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勇者の気持ちは

勇者が監視役に会うまでと、会ったときのはなし




 僕は、怖かった。

 聖剣が屋根に突き刺さったあの日から、ずっとずっと怖かった。

 屋根に刺さる聖剣は、朝日に照らされて、金属特有の輝きを放っていた。


『ゼイン、逃げなさい!』

 その輝きが、記憶の中のあの輝きと重なる。

 聖剣は、キラキラと輝いて、見ているだけで特別なんだと伝わってくる。何で特別だと感じるかって考えてもわからない。ああ、これは特別なんだって何故かわかるんだ。

 でも、いくら特別でも、僕にとって剣はすべて同じに見える。あの記憶の中の剣と重なる。


 ―――ザシュッ


 全く光源がない暗闇の中、それは鈍く輝いていた。

 後から知ったけど、あの剣は自ら光をうっすらと放つ魔剣だった。昔は名のある鍛冶に鍛えられた業物だったけれど、いつしか繰り返し繰り返し血を吸うようになって、魔に染まった闇の剣。


『あたしを置いて逃げなさい!』


 魔剣は、かつて僕の大切な人を奪った。僕の前で、僕の大切な人を奪った。僕は逃げた。臆病で、へたれで、情けない僕は逃げた。……僕は、大切な大切な人を、見捨てたんだ。


『逃げなさい!』


―――ザシュッ


 それ以来、剣を見ると思い出す。

 大切な人の最期を。

 憎い魔剣を。

 そして何より―――最低で、愚かで、恐怖と命惜しさに負けて、逃げた僕を思い出すから。

 自分がどれだけ醜いか、思い知らされるから。

 だから、僕はまた逃げた。

 聖剣がそこにあることから示されたある可能性から、逃げた。






「……なんで……」


 なのに。逃げたのに。また翌日刺さっていた。

 僕なんか見捨てて、新たな候補を見つけると思ってたのに。僕は、甘かった?


「……なら……」


 最初は、川に投げ捨てた。流されて、もっと君に向いている候補のところへいってください。


「……なんで……」


 また翌日、屋根に刺さっていた。


「……なら……」


 今度は、埋めた。

 一日かけて、スコップやら鋤やら鍬やら、使える物は何でも使って、深い深い穴を掘って、埋めた。頼むから他の候補を探してと願いながら。


「………なんで?」


 翌朝、何故かまた屋根に刺さっていた。なぜ。なぜ、僕?


「……なら、……」


 僕は、薄々気付いていた。でも言葉という形にはしなかった。形にしたとたんに、地獄が口を開けるんだ。地獄が待ってるんだ、絶対に。

 鬱々とした気持ちを抱えながら、僕はごみ袋を用意した。何枚もの、不燃用のごみ袋。これを開けて、それを入れた。何重にも、何重にも、何重にもして。中身が何か見えなくなるくらい、何重にも、厳重に。そして、不燃ごみの日に出した。




「……なんで……」


 流した。埋めた。捨てた。なのに、なのに、なのに。

 聖剣は、まだ僕の屋根に刺さってる。なんで、僕に付きまとうんだろう。へたれで、情けなくて、臆病で、愚かで、卑怯な僕に、なんで?

 僕は、……僕は、勇者になんて向いていないのに!!

 かつて、僕は見捨てた!

 大切な、大切な……パーティーを組んでいたたったひとりの仲間であり、そして―――


「たぁのもぉーっっ!!」

 今度は、なに?

 放っておいてよ。

 僕は、毛布を頭から被った。耳をおさえた。頭を横に振った。

 なんで僕が。

 なんで僕が。


 ―――ばこぉおお!!


「ひぃいっっ!?」


 戸が、戸が!!

 僕の部屋の、戸が、粉砕された……?!


「あんたがへたれですか」

「ちょっとフィンカーズ、破壊行為はダメよ?!」


 ―――ついにしびれを切らした勇者の仲間一行が、僕に会いに来た。

 僕の家を、破壊して。













「勇者、さあ。ちゃっちゃと動いてください。止まっていいのはヴィヴァーネのたらこ唇だけです」

「フィンカーズがひどいっ! あんた、もっと優しく勇者に接することはできないの!!」

「ひどくありません。いわれるウチが花ってヤツです。本当にひどいのなら、わたしはガン無視します」

「なんですって?! あんた人の子?!」

「先代賢者であるエルフの父は、森の魔女である母と婚姻を結びました。ですから、彼らの子であるわたしは、エルフと魔女の子、つまりハーフエルフの子です。人の子ではありません」

「屁理屈抜かしやがった!」

「真実です。事実です。本当のお話です。世の常識です。だからさっさと動きなさい、勇者」

「あんたひどいわ!!」

「誉め言葉です」

「………」


 勇者の仲間は、筋肉達磨であるオカマ剣士J・ヴィヴァーネと毒舌賢者ネネ・フィンカーズと名乗った。

 剣士は逞しい鍛え上げられた体をくねくねさせながら、甲高い裏声で僕に優しく接する。

 賢者は小柄で、耳が尖っていて、口調はそれ以上に尖って一言一言が針みたいだった。口を開いたら、針しか出てこない。

 例えるなら、剣士は飴。賢者は鞭だった。


 あの日―――しびれを切らした彼ら(主に毒舌賢者)が迎えに来たことにより、僕は“神につくられし聖剣に選ばれた勇者”として、神殿へと強制的に拉致された。連行された。

 なんで、僕が選ばれたんだろう。

 僕は、不安と不満がいっぱいで胃が気持ち悪かった。だから、神殿に着いてすぐに、出迎えてくれた神官に問い質したんだ。


「なんで、なんで僕なんですか!!」


 普段の僕なら考えられなかった。その時、僕は興奮していた。なんで、なんでって。なんで僕が選ばれたんだって。なんで僕を選んだんだって。


「それは、あなたが相応しいからです。誰よりも」


 神官は、胸ぐらを捕まれて揺さぶられながらも、笑顔の仮面を外さなかった。


「僕は相応しくない!」


 僕のどこが相応しい?

 そう問うても、神官は笑顔でこういうだけ。


「神の思し召しです」


 ―――しばらく押し問答を繰り返した僕は、そのあとどうなったか、よく覚えていない。

 確か、剣士と賢者に宥められながら取り押さえられて(宥めたのは剣士、取り押さえたのは賢者)……、僕に―――勇者に与えられた部屋に案内されたんだ。装備やらなんやらを揃え、出立を迎えるその日までを過ごす部屋を。

 そうだ、僕は―――僕は、引きこもった。飲まず食わずで、引きこもった。引きこもったあと、脱走した。








 なのに。

 なのに。


『オマエガ、ユーシャカ』


 脱走した先、夜の森の中。僕は、魔物に出会った。


『マヲウサマニ、アダナスユーシャ』


 大きな、大きな体躯はトゲですべてを覆い尽くされていた。太い針よりもさらに太いトゲは、金属の光を放っていた。腕らしきものは何本もあって、本来なら手のある場所は剣だった。その何本の剣が、僕を狙う。


「…………」


 どうして、僕なんですか、神さま。どうして、僕なんですか。どうして僕が勇者なんですか。

 大切な人を見殺しにして。大切な人を守りきれなかった僕に、世界すべての命を守れるというんですか。


『ガアアアア!!』


 僕は、僕は、僕は―――


「あんたはアホか!」


 迫り来る魔物の剣を見て目をつむった僕の耳に、声が聞こえた。若い、女性の声が。


『ジャマヲスルナ』

「邪魔するわよ!」


 僕は、おそるおそる目を開けた。

 そして、驚いた。

 魔物と僕の間に、その辺に転がる太い枝を引き摺る女性がいた。僕を守るように、魔物に立ちはだかっていた。


「この子はねぇ、へたれてるけど、勇者なのよ! 腐っても勇者なのよ! みんなの希望なの!」


 小柄な女性だった。その背は華奢で、守るより守られるべき存在に見えた。

 なのに、僕を守ろうとしている? 僕を背にかばってる?


『逃げなさい!』


 小柄で華奢な背に、かつてのあの日が思い出された。

 僕を背にかばって、魔物に箒を向けて対峙した姉さん。たったひとりの、肉親。箒なんかで勝てるはずがないのに、箒を構えて僕を逃がした姉さん。

 小柄で華奢な背に、あの日の姉さんが重なる。


『逃げなさい!』


 僕は、繰り返す?

 僕は背中から目が離せない。この女性も、逃げろというのか? 僕は、また見捨てるのか?


「ぼさっとしてないで、さっさと」


 さっさと?


「しっかりなさい!」


 え?


「さっさと、聖剣呼びなさいよ! あたしにできる時間稼ぎは限られてんのよ! 得物なんて持ったことないのよ? うっすいうっすい、ペラペラな薄っぺらなたしなみ程度の結界しか張れないわけ! それが破られんのも時間の問題なのよ!」


 この人は、

 

「………………」

「あんたにしかできないのよ!」


 僕に……会ってまもない僕に、命を預けたんだ。僕を、僕を信じて。

 僕は、胸の中がすこし暖まるのを感じた。何かが、すこし溶けていくのを感じた。










 僕は、あなたに救われた。道中、何度も何度もへたりかけた僕を見捨てずに、何度も僕に背中を見せた。

 僕は、あなたのためにいつか何ができるだろう。

 僕は、あなたのために何かをしたい。

 だから―――僕は、あなたがいつか傷付いたら、あなたを傷付けた人に立ち向かおう。あなたを背にかばい、あなたを守ろう。

 魔物にだって、魔王にだって臆さなかったあなたには、怖がるものが……あなたを傷付けるものが想像できないけど。

 だから。

 いつか来るかもしれないその日、僕にあなたを守らせて。


勇者はへたれです。

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