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剣士は悩み、迷走する9



 女神の言葉に、フィンカーズは目を見張った。


「ヴィヴァーネが、助かる手段があるんですか!!」


 唾も飛ぶ勢いで食らいついたフィンカーズに、女神はにやりと神様らしくない、実に人間くさい笑みを浮かべた。してやったり、という狡猾さを感じさせる笑みだった。

 リーレイはその笑みを見て狸だと思った。

 しかし、狸は女神だけではなかった。


「助かるんですね?」


 フィンカーズは表情を変えずに女神に問う。その様子に、リーレイとゼインは顔を見合わせ、あーあと目で会話をした。

 それを知らない女神は頷き、肯定する。


「そなたさえあたくしに協力しましたらね」


 おほほ、と女神は笑う。賢者もあははと笑う。

 リーレイとゼインは背筋が寒くなった。今、二人は切実にヴィヴァーネの存在を欲した。あの陽気なオカマ(ではないらしいが)のヴィヴァーネがいないと、賢者を止めきれない。ゼインとリーレイには無理だ、力不足だ。げんに、ゼインは先程彼をおさえきれなかった。

 びくびくする二人の前で、現賢者たるフィンカーズはにたり、と形容できる笑みを浮かべた。女神にそんな笑みを向けたのは、きっと後にも先にもフィンカーズくらいだろう。


「……何でこんなに遅かったんですか? あなた女神ですよね神様ですよね一人で出来ると思ったんですか何五百年かかってるんですかそんなにかかるならさっさと賢者に協力を申し出るたら良かったんですよそもそもですね」


 ――八つ当たりという名の、賢者からのねちねちしたお説教が女神を襲った。

 女神はひぃっと後退り、後ずさった分+αフィンカーズに詰め寄られたという。

 後日、この日同行した神官は、後に仕える神の現実を目の当たりにし、還俗したという。





「で、ヴィヴァーネは貴女が作ったある空間にてぐっすりおねんねと。それが十一回目のおねんねで、あと五十年経過しないと起きないと。はいはいそうですかといえますか。いえませんよ、さっさと起こしますよちゃっちゃと起こしますよ」


 フィンカーズは息継ぎなしで女神に確認した。

 女神も血が通った肉体なのか、血の気が引いた真っ青な顔でこくこくと小刻みに頷いた。いまにも小さな口から泡を吹いて倒れそうだ。


「…………」


 女神の血の気の引く様を見て、色々と女神像が崩壊していってしまい、項垂れるリーレイの背中をゼインがぽんぽんと叩いてやった。ゼインは何もいわなかったが、その顔がお疲れ様と如実に語っている。

 フィンカーズがねちねちとお小言をいい始めてからずいぶん経つが、まだ女神はフィンカーズにおされ気味だ。一言すら口に挟めていない。まるで愛息子の若嫁に駄目出しすることが大好きでたまらない嫌味な姑だ。


「で、どうやっていくのですか?」


 そしてようやく姑のお小言が終了した。にっこりと今一番の黒く怖い笑みで。


「ひ、開きますわ、ええ開きますわよ!」


 開けばいいんでしょう! とやけくそ気味に女神は叫び、片手を床に向けた。

 女神の掌から淡い桃色の蒸気が漂い始め、次第に光も放ち始めた。もちろん輝かんばかりの桃色だ。


「「!!」」


 リーレイとゼインはあまりの眩しさに目を反射で瞑る。女神はどこか勝ち誇ったどや顔でフィンカーズを見た、が。


「………何か?」

「イエナンデモアリマセンワ」


 しかしフィンカーズはいつの間にか色付き眼鏡を装置していた。女神は久々に脱力感を覚えた。

 女神はやる気が無くなりそうなのをどうにか持ち直して、呪文を唱え始めた。


「開け――」


 女神の声に応じて、床に大きな扉の形を模した光が溢れる。光は濃淡の異なる桃色の光で構成され、よくよく見れば極光のように帯状にゆらめいていた。

 神秘的なその光景に、フィンカーズもその口を閉じてただただ魅せられた。

 しかし、どこか残念な女神の呪文はやはり残念であった。


「――胡麻」


 何で胡麻なんだと、後で必ず突っ込もうとフィンカーズは決めた。





「――ここですわよ」


 眩しい光がおさまり、フィンカーズは色付き眼鏡を外した。


「趣味、悪いですね」

「だまらっしゃい!!」


 そこは天井も壁も床も、室内を構成する全てが、濃淡は違えど桃色一色であった。

 小さな正方形の、窓のない戸があるだけの部屋。そんな室内の中央に、女神とフィンカーズだけがいた。


「女神、ゼインとリーレイはどうしたのです」

「ここは神が直接管理する世界でしてよ。ただの生者ならば、室内に漂う神の力に触れただけで彼岸へご案内ですのよ、神の力はただの生者には強すぎますもの。貴方はまがりなりにも神の血を引く生者、だからこちらに来れましたのよ」


 ――まあ、あなたがただの生者でも、ヴィヴァーネの呪いを解くならば特別に通して差し上げましたけれど?


 女神はおほほと笑う。何となく、フィンカーズは馬鹿にされたような気がしたので、何か言い返そうと口を開いた。しかし言い返すのは非常に建設的ではないと思いいたり、かわりに促すだけにとどめた。


「さぁ、呪いとやらをとこうではありませんか。さっさと教えてください」


 フィンカーズは早くヴィヴァーネに会いたくてたまらなかった。早くヴィヴァーネに文句をいいたかった。だから、とっととヴィヴァーネを蝕む呪いをときたかった。


(あなたを蝕んだり困らせたりするのは私の毒舌だけでいいのです)


 無意識に苛立ちはじめたフィンカーズを見て、女神は袖で口許を隠し、しめしめと楽しそうな笑みを浮かべた。こんな笑みを見られたらまたフィンカーズに問い詰められそうだから、隠してから笑うということを学習したのだ。


(ヴィヴァーネがこの子を起きたらからかいましょう! 面白そうな反応が見れそうですわ)


 女神は袖の下でにんまりと笑い、扉を指差す。


「この扉の向こうにいるヴィヴァーネに会わせてからですわよ」


 ぎぃい、と扉が自動で開く。

 ごくん、とフィンカーズは唾を飲み込んだ。何百年と生きた彼でも、これから行うことは緊張する。今までとけなかった、五百年も先代勇者を蝕む呪いを解放するのだから。

 女神の導きで、フィンカーズは扉を潜った。


「……彼女が」


 ――隣室には、桃色に包まれて死んだように眠り続ける黒髪の若い女性がいた。


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