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剣士は悩み、迷走する8



 神話は語る。

 生と死を司る女神は慈悲に満ち溢れ、全ての命あるものの母である。

 女神はその慈悲をもって人を導く全ての母、それが民の女神への解釈であり、抱く女神像だ。

 そして世間一般に伝わる過去の偉人などに対する印象というものは、その実際の話とは異なるものだ。

 人ではないけれど、女神もそれにあてはまるなど、誰が想像しただろうか。少なくともリーレイはそうだ。


「……………」


 賢者がその身に宿す神の血により、女神を呼んだ。だからこそ、女神が降臨なさった、はずだ。


「見つけましてよッ」


 光が落ち着き、リーレイは閉じていた目を開いて室内を見渡し、女神像の前で賢者に抱きつく少女を見つけた。

 ふわふわの長い巻き毛(桃色)、くりくりのおめめ(桃色)、爪もどうやら桃色、身に付ける長い衣はうっすら桃色、肌だけ白い。

 そんな全身桃色少女が、熱におかされたような潤んだ目で賢者であるフィンカーズを抱き締めている。フィンカーズは固まっていた。あの物怖じという語句を知らずに生まれてきたような毒舌賢者が、だ。対面した魔王にすらはっ! と鼻で笑った賢者が、だ。

 リーレイは隣にいるゼインに説明を求めようと横を向いた。ゼインは勇者関連で女神の降臨に立ち会っているはずだからだ。


「ゼイン、目が泳いでるわよ」


 ゼインは目をさ迷わせていた。リーレイはふっと息を吐き、呆れたように笑い、おもいっきり――ゼインの背を叩いた。


「ほら何をぼさっとしてるのさっさと説明をなさい!」


 ゼインがごほごほ咳き込み、さらにリーレイが叱咤しという夫婦漫才? を展開している間に、フィンカーズはようやく現実に戻ってきた。


「早く離れてください!」


 フィンカーズは顔を真っ赤にさせて女神を剥がした。実はフィンカーズ、御年三百を越えるというのに、いまだに異性との不意打ちによる(彼にとって)過度のスキンシップが苦手であったりする。


「酷いですわ、この仕打ち酷いですわ! あたくしこれでも女神でしてよ?!」

 剥がされた女神はといえば、よよよと袖を目に当て声を震わせる。

 その様子に、フィンカーズの中で何かが切れた。


「あ、あなたは女神として恥じらいはないのですか?!」


 フィンカーズは勇者一行として、勇者であるゼインにかなり最初の段階でメンバーとして側にいた。それでも、実は一度しか女神とは面識はなかったりする。

 その時は、女神からの加護を得るという儀式であった。跪き頭を垂れ、俯いて目を瞑り挑んだ儀式。だからこそ、女神と賢者は互いの顔を知らなかった。


「め、女神に何ていいぐ――あら」


 女神は酷い扱いをしたフィンカーズに食って掛かろうとして――フィンカーズを見て動きを止めた。


「賢者?」

「そうですが」


 訝しみつつ肯定するフィンカーズに、女神は首を傾げた。


「あなた……おのこ(男子)だったの?!」


 ――この日、賢者が女神を殴るという、後の世に決して残してはならない珍事件が発生した。




「で、あたくしを呼んだの?」


 興奮するフィンカーズを、ゼインが羽交い締めにして宥めている間、女神と貴族とはいえ勇者や賢者とは違い一般の人間が、顔をあわせて会話をするという珍事態に陥っていた。


「はい、彼が呼びました」


 最初は戸惑いを隠せなかったリーレイも、そこは監視役に抜擢される根性の持ち主、あっというまにこの珍事態に適応した……あくまでも表面上は。これはもはや受付嬢としての意地だった。

 リーレイはフィンカーズを見ながら溜め息を吐き、女神に説明する。


「実は――」


 何で自分が神様にお話しするなんてことになっているんだろう、と現実逃避したくなるのを我慢してリーレイは語る。

 監視役であり、そしてギルドのあらゆるな意味で猛者たちとのタイマンを経験していた受付嬢のリーレイでも、やはり心中では戸惑っていた。

 それでもそこは接客業の窓口のプロ、お客様の前では顔には出さない。


「というわけです」


 だから、おそれおおくも女神を客に見立て、リーレイはここまでの過程を丁寧にかつ簡潔に説明し終えた。


「ふむ……」


 リーレイの渾身の説明を聞いている間、女神はずっと真剣な眼差しを、いまだ暴れるフィンカーズに向けていた。女神の視線は話が終わった今も、まだフィンカーズに注がれていた。

 しかし、その目に込められた感情が変わっていた。女神のフィンカーズを見る目は、商品を厳選に値踏みする商人の目へと変じていたのだ。


「……何ですか」


 フィンカーズは、女神の視線を跳ね返すように女神を見た。とても強い眼差しであった。神官たちから見たら卒倒しそうな、かなり不信心な眼差しでもあった。

 女神はフィンカーズの視線を面白そうに、どこか楽しそうに笑って受け止めた。そこには先ほどまでの馬鹿馬鹿しい空気はない。

 そして女神は表情を真剣なものへと戻し、フィンカーズを真っ向から見つめた。


「賢者、そなた魔王討伐の旅を開始するあの日より、魔力を増やしましたね」


 それは最早問いかけではなく確認であった。


「――ええ、まあ」


 魔王討伐、それは魔王討伐に直接携わった三人――ゼイン、ヴィヴァーネ、フィンカーズのうち、特にフィンカーズに多大な影響を与えた。

 魔王という器を失った膨大な魔力は、行き場をなくしさ迷い、その場で一番魔力を受け付けやすい体質のフィンカーズの身体に流れ込んだのである。

 勇者であるゼインは魔力を生まれつき持っていなかった――魔力がないからこそ、女神の力を直接その身に宿せたのだ。

 魔力があれば、少なからず身体は反発するのだ。それは魔力が高かろうが低かろうが関係なく、だからこそ神の血を宿し、その影響のない賢者が随員に選ばれたぐらいだ。反発があれば、加護は宿せない。

 ヴィヴァーネはその身体故に例外であるし、そもそも非戦闘員のリーレイは魔王討伐の直接の場には出ていない。リーレイはあくまで勇者をひっぱたき立ち上がらせる位置だからだ。


「魔力の質も少し変わりましたし、魔力の飽和限度量も増えましたよ。それが何だというのです」


 フィンカーズには女神の言葉の意味がわからなかった。彼にとって、それよりもはやくヴィヴァーネを救う手段を講じたかった。

 彼は焦っていた。賢者として仲間の危機を気付けなかったと、悔やみから自身を責めていた。

 女神は、登場シーンが女神らしくなくとも、やはり女神であった。


「その魔力で、ヴィヴァーネが救えるとすれば?」


 女神にはフィンカーズの心境なんてお見通しであった。


「あの娘を助けたくば、あたくしに力を貸しなさい」


 女神は女王――堂々たる為政者の笑みで告げた。


(見つけましてよ)


 女神は内心で狂喜乱舞であった。

 魔力の主を探し当てたと思いきや、“懐かしい血”に呼ばれた。懐かしい気配に呼びかけに応じてみれば、そこにいたのはみなぎる魔力を持つ懐かしい血を持つ賢者。

 魔力が宿る髪を切っても、なお有り余るその魔力を見て、女神はようやく念願が叶うと直感で理解した。


(さあ、ヴィヴァーネ!)


 女神は心中で、この場にいない長年の付き合いからかけがえのない友となった、かつての勇者に叫ぶ。


(お目覚めの時間ですわよー!!)




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