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剣士は悩み、迷走する6



「くっそう……どうしろってんですか……!!」


 フィンカーズは壁に背を預け、そのままずるずると床に座り込んだ。足も投げ出し、額からひっきりなしに流れ落ちる汗をローブの襟で乱暴に拭う。

 血に流れる知識を見た彼は、汗だくで息を切らしていた。それは当たり前だった。通常なら、眠る知識は時間をかけてゆっくりと拾い出す。それを、無理矢理ごり押しで短縮したのだ。結果かなりの負担がかかり、このザマである。


「有り得ません……、有り得ません……」


 フィンカーズは認めたくなかった。認めたくないのに、自然とヴィヴァーネの身体に目がいく。

 だらんと寝台から腕から垂れた、屈強な男性の肉体。初見の時、フィンカーズが羨ましく思った長身の身体だ。フィンカーズだって男だ、身長が欲しい。勇者を見たときも、そうだったなと思い出す。


「っ、……くっそー……」


 次から次へと思い出される、道中の思い出。ボケ担当の勇者は、よくヴィヴァーネと監視役から突っ込みが入っていた。フィンカーズもよく便乗し、二人から途中で止められた。毒が過ぎるから程々にと。

 あの頃――魔王討伐の道中は、誰かが欠ける覚悟はあった。死と背中合わせの毎日。

 背中を安心して預けることが出来る仲間が、明日はそこにいないかもしれない。明日ではなくとも、もしかしたら次の瞬間にはいないかもしれない。

 フィンカーズは、三百年は生きている。その間、たくさんの出逢いと別れを繰り返してきた。

 だから、他の仲間よりは覚悟はあったつもりだった。経験は彼らより多いと思っていた節がある。

 なのに、実際こうなってみて、どうか。


「あなたは、どれだけの苦しみを味わったのですか……」


 先代賢者の血の知識には、ヴィヴァーネという名前に関する知識が存在していた。

 フィンカーズの父である先代賢者は、軽く千年近く生きている森の民・エルフだ。もう百年近く会っていないフィンカーズの父は、先代賢者として、前回の魔王討伐の一行に助言を授けていたのだ。

 先代勇者、ツィスカ・ヴィヴァーネ・エンヒェン。通称、黒のツィスカ。血の中の賢者の知識によれば、ヴィヴァーネという名は、昔の言葉で華麗を意味するらしい。今は忘れ去られた、女神より先代だけが賜った祝福の言葉が、ヴィヴァーネ――華麗だった。

 血の中の賢者の知識を信ずるならば、ヴィヴァーネは、先代の女勇者であった。そうオカマではなかった。正真正銘の女性であった。


「何で、気付かなかったんですか」


 フィンカーズは、ここにはいない父に文句をいった。届かないとわかっていても、いいたくて仕方がない。


「呪いを受けて、周期は不明だけれど……呪いを解くためにさすらっていると知っていたら、何で助けなかったんですか……」


 魔王に呪いをかけられた先代勇者の話は、血の中の記憶に保存されている。そしてそこから、先代の賢者が、先代勇者に何もしていないことが読めるのも明らかだった。

 前回の魔王討伐の一行ではなかったとはいえ、ヴィヴァーネと面識のあった父。何で、とフィンカーズは父を責めたくなった。


「……過ぎたことは仕方がありません」


 先代賢者は、知識にしか興味がない。知識以外、興味を示さない。母である森の魔女も、押して押して押しまくって苦労したといっていた。そんな引きこもりだから、かつて面識がある程度のヴィヴァーネが、魔王に呪いを受けた話を聞いても、ただ興味が向かなかった、そんなところだろうけど。

「……しかし」


 先代勇者=“ヴィヴァーネ”、その名前から推測して得ただけの図式。実はこのヴィヴァーネが、先代勇者とは限らない。何故なら、男性の体なのだから。何故女性である先代の勇者が、男性の肉体に宿り、今ここにいるかわからない。

 けれども、先代にしか使用が許されない名を使うことが何よりの証拠である。当人以外が名乗れば、女神の怒りという名の神罰が下るというのだから、間違いない。

 先代がうけた呪いは、魔王によるものだが、どのような呪いかは、賢者の知識にはない。そんな先代勇者が、呪いを解く手がかりを得るために、今代の魔王討伐に加わっても何らおかしくはない。


「………」


 フィンカーズはゆっくりと立ち上がった。視界に入るヴィヴァーネの身体は、やはり動いていない。

 生きているかさえ、わからない。フィンカーズはもう一度ヴィヴァーネにの身体に触れた。


「………」


 先ほどは気付かなかったが、よく見れば“よくよく出来た人形”だった。そりゃあ、魔法が定着しないはずだ。あの魔法は、生命を対象にすることが前提だから。


「……女神神殿ですね」


 きっと女神神殿に行けば、色々わかるはずだ。何故男性体で、何故人形なのかも。

 現状を理解し把握するために、フィンカーズは歩き出した。








「ヴィヴァーネが……?」


 フィンカーズの行動ははやかった。元勇者のゼインを呼びにいって、戻ってきたリーレイにすぐに神殿へ向かうと告げた。訝しむ二人に、神殿へ向かう道すがらに説明する。


「ヴィヴァーネが、……女性……」


 ヴィヴァーネの真実を知った二人が一番驚いたのは、先代勇者でもなく、呪いをうけたことでもなく、ヴィヴァーネがオカマではなかったことだった。


「……やっぱ、オカマではないヴィヴァーネは想像出来ないわね」


 リーレイの言葉は、まさにこの場の皆の感想だった。




 三人が連れ立って神殿についた頃、空では夕陽が沈み始めていた。

 神殿は人がパラパラといるだけでも、三人は目立った。半分は元勇者であるゼインがいたからだろう。ちなみにリーレイとフィンカーズは元監視役と賢者とは気付かれていなかった。このあたりはおそらく、リーレイの顔があまり知られていなかったり、フィンカーズがトレードマークである髪型を変えたりしたからであろう。

 残り半分はといえば。


「やっぱ、元勇者が屈強な男の人形を運んでるって目立つわよね」

「ですね。目立ちますね。あまりにも近寄りがたい雰囲気ですからね」

「男が男を、等身大のしかも人形を、お姫様抱っこだもの」

「シュールですね。目の毒ですね。変人で変態ですね。近寄りたくないですよね」

「……酷い、フィンカーズが酷い……僕なんて、僕なんて」

「ああ、どうしてあんたは冗談を額縁通りに受け取るの!?」


 リーレイの言葉に、フィンカーズがお馴染みの口調でゼインに笑顔で毒を吐く。それに対しゼインが額縁通りに受け取り、落ち込み苔を背中に生やして影を背負い、地面にしゃがんでのの字を書き始めた。さらにどうせ、どうせと呟き始め、鬱陶しそうにリーレイが背中をバンバン叩いて立たせている。いつもの見慣れた光景だった。

 けれども、ヴィヴァーネがいない。いつもゼインと一緒に毒を吐かれるヴィヴァーネがいない。それを、フィンカーズは寂しく思った。


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