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 世間は賑わっていた。熱気に満ちていた。

 まず、魔王が現れて世間に暗く重い空気が流れていた頃に、第二王女の婚約が発表された。国民はこんな世情に不謹慎と思う反面、しかしこんなときだからこそと異常に盛り上がりを見せた。

 民は疲弊していたのだ。だからおかしいとは思いつつも、目の前に見せられた“明るい話題”に飛び付いたのだ。……誰もが、いつとしれない魔王の討伐に不安を抱き始めていたからだ。

 だから……第二王女の婚約者が以前別の女性、勇者一行のひとりと婚約してたのにおかしいな? と思いながらも誰も口にしなかった。それほどに、世間は疲弊し、遅すぎる勇者に無意識に不安と不満を抱いていたのだ。






 ―――暗い世情に明るい話題。これはすべて、王家の仕組んだシナリオだった。もっといえば、王女が狙って行ったシナリオだった。人様の婚約者に一目惚れをし、執着し、どうしても手に入れたくなった結果だった。


「ふふふ」


 第二王女は、見目麗しい。清楚で可憐な美貌、慈悲に満ちた優しい性格―――実際は腹に一物も二物も三物も抱えた、幾匹も猫を被った結果だけれども。

 第二王女は、狸だった。

 他人の婚約者を手に入れるだけのために、“世情”を巧みに操作し利用し、民をも味方につけた。



 きっかけは舞踏会だった。

 第二王女はある日、舞踏会で彼を見た。そして一目見て(勝手に)恋に落ちた。運命だと(一方的に)思った。あの人こそ、自分の隣に立つ人だと思った(思い込んだ)。

 しかし、彼の横には“婚約者”がいた。

 地味でありふれた鳶色の髪、瞳。凹凸のないひょろひょろした体つき、可も不可もない、人混みに紛れたら探せないだろう特徴のない顔。第二王女には、彼の“婚約者”は、彼にふさわしくないように見えた(失礼)。自分の方がふさわしいと(勝手に)思った。

 彼を手にいれたいと、第二王女は権力と自身の見た目をフル活用した。

 まず、彼の婚約者を自然に彼から離すため、素性を調べあげた。そして自然に離すため、筋書きを立て、父である国王に“国を思って”と見せかけて進言したりした―――婚約者とやらを、ヘタレ勇者に監視としてつけたのだ。そしてヘタレ勇者をヘタレだとさらに色をつけて大袈裟に世間に流し、彼を不安にさせた―――そんなヘタレな勇者に同行させられたと、可愛そうにと。

 そして、彼を慰めて落とした。色々あることないこと行動したり耳に吹き込んだりして。

 結果、落ちた。そして、あとは民をも煽って味方にした。

 (王女から見たら)順風満帆だった。




 ―――なのに、だ。



「わたくしに何がいいたいのかしら」


 勇者が、あのヘタレが、第二王女たる彼女に(彼女からしたら)喧嘩を売ってきた(実際は諫言しに来た)。勇者は気付いたのだ、ヘタレなのに。ヘタレなのに、彼女のとった一連の(客観的に見たら目に余る)行動を。


「あなたは、王女として―――いや、人としてしてはいけないことをしました。王女だからこそ、民を導く王家だからこそ、してはいけないことをしました」


 第二王女は、勇者が怒るのがわからなかった。だから不敬だと思い、腹が立った。自分は敬われ、かしずかれる立場だ。なのになぜ、平民出身の勇者に。


「あなたは、自分勝手な行動で、ひとりの女性の幸せを破綻させた挙げ句、彼女が得るはずだった幸せを奪った」


 ヘタレのはずの勇者は、ヘタレには見えなかった。何が彼を変えたのか、第二王女は全く考えなかった。考えることさえしなかった。

 なぜ、こうなったかを、考えなかった。自分自身の身勝手な行動が、周囲にどんな波紋を落とし、それがどのような影響を及ぼすかを、考えなかった。考えようともしなかった。


「あなたは、導くべき民さえ欺いた。世情を利用し、欺いた。あの世情で、あなたは民を、正しい方向へ導かなければならなかったのに」


 第二王女は限界だった。我慢の限界だった。手をパンパンと叩き、侍従を呼んだ。失礼で不敬な勇者を―――平民を退室させるために。この時、彼女は如何にして英雄たる勇者を不敬罪に処そうかと考えていた。

 だから気付かなかった。


「ティアナミルゼナ」


 いつからいたのだろうか。第二王女の私室の戸は開け放たれ、そこには彼女の父……現国王陛下、そして―――


「ティア……」


 ―――青ざめ、震え、今にも倒れそうな婚約者がいた。







「え?」

「だから、王女殿下の婚姻が延期になったんです。もう少し、国内の情勢が落ち着いてからにしようと。まだ魔王が残した爪痕が各地に残っています……幹部の魔族が、まだ潜伏していますし、魔王率いる魔族軍によって破壊された市町村自治体の復興もままなりませんから」


 一週間もの間寝込んでいたリーレイは、いまだ床に伏せていた。あれから一度寝込んだからだは、それはもうあちこちから悲鳴をあげて大変だったのだ―――溜まっていた疲労が一気に溢れ高熱を出すわ、意識を失いかけるわ、脱水症状を起こすわ、なんやかんやでさらに二週間の療養を余儀なくされたのであった。

 そして本日がその二週間目の日、あらかた体調が元に戻ったリーレイに、見舞いに来ていた勇者が“世情”を教えに来てくれたのだ。リーレイは帰還してからここ三週間、ずっと自宅療養を余儀なくされていたから。


「そう―――でも、彼が幸せならいいか」


 切なく語られた一言に、勇者は胸が痛くなった。リーレイの元婚約者は、今第二王女といちからやり直そうとしている。

 国王陛下より長い長い説教を受け、第二王女は謹慎処分となった。父に怒られたということに落ち込み、しかしなぜ怒られたかはわからない彼女を、彼女の側でずっと支え続けることを彼は誓ったという。そこには既に、以前の婚約者への気持ちは存在しない。

 勇者は、ヘタレだ。だから、真実をリーレイに伝えられない。いつかは伝えないといけない。しかし、病み上がりの彼女には伝えたくはなかった。……伝える勇気が、心の準備ができず、今までずるずると来た。

 勇者は、毎日毎日見舞いに訪れていた。花をかかさず持参した。いつも違う花であった。日替わりの花はすべて“根付かない”ことから切り花で、必ず“元気をだして”“あなたが回復しますように”“皆あなたを待っています”とプラス思考の花言葉のメッセージを添えて。


「ありがとう」


 リーレイは、ぽつりと呟いた。


「あなたは、優しい」


 リーレイは薄々気付いていた。

 ずっと室内に籠るリーレイには、確かに外の話は入ってこない。

 だからといって、すべての話が入ってこないわけではない。

 例えば、ギルドの同僚から。

 例えば、ギルドの顔見知りの冒険者たちから。

 例えば―――例をあげればきりのない“見舞い客”と接する中で、自然と情報は集まってくるのだ。

 リーレイはカンがいいから、それらをひとつひとつ集め、組み立て、熟考し、大体の答えを得た。

 第二王女が、寂しがっていただろう婚約者につけこんで、優しい婚約者はほだされたのだろう。そして他人の婚約者をたらしこみ―――しかもこんな情勢のときにたらしこんだことが国王あたりにばれて、謹慎なり何なりの処分をうけて、その結果婚姻が延期になったのだろう、どうせ。

 そして優しいヘタレな勇気は、それを自分にばれないように頑張って、慣れない気遣いまでしてくれている。

 ―――日替わりに、砂を吐きたくなるくらいに甘いメッセージのカードを花束に添えて、毎日毎日見舞いに訪れて。毎日毎日、心配してくれて。毎日毎日、こんなに想ってくれて。

 今も、どうせ悩んでいるのだ―――どうやって“事の真相”とやらを話そうかと。

 ならば、ゆっくりと焦らずに待とうとリーレイは思う。そして―――話が終われば、労ってキスのひとつでもしようかな、と年甲斐もなく照れるのだった。

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