結婚相談所で出会って結婚した男女
俺の名は吹雪。歳は五十。結婚歴はない。モテてこなかったわけではないし、彼女がいなかったわけでもないのだが、遊び以上の気持ちを持ったことはない。結婚にも必要性を見いだせず、このまま一人で死んでいくつもりで考えていた。焦りもまったくなかったのだが、古希を過ぎた両親が「死ぬまでに孫を見せろ」と急に焦りだして、紹介された結婚相談所に半ば強引に生かされることになった。自慢ではないが俺は顔立ちは整っているほうだし、収入だって何の不安もない。両親はそんな俺の『スペック』とやらに期待しているらしいが、まったく面倒くさい話だ。何度か適当に見合いをして、両親に諦めてもらうしかない。
結婚相談所『花さかロマンス』。そこでの出会いに、俺は運命を感じた。いまの俺は、間違いなく恋に落ちている。
女の名は花という。歳は俺より十歳若い四十だ。体型も化粧の具合もちょうどよく、まさにドストライクな女だった。
俺はすぐに交際を申し込んだ。何度も何度も断られた。それでも諦めなかった。
それから十五年。定年退職を迎えた俺は、花束を手に、花吹雪の散る道を歩いて帰路に就く。
家では妻の花が、いつも以上に豪勢な料理を作って待っていてくれた。
「吹雪、定年お疲れ様」
「ありがとう花。今日も綺麗だよ」
俺は花に優しくキスをする。結婚して十五年たつが、気分はいつも恋人だ。
花の手料理を堪能し、お互い酒も入ったまま、ベッドの上で愛し合った。歳はとっても欲は正直なのだ。
「ねえ吹雪、私と初めて会った日のこと、覚えてる?」
俺の隣で横たわる花が、優しい顔で言う。
「もちろんだよ。忘れるわけない」
あのときは年甲斐もなく勢い任せなことをしたものだと、いまでも思う。
始まりは、結婚相談所『花さかロマンス』だった。
ドアを開けた瞬間、目の前で迎えてくれたカウンセラーのことを、俺は完全に好きになっていた。そのカウンセラーこそ、後に妻となる花だった。結局『花さかロマンス』には入会せず、当然見合いだって一度もしなかった。その頃には、俺はもう花のことしか見えていなかった。
あとから聞いた話だが、花も俺に一目ぼれだったらしく、本当はすぐにでも俺の気持ちに応えたくてしかたなかったのだそうだ。それをためらったのは、花が結婚していたからだ。ただ不妊が理由で旦那とはうまくいっていなかった。それでも仕事柄独身に戻ることに抵抗を抱いており、離婚に踏み切れずにいた。そんな中、俺のアプローチに根負けし、いままでの抵抗はなんだったのかとばかりにあっさり旦那と離婚し、俺と付き合うことになった。その後すぐ『花さかロマンス』を辞めた。
「咲くときも、散るときもいっしょ。花吹雪のように」
俺はプロポーズの言葉を、無意識に口走っていた。いまでも恥じらいなく言えるぐらいには夫婦の間に染み付いている。
「何それ、ってあのときは思ったなあ」
そう言いながら、邪気のない顔で微笑んでくれたときのことは、いまでも鮮明に思い出せる。
「でもね、いまならわかるよ。わたしたちはまだ満開なんだって」
「そうさ。ここからあと一周、俺は百三十まで生きて、花は百二十まで生きて、手を繋いで仲良くいっしょに死ぬんだよ」
「うん! 吹雪は六十五になっても、まだ元気だもんね!」
ちらっと花の視線が俺の下半身を向いていたのを、俺は見逃さなかった。それに元気なのは花も同じだ。五十五とは思えないぐらいの体力で俺を翻弄してくれる。だから俺も花も、いつまでも若くいられるのだ。
「子供、本当にいなくてよかった?」
俺の生殖能力が凄まじいことは確認済みだった。花のほうが体質的に子供ができにくく、前の旦那とうまくいかなかった原因もそれだった。俺の生殖能力に期待し何度も励んだが、結局、新たな命を授かることはできなかった。話し合った末、二人で生きていくことを決めた。
それでも、花はよほど申し訳なさを感じているのか、時々俺にいまのような形で訊いてくる。何度訊かれても、俺の答えは変わらない。
「何度も言わせるなよ。俺には花が一番だから」
俺は優しく花の髪を撫でた。
二人で生きていくと決めたその日、俺は両親に頭を下げた。期待に応えられなくて申し訳ない、それでも俺は花を愛しているからこれからも応援してほしい、と。
俺が実の両親に頭を下げたのはあのときが初めてだった。それまでの俺は自分のスペックに酔いしれており、両親にも生意気になっていたのだが、あの日プライドを捨てたことで、自分で言うのもなんだが角が取れたように思う。
俺の決意を聞いた両親の顔は実に朗らかで、口を揃えて『すごくいい旦那の顔をしている』と言っていた。ちなみに両親はいまも健在で、俺もよく花と一緒に顔を見せにいっている。
その後しばらく余韻に浸り、俺はある決意を口にする。
「花。俺は結婚相談所を開こうと思う」
定年後の道楽などではない。俺と花のような円満な夫婦を一組でも多く生み出したい、と心の底から思ってのことだ。
「え~? お見合いもしなかった人に経営できるの~?」
私も手伝ってあげるからいっしょにがんばろ、と顔に書いてある。伊達に十五年も夫婦をやっていないので、行間を読むなど造作もないことだ。
「できるさ。俺と花ならね」
たしかに俺は見合いをしなかった。それでも俺には十五年かけて培った恋愛術がある。それを教えて、恋を成就させてあげたい。ただし――、やってきた入会希望者がカウンセラーと恋に落ちた場合だけは例外とさせていただく。
「だけど花にはいまの仕事もあるから無理にとは言わないよ」
俺がわざとらしく言うと、花は元気よく俺の腕を掴んだ。
「だ~いじょ~ぶ。何年結婚相談所のカウンセラーやってたと思ってるの? 昔取った杵柄、吹雪にも教えてあげるよ」
ひとまず花はいまの仕事を優先しつつ俺の仕事をサポートし、二年後をめどに退職して結婚相談所専属になる、というプランをこの場で決めた。
「名前、何にする? 私いま、すっごくいい名前思いついたんだけど」
「俺もだよ。たぶん花と同じだ。せーので言うか」
「うん! せーの……!」
俺が考えた結婚相談所。名前はもちろん――。
『花吹雪――咲くときも、散るときもいっしょ』




