剣士は悩み、迷走する〜終幕
「え、誰!!」
「リーレイが酷い!」
女神神殿に戻ってきたフィンカーズとヴィヴァーネを見たリーレイの第一声と、ヴィヴァーネの反応である。
「わたしよ、ヴィヴァーネよ! これが本体よ?!」
ヴィヴァーネの本体に、一同がしばらく現実についていけなかった。何しろヴィヴァーネ=愉快なオカマという図式が成り立っていたからだ。染み込んだ固定観念というものは、なかなか覆せないものなのだ。
「まあ、とにかく――おかえり、ヴィヴァーネ!!」
リーレイの言葉に、ヴィヴァーネは破顔した。
女神神殿の前にて、一同はいったん解散した。既に世界は夜の帳が降り、暗闇に満ちていた。各自後日改めてヴィヴァーネの復活の祝いをすることを約束し、帰路に着いた。
「ねぇ、賢者?」
フィンカーズはヴィヴァーネの声にびくっと固まり、ゆっくり振り向いた。なかなかこの声が慣れない。可愛らしい声は、彼の耳に届く度に彼の顔を沸騰させる。
「わたし、住むところないの。Jの頃は宿をとっていただけで良かったけれど、今はそうもいかないもの。今はJでなくって、ツィスカ・ヴィヴァーネ・エンヒェンだもの」
ねぇ、どうしましょうね? とヴィヴァーネは首をかしげる。その仕草を見ただけで、フィンカーズは心臓に大打撃を受けたような気がした。
何だか、おかしい。調子が狂う。ヴィヴァーネが本体に戻ってから、オカマのヴィヴァーネみたいに毒舌が吐けない。
「何かいい案ないかしら?」
大きくて潤みがちな垂れた榛の瞳が、フィンカーズをじっと見つめる。
(あああああ、もう!! あれはヴィヴァーネです! いくら外見が変わろうと――)
フィンカーズが頭を打ち付けたい衝動にかられた。オカマのヴィヴァーネと中身は同じだと、自身に言い聞かせるためにヴィヴァーネを見れば、ヴィヴァーネがにこりと微笑み返す。
「――!!」
フィンカーズはうぶだった。
「ね、ネネ?」
ヴィヴァーネはとどめとばかりに、可愛らしい声でフィンカーズを愛称で呼んだ。破壊力抜群であった。フィンカーズは、自分の中で理性にひびが入る幻聴を耳にした気がした。
「しばらくネネに厄介になってもいいかしら」
ヴィヴァーネは爆弾を投下した。
「なな、な何で」
「だって、リーレイの家にはゼインがいるんだもの。二人のお邪魔はできないわ?」
ね? とヴィヴァーネがフィンカーズの横に立つ。
「リーレイといえば、ネネはリーレイのこと好いていたのよねぇ」
もはや一句もつぐことができないフィンカーズは、ヴィヴァーネの次の言葉で石化した。
「――わたし、実はネネのことが好きなの。ネネがリーレイを諦められないように、わたしも諦められないの」
――覚悟してね?
ヴィヴァーネの宣戦布告は、フィンカーズに追い討ちをかけたとかないとか。
後に国の歴史書は語る。
――昔、魔王を倒した女勇者はその身に呪いをうけた。魔王が最期の力を振り絞り、眠りの呪いをかけたのだ。
魔王は倒され、平和は戻った。しかし女勇者は眠りについた。長い長い眠りであった。
しだいに時が経ち、かつての女勇者は忘れ去られていく。
そして、次代の魔王が誕生したとき、女神は再び勇者を選定した。
当代の勇者の仲間に、ひとりの剣士が加わった。剣士の正体は、女神により仮初めの肉体を得た先代勇者であった。女神は呪いを一時緩和し、先代勇者の心を仮初めの肉体に宿らせた。
限られた自由を得た先代勇者は、魔王討伐の旅をしながら呪いを解く鍵を探す。
しかし、鍵を見つけることが叶わないまま、先代勇者は再び眠りにつく。
当代の勇者たちは、仲間であった先代を助けるべく活躍し、ついに先代は長きにわたる眠りから目を覚ました。
賢者の血は伝える。
かつてツィスカ・ヴィヴァーネ・エンヒェンという名の女勇者がいた。ツィスカは倒した魔王より呪いをうけた。
ずっと眠り続ける呪いは、憂いた女神により緩和され、時々仮初めの肉体に宿り呪いを解く鍵を探した。しかしなかなか鍵は見つからず、次代の魔王が生まれる。
色々あって、三十五代目の賢者であるニネット・フィンカーズが彼女の呪いを解いた。
そして目覚めた彼女は、賢者である彼に惹かれ、押して押して、ついに彼が折れて妻の座を得たという。三十五代目の賢者は、ハーフエルフであり長命であった。妻たる先代勇者は、女神の祝福をうけ長命となり、命つきるまで夫を尻に敷いたという。
これにて、終幕です。最後までご覧いただいた方々に多大なる謝意を。ありがとうございました。
※リーレアンナ・ブルーフェンドルス、リーレイ、ゼイン、フィンカーズ、ヴィヴァーネ、腹黒狸王女の名前は山藍摺オリジナルの名前です、あしからず。
※ニネット、ツィスカ、エンヒェンは西洋の実際の名前です。




