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「ディークさま」


 神殿の―――魔王の城に近いこの町の神殿に、リーレイの婚約者ディークフリトがいた。この町は、人類の最果ての地だ。魔王の城に近く―――近すぎるため、神のご加護が直接現れている町。故に、神殿の本拠地がある。

 逆に、ディークフリトの普段の拠点たる王都からはかなり離れている。


「どうなさったの?」


 先ほどまでの硬直が嘘のように、リーレイは勇者を激しく突き飛ばして愛しのダーリンの前へ進み出た。リーレイは、彼の笑顔を見るだけでいつも胸が高なる。しかし、なぜか今は不安しか感じない。なぜだろう、愛しのダーリンの笑顔が……ダーリンの感情が、リーレイに向いていないのだ。


「ディークフリトさま?」


 リーレイは職業柄、相手の感情を見抜くことに長けていた。そうでないと、柄の悪いあんちゃんやら、腹の黒いあんちゃんやらと対峙できないからだ。常に相手の考えることを見抜かないと、相手に負けるから。……まあ、先ほどは勇者をよく見抜けなかったが。


「リーレイ。よく無事で戻ってくれたね」


 リーレイの葛藤を知ってか知らずか―――ディークフリトはにこやかに微笑み続ける。


「はい!」


 リーレイは雑念を振り払い、愛しのダーリンの胸に飛び込みかけて―――避けられた。


「ディークフリトさま……?」


 リーレイは泣き出したくなるのを我慢して、愛しのダーリンに問う。なぜ、避ける? なぜ―――そんな扱いをするのか。リーレイは、泣きわめきたくなるのを必死に抑えた。なんで、と視線を向け―――固まった。ディークフリトの後ろから来た人物を見て、固まった。さりげなく勇者が彼女をかばうように立ち位置を変えたのにも気付かないくらいに。


「勇者よ、よく戻りました。あなたが帰還したということは、魔王の討伐がかなったということですね」


 ディークフリトの後ろから現れたのは、きらきらと輝く銀糸のごとき髪をもった美姫―――太陽と月でさえ、彼女を前にしたら雲に隠れてしまうと謳われる、この国の王女であった。

 王女を前に、勇者は王族に対する礼をとり、リーレイも慌てて同じように礼をとる。

 王女は美しい顔に慈悲の笑みを浮かべて勇者を見て、魔王の討伐を労う。それに対し、勇者は頭を下げさらに深い礼をとった。この国では、地位の高い人に対するほどに頭を下げる角度が深くなる。

 そして勇者の後ろに立つリーレイを見た。


「あなたがブルーフェンドルスの。顔をあげなさい」


 勇者のように頭を下げていたリーレイは頭をあげた。

 そしてリーレイが見たのは……忌々しそうに己を見て、勝ち誇ったように笑う王女だった―――しかしそれは一瞬で慈悲の微笑みにすりかわる。が、確かにリーレイは見た。位置角度からして、まだ頭を下げ続ける勇者や、王女の後ろに控えるディークフリトには見えない笑みだった。


(なんで、あたしが?)


 王女がリーレイにわかるように笑った理由が、リーレイには思い付かなかった。しかも笑みが、勝ち誇ったような笑みで。まるで―――勝者が負けた者に対して向ける、揺るぎない勝利を獲得した余裕の笑みのように見えた。


(なんで)


 そして、リーレイは嫌な予感がした。カンとしか表現できない、なんともいえない嫌な予感が。


「勇者よ、他の討伐メンバーはどちらに? あなたたちの祝賀会を兼ねたパレードなども開きたいですからね、お話をしたいのですが?」

「まだ、市街地に。町へ来て安堵し、ゆっくりと向かっております。我ら揃ってご尊顔を拝謁することがかなわないことをお許しください」


 勇者は、一言一言ゆっくりと返答する。

 リーレイには勇者の後ろにいるため、勇者がどんな表情をしているかわからない。けれども、なんとなく―――怒っているような雰囲気が、ぴりぴりとリーレイの肌に伝わってきた。


(何に怒っているの)


 リーレイは、普段なら感じない疑問符で、頭がいっぱいいっぱいになってしまった。リーレイは普段なら相手をリードする側だからだ。冒険者しかり、勇者しかり。リードしないといけないのだ……うっかり相手にリードされたら仕事にならないからである。

 頭がいっぱいいっぱいのリーレイは、王女と勇者が話す内容にも意識が向いていなかった。

 そんなリーレイが、はっと気付いたのは―――


「此度の祝賀会、わたくしの婚約披露が霞みそうですわね。無理もありませんわ、英雄たちの帰還は、民たちにとっては平穏の再開を告げるいい合図ですものね」


 うふふ、と王女が鈴を転がすように笑う声が聞こえる。王女はその天使のごとき声で、リーレイを地獄に突き落とした。


「わたくし、こちらに控えるディークフリト卿に嫁ぎますのよ。わたくしたち、恋に落ちましたの。相思相愛ですのよ?」


 リーレイは、その言葉を耳にして……立ったまま意識を失った。




「なんてひどいの、そのオトコ! ―――オトコの風上にもおけねぇやつは剣の錆びにしてやらぁ!!」

「オトコらしくないこといってんじゃありませんよ、このエセおカマが」

「なにおう?!」

「何ですか、受けてたとうじゃありませんか」


 リーレイが目を覚ましたとき――おそらく宿の一室だろう――寝台で寝ている自分の目の前では、ぶちギレたオカマ剣士が毒舌賢者との激しい舌戦が、ちょうど幕を開けたところだった。


「……………………………」


 リーレイは再び眠りにつくべく布団に潜る。今起きていたら確実にふたりの戦いに巻き込まれる。巻き込まれたら、後は疲労あるのみ。ならば、就寝あるのみ!


「起きた」


 しかし布団に潜るまで後少しというタイミングで、リーレイは布団をめくられてしまった。布団をめくったのは、寝台のすぐ横で椅子に座る勇者だった。彼は安堵に満ちた表情でリーレイを見ていた。


「リーレイ」


 甘い声で、リーレイを抱き締めた。リーレイが状況を把握するまでに、だ。


「な、な」


 何を、とリーレイはいいかけたがなかなか口が回らなかった。抱き締められて、勇者の香りが鼻腔に侵入してきたからだ。勇者からは、暖かい日だまりのような、優しく穏やかな香りがした。


「良かった」


 ぎゅーっと抱き締めて、勇者はリーレイをゆっくり離した。


「本当に、良かった」


 何が良かったかはリーレイはわからない。けれども、勇者は心底嬉しそうに微笑んだ。安堵からくる嬉しさからか、相手を案ずる暖かさが伝わる笑みだった。 それを見て、リーレイは顔が一気に上気するのを感じた。勇者から、こんなにストレートに素直な感情を向けられることはあまり無かったからだ。


「あたし、は」


 勇者の抱擁から解放され、リーレイはようやく思考が正常に動き始めた。


「……………」


 リーレイの脳内に、王女のあの笑みが、あの言葉がちらつく。


『わたくしたち、恋に落ちましたの』


 リーレイを見る顔は、勝ち誇ったように笑っていた。

『わたくしたち相思相愛ですのよ』


 リーレイを地獄に突き落とした。


「あぁ、あぁ………」


 リーレイは、失った。大切なものを、失った。描いていた未来を、失った。


「なぜ、なぜ」


 瞳から、涙が一筋落ちる。それを皮切りに、涙が次から次へと頬を伝い落ちる。


「あたしが何をしたというの」


 国王からの勅命を受けただけ。あのときは半年後の婚姻が迫っていた。あのときは、確かに相思相愛だった。お互いの未来を語り合って、ふたりの時間を何よりも大切にして。確かに、彼はリーレイを見ていた。リーレイを、愛しげに見ていた。

 いつから、狂った?

 いつから、心変わりをした?

 いつから―――?


「リーレイ」


 仲間の呼び掛けに、リーレイは深い深い考えごとから現実に引き戻された。

 ふと声がした方を見れば、リーレイを心配そうに見つめるオカマ剣士と毒舌賢者がいた。

 ふたりとも、いつの間にか激しい舌戦を終え、先ほどまで勇者がいた場所にいた。しかし、代わりに勇者の姿が見えない。そのことに、リーレイは少なからずショックを受けた。今は、側にいてほしかったのだ。


「あなたは、一週間寝ていたのよ」

「その間に、私たちの祝賀会も兼ねたパレードは終わりました。王女殿下の婚約披露も、終わりました」

「わたしたちは、あなたの仲間だからね」

「何があっても、私たちはあなたの味方です」

「王女、ひどいわよね。寝とりやがったわよ」

「不敬です、ヴィヴァーネ。しかし、この部屋でなら大丈夫です。いくら不敬を唱えて叫んでも構いません。なぜなら私の素晴らしい結界が会話をけして漏らしやしませんから」

「あんたほんとえげつないわよね」

「アナタのギャップの激しさよりましですが」

「―――喧嘩、売るの。買うわよ」

「―――ええ、売りました。買うならやりますよ?」


 再び、ふたりの間に火花が散る。

 それを見ていたリーレイはしばし口をあんぐりと開けていたが―――すぐに二人めがけて抱き付いた。


「な、なな、嫁入り前の娘がオトコに抱きついちゃダメよ!」

「とかいいつつ鼻血だしてますよアンタ」

「うるさいわね!?」

「それは私にとって誉め言葉です」

「何よそれ?!」


 その後、しばらく他愛ない会話が続いた。リーレイは持つべきは仲間だと、心からふたりに感謝したのだった。

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