剣士は悩み、迷走する4
ヴィヴァーネが目を醒ました時、まず視界に入ったのはピンクのタイルの天井だった。
「あー……」
ヴィヴァーネはゆっくりと顔を動かした。顔が動くにつれ、視界も動く。左、右、と動かした後ヴィヴァーネは溜め息を吐いた。
「五十年、終わりかぁー……」
ヴィヴァーネは、苦笑していた。気付けば、五百年間ずっと過ごしてきた女神の部屋に横たわっていた。
ヴィヴァーネはゆっくりと起き上がり、改めて周囲を見た。
天井、ピンク。壁も、ピンク。床も、寝台も、ピンク、寝具もピンク、貫頭衣の形の着衣までもがピンク。
(相変わらずピンクなのねぇー……)
ヴィヴァーネは苦笑した。窓も出入り口の戸も見当たらないこの部屋は、ヴィヴァーネにとって眠りの部屋だ。このピンクだらけの部屋は決してヴィヴァーネの趣味ではない。この部屋は女神による作成だ。女神の力が満ちていて、ヴィヴァーネの呪いを緩和しているのだ、こんな見た目でも。
――決して、あたくしの趣味でもなくってよ。仕方がないんですのよ、あたくしの力は桃色をしているのですもの! 本人の望み関係なく、元・来・桃色をしていますのよ!
かつて、ヴィヴァーネが「何でピンクなのよ!」と女神に詰め寄れば、女神は顔を真っ赤にして、そう一気に捲し立てた。このピンクは、本人にとっても大変不本意なのだそうだ。
「女神、今回はいないのかしら」
ヴィヴァーネが目覚める時、眠りにつく時は毎回欠かさず、女神はヴィヴァーネの側にいたのだ。しかし今はいない。どうしたというのだろうか。
「でも……待ってられないようねぇ?」
ヴィヴァーネは無意識に大きく欠伸をした。身体が重い。眠気に負けそうになりつつも、ヴィヴァーネはもう一度周囲を見渡し、女神の気配を探した。やはり、いない。
(いざ誰もいないと、寂しいものね)
ヴィヴァーネは毎回、女神に見守られながら五十年の刻みに眠りにつく。しかし今回は見送りなしに眠るようだった。
誰かに見守られながら眠りにつく習慣は、いつしかヴィヴァーネにとって当たり前になっていたようだ。いざ誰もいないと、何だか寂しい。
「それとも、長居しすぎたからかしら?」
ヴィヴァーネは首をかしげた。すると、さらさらと真っ直ぐな黒髪が肩に流れ落ちた。
「………わたし、髪とても長かったのねぇ」
今のヴィヴァーネは、本来の身体だ。女神がデザイン担当、製作はヴィヴァーネの人形の身体ではない。
真っ黒な長い髪は針金のように真っ直ぐで、垂れ目気味の大きな瞳は榛の色、透き通りすぎて血管まで見える白すぎる肌の、二十歳の女性だ。先代の女勇者ツィスカ・ヴィヴァーネ・エンヒェンの身体だ。
「あ……」
とろん、と瞼が落ち始める。思考に靄がかかり、急激にうとうとし始める。
呪いによる強制睡眠が、再びヴィヴァーネの身体を蝕み始めていた。
「ごめんねぇ……、賢者ぁ……わたしに関わったばかりに、後味悪い思いさせちゃったわねー……」
仲間ではないのかと叫んでいた賢者に、伝わらないとわかっていても、ヴィヴァーネは伝えたくてたまらなかった。
「仲間よ、わたしたち……短くても、同じ時間を過ごしてきたんだものー……」
今回の人形は、何故か男性体だった。絶対女神が面白半分でデザインしたのだろう。ヴィヴァーネは特に確認せずに魔力を込めて拵えたので、今回の眠りから醒めて初めてJを見たとき、激しく後悔した記憶がある。 けれどもあの姿でなければ、あのような絆は築くことが出来なかったかもしれない……何しろ、オカマ扱いだったから。
賢者は酷かった。容赦がなかった。勇者も最初は頼りなかったけどきちんと成長したし、監視役は見てて純情で可愛かった。彼らと過ごした時間は短いけれど、確かにヴィヴァーネにとってかけがいのない時間だった。
「賢者、気にしてそうね……」
賢者は責任感が強かった。きっと、Jの肉体が機能停止したことを悔いているだろう。あんなタイミングでヴィヴァーネ――ツィスカに戻ってしまったから。
「女神……見てるわよね……」
ツィスカは眠りに完全につく間際、どこかにいるだろう女神に語りかけた。本当にどこにいるのだろう。まぁ、女神の使役獣である白ライオンのレディが様子見しているかもしれないから、彼女に託そう。レディは、女神が例えば居眠りなどで職務放棄したとしても(過去に何度かあったらしい)、主人を放置して職務に真面目に励む忠義者だから。
「賢者に伝えて……気にするなって。あー……、勇者と監視役にはありがとうっていい損ねたわぁ……」
色々未練あるわぁと呟き、ツィスカ・ヴィヴァーネ・エンヒェンは十一回目の眠りについた。
最後に好きだったわぁと思考を残して、完全にツィスカの意識は閉じた。
続きは明日12時です。




