剣士は悩み、迷走する2
ちまちま書いてたのがどうにか書けました、遅くなりました。
「なら、ちょうどいい相手に心当たりがあるのよね」
リーレイは微笑んだ。にんまりという語句がぴったりな微笑みだった。その微笑みを見て、ヴィヴァーネははやまったかと、とても嫌な予感がした。
―――楽しげに笑うリーレイに案内されたのは、応接室Eとプレートが掲げられた戸の前であった。
この中で待っててほしい、すぐに相手を連れてくるからと、ヴィヴァーネに背を向け、廊下の奥に消えた。
「…………」
置いてきぼりになったヴィヴァーネは、しばらく木製の戸とにらめっこをしていた。
「あー……、もう、ったく!」
段々と強まる嫌な予感に、ヴィヴァーネは珍しくイライラしていた。ここから逃げた方がいいと直感が訴えているのに、体が動かない。
(声は出る、目も動く! 顔も動く! 首から下が動かないわ、何でこんなときに動かなくなるのよ?!)
今現在、ヴィヴァーネの体は首から下が動かない。まるで石化したかのように動かない。体の自由が効かない。
限界が近付いているのだと、ヴィヴァーネは苛立つ思考で、体が動かない原因の答えを弾き出した。
日に何度か時折来る、体の硬直だ。それは近付く限界のせいだ。だいたい陽の沈み始めの時刻に何度も起きる。
けれども今は昼食前、太陽は空の一番高いところにある。月が出ていない時刻なのに、動かなくなる―――それは限界がかなり目の前にあることを示していた。
(くうっ……逃げたい逃げたい!)
本能が、逃げろ逃げろと喧しい。嫌な予感が強まる。けれども逃げることは叶わない。
「あら、どうしたのヴィヴァーネ」
リーレイが戻ってきた。しかしヴィヴァーネは気付かなかった。
気配を全く感じ取れなかった。ほぼ一般人に近いリーレイは、気配を立つなんて技はできない。そして勇者一行の中で前衛だったヴィヴァーネが、一般人のリーレイの気配を失念するなんて有り得ないのだ。
つまるところ、やはり限界が来ていたのだ。
「ちょっとね」
ヴィヴァーネは首を動かしてリーレイの方を見た。首から下が動かないので、動きがなんともぎこちないのは仕方がない。まるでカラクリ、もしくはパペットのような動きだった。
―――そしてヴィヴァーネは、リーレイとその斜め後ろに立つ人影に完全に固まった。声がでなかった。
「……ぅ、あ」
小柄な背丈、小麦色のふわふわの猫っ毛の肩までの短い髪、可愛らしい顔立ちに旅人装束の少年。髪に見え隠れする耳は、先端が少し尖りぎみで、肌は真っ白。そして、人並み外れた美形の顔。
見た目と受ける印象さえ違えど、よくよく見れば、少年はヴィヴァーネの知り合いでしかなく。
「……っ」
ヴィヴァーネは顔をひきつらせないようにするだけで精一杯だった。
今、一番会いたくない存在がそこにいた。
嫌なことは連続するらしく、ヴィヴァーネはこのタイミングで声がほぼ出なくなった。石化が、声帯の動きまで奪ったのだ。
結局、ヴィヴァーネの勘は当たった。見事に的中した。
ひとが感じる嫌な予感というものは、だいたいよく当たってしまう。それは昔から変わらないことだ。
けれどもヴィヴァーネにとって、今回ばかりは当たって欲しくはなかった。
「……どうしたんですかヴィヴァーネ。鳥のごとくかしましいアンタが黙るとは。有り得ません。とても有り得ません、実に有り得ません」
見た目は可愛らしい少年、見た目が違えどやはり賢者は賢者であった。口を開けば罵詈雑言とまではいかずとも、毒が染みた言葉がポンポンと出てくるではないか。
「………?」
賢者が、その整った眉の片方を跳ね上げた。眉間にシワがよるのも、美形なら一枚の絵になるのかとヴィヴァーネは現実逃避をした。
気付きかけている、絶対賢者は気付きかけている。今だって、何か考え込んでいるではないか。手を顎に当て、こちらをじっと見つめている。穴が開くぐらい、じっと見られている。
賢者はもちろん、リーレイも見ていた。小動物のように首を傾げ、心配そうに見ている。
(あぁ、見ないで見ないでぇええ!!)
ヴィヴァーネは顔から火が吹けそうな気分だった。今なら目からだって火が吹けそうだ。
とくに賢者がすごく見てくる。どれだけ見るんだというくらいだ。見飽きてくれ、とヴィヴァーネはうまく回らない頭で必死に願った。
ただでさえ、美形だというのに。しかも見られている自分の体と来たら、彼と同じ性別だ。ヴィヴァーネは泣きたくなった。この体を、異性にじっと見られたくはないのだ。
「……ヴィヴァーネ」
賢者の声は、すごく低く、地を這う極寒の地の冷気のように冷たかった。同時に、静かな怒気をはらんでいた。
「アンタのその体、私に診せなさい」
石化していたヴィヴァーネは、魂までピシッと固まってしまった。




