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されど罪は重く、されど赦しは無く。

後味悪い、王女その後。

短編にて投稿いたしましたが、意外と「後味悪い」と反応なく、こちらへ。

王女は赦されはしません。




 はっきりいってしまえば、彼の娘・ティアナミルゼナがしたことは人として最低な行いであった。決して許されるものではなかった。

 言い訳になってしまうが、ティアナミルゼナの狡猾さには国王である彼さえ気付かなかった。

 ティアナミルゼナは、亡き王妃によく似て麗しい見目をしている。太陽と月でさえ、彼女に謙遜して雲間に隠れるとまでいわれた美貌。慈悲に満ちた笑みを浮かべ、常に優しい皆に慕われる王女。慈愛に満ち、賢妃といわれた亡き王妃に瓜二つだったから。

 しかし瓜二つなのは外見のみだということに、周囲は気づかない。周囲は外見に騙された。賢妃たる亡き王妃にそっくりな外見に騙された。

 だから、誰もおかしくは思わなかった。

 一貴族とはいえ、庶民に近い女性を勇者の一行に大抜擢したことにも。なぜ大抜擢したのか、おかしくは思わなかった。なぜなら、勇者はヘタレで頼りなく、このままでは不安極まりなかったから。だから、ギルド職員で名の知れ渡る実力者、という触れ込みの彼女を勇者一行の監視役にした。

 なぜ、ティアナミルゼナがそこまでしたのか。

 それは、国を憂いたから。あの勇者で大丈夫かと憂いたから。本気で周囲は思った。

 ティアナミルゼナは狡猾だった。かなりの策士である、宰相や賢者をも騙した。騙し通せた。

 そして、国を味方に引き込んだティアナミルゼナは次にした行為は―――国民を騙すこと。

 民は、国の上層部とは違う。監視役の彼女の、素を知っている。素を知らない上層部とは違い、彼女の人となり、そして現状を知っている。

 相思相愛の婚約者と、結婚間近。けれども腕をかわれて勇者一行に抜擢された、とても可愛そうな女性。噂はすぐにまわり、ティアナミルゼナは好機とばかりにそれを利用した。ここまでうまく噂になるとは思わなかった。

 ティアナミルゼナは彼がほしい。監視役の婚約者がほしい。それには、自然に監視役から婚約者を離さないといけない。立場は離した。心は、まだ。

 心を離すために、民の噂は利用できる。

 勇者はヘタレ。それは事実。ティアナミルゼナはそれを助長させた噂を流した。

 そして土台を作る。

 ヘタレで最悪な勇者に付き添う監視役。きっと監視役は傷つけられるだろう、無事で帰還できないだろう。剣を持つことさえいとう勇者、仲間を捨てるだろう。剣を持ちたくないから、戦いになれば見捨てて逃げるだろう。だから無事ではすまないだろう。

 婚約者はみるみるうちに心労で倒れた。

 そこを、優しく慈愛に満ちた、亡き賢妃に瓜二つ(外見だけ)の娘が支える(つけこむ)。

 そして、ふたりは恋に落ちるべくして落ちる。やがてふたりは婚約する。

 悪いのは勇者、王女は救ったにすぎない―――、ティアナミルゼナは、暗い世情に明るい話題として民を引き付けた。

 人様の婚約者に一目惚れをし、執着し、どうしても手に入れたくなった結果だった。




 第二王女は、狸だった。

 他人の婚約者を手に入れるだけのために、“世情”を巧みに操作し利用し、民をも味方につけた。



 ティアナミルゼナは順風満帆だった。




「あなたは、王女として―――いや、人としてしてはいけないことをしました。王女だからこそ、民を導く王家だからこそ、してはいけないことをしました」



 なのに、勇者が。勇者が生意気なことをいう。

 不敬だと、閃いた。

 勇者といえ、もとは庶民だ。その庶民にすぎないヘタレが、国の王女たる自分に生意気なことをいう。それは十分に不敬だ。



「あなたは、自分勝手な行動で、ひとりの女性の幸せを破綻させた挙げ句、彼女が得るはずだった幸せを奪った」



 しかし、ヘタレのはずの勇者は、ヘタレには見えなかった。何が彼を変えたのか、ティアナミルゼナは全く考えなかった。考えることさえしなかった。

 だって、関係ない。不敬罪に処してやるのだから。

 ティアナミルゼナは既に自身の妄想に入っていた。自分にたてつく輩への処罰、処刑という甘美な妄想。自分をより可愛そうに見えるように脚色することが、ティアナミルゼナにとっては楽しかった。どうやって悲劇にしよう。どうやって悲劇のヒロインになろう。



「あなたは、導くべき民さえ欺いた。世情を利用し、欺いた。あの世情で、あなたは民を、正しい方向へ導かなければならなかったのに」



 勇者が何かをいっている。けれどもここには勇者しかいない。だから。だから大丈夫、誰も見ていない。

 けれども、ティアナミルゼナは限界だった。我慢の限界だった。慣れない怒りがふつふつとわきはじめ、御しきれなかったのだ。

 ティアナミルゼナは手をパンパンと叩き、侍従を呼んだ。失礼で不敬な勇者を―――庶民を退室させるために。この時、彼女は如何にして英雄たる勇者を不敬罪に処そうかと考えていた。


 だから気付かなかった。


「ティアナミルゼナ」



 無表情な顔をした父、青ざめた彼がいたことに。

 いつから、いたのか。ティアナミルゼナにはわからない。



「ティアナミルゼナ、お前を今一度謹慎に処す」


 父は、父の顔ではなく国王の顔で宣言した。



「お前は、人として最低な行いをした。おのが欲望のために、導くべき民を愚弄し、騙した。おのが欲望のために、一人の女性を不幸せにし、救世の英雄を貶めた。その罪は、神に問わなければならない。わかるか? 勇者は神に選ばれたからだ」


 神が選んだ勇者を、貶めた。それは神を貶めたことと同意。



「いまは、ただ。いまはただの謹慎だ。救国の英雄の帰還に、婚約式を延期した筋書きだ。民は、皮肉なことにおまえたちの婚約に力付けられた。今は立ち直りの時期、事実をおおっぴらにしたら民は、どうなる?」


 民は、どうなる。

 ティアナミルゼナにはわからない。ティアナミルゼナには理解できない。



「国を立て直す士気は下がるだろう。そして、騙したおまえを許さんと王宮になだれ込むだろう。下手すれば、英雄たる勇者をまつりあげ、謀反を起こすだろう。それは民が望むことか? いや、違う。なら、どうする。おまえを、重罰に処す。おまえひとりの命で国が危機を逃れるのだ、安いだろう。しかし、民には王女は幸せに過ごしたと伝える。だから―――」






 しばらくして、第二王女は降嫁する。

 幸せに満ちた王女は、貴族の妻となる。その貴族は、嫡男でなかったため、新たな地位を授かる。

 辺境に近い場所の、聞いたこともない直轄地の主となる。


 そして、民は忘れて行く。

 救世の英雄の話を前に、忘れて行く。幸せな婚姻をした第二王女は忘れ去られて行く。




 しかし、真実は。

 第二王女は、神の罰を受けた。謹慎の間に、刑は行われた。

 第一の罰、それは美しい容姿を奪う。

 第二の罰、それは王女を入れ替える。

 第三の罰、それは魔物となる。

 第四の罰、それは不死。


 美貌を奪われ、醜い人外の魔物に堕ちた。腐りきった心根を改心すれば助かったろう。しかし、謹慎の間に改心はしなかった。

 罰を知るのは勇者、国王のみ。婚約者は、一応被害者だ。しかし騙されるだけだったから、女神は彼が愛した王女を別にすり替えることで罰とした。

 チェンジリングだ。

 王女と、女神の作りし土人形とを、入れ替える。

 端から見れば、変わらない。しかし中身は土人形。ただ笑うだけの土人形。それを――改心した王女を支えると思い込んで、一生を過ごすのが彼の罰。愛した人ではない人を、それと知らずに献身し、愛していく罰。

 そして、魔物と姿を変えた王女は、倒されてもよみがえる。死ぬことさえ許されない。

 王女は、してはいけないことをした。

 王女は、してはいけないことをした。



 誰にも知らされない話。

 勇者と国王は、他言無用を女神より言い渡された。

 けれども勇者は優しい。いつか、優しすぎる彼は、自己嫌悪に押し潰されるだろう。だから、


「女神よ、真実はわしだけが知ればよい。勇者からは消してくれ、こたびの記憶をすりかえてくれ。そしてわしだけが、背負う」


 それが、彼が望む罰。

 王女を諌められなかった国王としての罰。娘を止められず、娘を理解しなかった父としての罰。







 女神は、慈悲深い生の神。

 女神は、反面死をも司る。

 ゆえに、王女は不死となった魔物は、一生女神の手のひらの上。



 これが、語られぬ真実。

 これが、語られぬ英雄譚の裏のお話。


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