支店は、偶然にも監視役―――リーレアンナ・ブルーフェンドルスが受付嬢をつとめる支店であった。

 フィンカーズはすぐにリーレアンナのところへ向かった。他に何名か受付嬢がいるが、賢者は知り合いということもあり、リーレアンナの受付を選んだ。

 フィンカーズがリーレアンナの受付に向かえば、他の受付嬢がリーレアンナをにらむ。

 それを気にせず、ぽかんとするリーレアンナにフィンカーズはさらに話しかけた。挨拶をしたのに、リーレアンナはなぜか反応をしないのだ。なぜだ。

「リーレアンナ。まさか私が誰かわからないんですか。あなたの目は節穴ザル穴より大きい穴があいているんですか」


 少しいらっときたフィンカーズは、毒舌をまくしたててしまい、すぐに後悔した。

 フィンカーズは、普段ならリーレアンナには毒舌を向けない。なぜなら、リーレアンナは女性だからだ。勇者やヴィヴァーネは男、野郎だから別だ。フィンカーズは女性には毒舌を向けない。特にリーレイには、決して向けない。


「リーレアンナ?」


 彫像のように固まったリーレアンナに、フィンカーズはもう一度話しかける。

 リーレアンナははっとして、けれどぎこちない動作で口を開いた。そんなリーレアンナの顔はひきつった笑みを浮かべていた。


「………その口調、耳………まさか、賢者?」


 そう告げて、すぐに信じたくない、といわんばかりにリーレアンナは頭を抱えて受付デスクに突っ伏した。


「賢者、あんた………」


 フィンカーズは、リーレアンナの口から、生気が抜けていく幻を見てしまった。



「あんた―――……」




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