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1話 狂人くんはいじめられる

「はぁー? 世の中金に決まってるでしょ!」


「いえいえ、知性こそがもっとも重要なものです!」


「結局全部はパワーだよっ!」


 三人の少女は一つの席を囲うようにして、互いに鋭く睨み合う。それは張り合っているようで、それを止めるものも、それに乗っかるものもいない。


 美しい金髪にツインテール、日本で最もお金持ちな少女。

 色白の肌に白い髪、日本で最も頭の良い少女。

 焼けた肌に黒い髪、日本で最も運動神経の優れた少女。


「もうなんなの、全く。いいわ、今日も勝負で決めましょう」


 ここまで全てお決まりの流れ。まず最初に金持ちさんが、本読む天才さんに喧嘩をふっかける。なんだかんだで、そこに運動さんが加わるのだ。

  お金持ちの少女は隣に座って本を読んでいた、少年の方にちらっと視線を向ける。そして古びた筆箱を見て、何か思いついたように悪い顔をして言う。


「そうね、今日は他の人の意見も取り入れましょうか」


 その少年はいわゆる貧乏人だった。ぼろい筆箱に寝癖だらけの髪、日本で最も優秀な生徒たちが集まる、この学校ではあまりにも浮く存在だ。なぜ入学できたのかすらよく分かりはしない。

 それを見て少女はどこからも上から目線に、侮辱するように問いかける。

 

「そこの貧乏人!

 そんなボロくさい筆箱使って、やっぱりお金が1番欲しいわよね?」


「な、それはずるいよ!」

 

 少年は明らかに貧しく、少女はそれを見て、お金が欲しいと言うであろうと踏んだのだった。だが少年がそれに答えることなく、ただ無言で目で文字を追っていた。

 

「ちっ、無視するわけ。

 まずまずなんであんたなんかがこの学校にいるわけ?」


 少女は髪をいじりながら、気にしてないふりをするみたいに聞く。それでも少年は反応を見せない。周りの生徒も少女が不機嫌なのを見て、やばくね? なんて友達と言い合っている。

 

「ああームカつく、なんなのこいつ」


 少女は少年に近づいていき、腰を曲げその顔を覗き込んだ。すると少女は突然身を引き、気持ち悪がって少年から距離を置いた。

 そのまま死体でも見たかのように、後ずさって言った。

 

「げっ、なんて目してるの!? もしかして死んでるの?」


 目に光はなく、まるで文字のインクを構成する微粒子だけを見ているような目だった。少年は一切反応せず、ページを1枚めくった。その時、少女は我慢の限界に達したのか、歯ぎしりをして少年の本を奪った。


「無視してんじゃないわよ!」


 そのまま本をぐちゃぐちゃにし、窓の外に投げ捨てて、バカにするように笑った少女。すると少年はついに立ち上がったかと思うと、怒るどころか一瞬ニヤリと笑って、詰め寄るように少女の瞳の奥を覗いた。


「お前の親は莫大な資産を持っていながら、それを子供教育に回さなかったのか……」


 不思議な表情だった。笑っているにしては悲しそうで、怒っているにしては楽しそうだった。

 その言葉に、教室中が静まり返った。悪口を言われた少女でさえ、唖然とした。まさか自分にこんなことを言う人間が、存在するとは思っていなかったのだ。

  少年は破られた本の切り端を見ると、残念そうに微笑んで言った。


「僕はお前に同情するよ。その資産のほんの1部でもお前の教育に回したのならば、まともに育つことができただろうに……」


 それは皮肉ではなく、本気の同情であるように思えた。でも、だからこそ、少女もまるで状況を理解できなかった。今まで少女に対してそんな生意気を言った人間はいなかった。だから裏になにか意味があるのでは? 信じられない? ありえない。そんな感情が渦巻き、混乱に陥っていたのだ。

 少女は唖然とした様子で考え込むように頭に手を当てた。


「は? さっきからあんた……本気で、なに言って……」


「これは仕方ないことなんだ。無能のもと育つものもまた、無能なのだろうね」


 誰もがその言動に衝撃を受けた。

「日本のOSを作った男」それが少女の父だ。国家でさえ、その影を踏むことは許されない。そんな男をこうも軽々しくバカにしたのだ。

 その時、少女は魂が戻ったかのように怒り出した。


「ふざけんじゃないわよ! 

 お父様はね、すごい人なの、あんたなんか比べ物にならない位!!」


 少女は感極まった様子で少年の顔に向かった拳を振るった。が、それは運動さんに納められて、拳が届く事はなかった。少女にとって父とは生きる意味、それを侮辱されて我慢できないのは必然だった。

 

「ちょ、東雲ちゃん。暴力はダメだよ!」


 その後、先生が駆けつけ自体はなんとか治められた。

 ただそれは一時的なもので、この出来事をきっかけに、少年に対するひどいいじめが始まった。



*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*



 朝いつも通りチャイムギリギリに登校すると、下駄箱で生徒たちに絡まれた。初対面のはずなのに、みんなとても攻撃的な視線で、まるで犯罪者を見るかのようだった。まあいつも誰も僕のことなんて見てすらくれないし、いいことであるのは間違いないよねっ。


「どうかした?」


 するとその中心に立つ女がずいずいと僕に詰め寄ってきた。


「東雲さんに謝りなさいよ、このクズ!」


 その女はブチギレたような様子で、でも少し楽しげだ。なんか怒られているみたいだ。だがこの子から僕は本当の怒りを感じない。おそらくただ誰かを馬鹿にしたり、いじめたりしたいだけなんだろう。


「おい……まじであんまなめてんじゃねーぞ?」


 キョトンとしていると、後ろから来た巨体の男にいきなり髪の毛を捕まれた。なんていうか高校生にしてはデカいやつで、筋肉もあるし鍛えてるんだろう。その上ヤンキーとかイキリではなく、黒髪のガチモンヤクザタイプに見える。

 己、頭禿げたらどうしてくれるんじゃ。


「やめてくださいよ」


 僕はそう一言を添えて、男の腕をのけるように優しく掴んだ。原因は大体想像ついている。多分東雲のことだろう。東雲篠葉(しののめしのは)、なんか金持ちらしい。悪口言われたから、言い返したらなぜかブチギレられたのだ。

 しかも、なぜか僕が先生に怒られたし。ほんとにみんな幼稚だ。


「てかこんな堂々と暴力振るって大丈夫?」


 その時ちょうどいいタイミングで、通り掛かった先生の方に目をやる。

 言わんこっちゃない。こういうのはもっと陰湿にやんないと、意味がないのだ。結果、全部バレて僕は何もされず、賠償金と同情だけがもらえることになる。


「助けてください!」


「……」


 聞こえていたはずだ。なのに先生は一瞬固まって、振り返ることなくまっすぐ進んでいった。指先の震えが彼女の葛藤を表現していた。そして終了を示すようにチャイムが廊下に鳴り響く。


「あー、これ終わったわ」


 僕は苦笑いしてさりげなく静かに去ろうと試みたが失敗し、強烈なボディーブロウが腹に決まった。僕は思わず、その場で腹を抱えて倒れ込んだ。あ、終わった。


「おいさっきの威勢はどうした?」


 顔を見なくても分かるニヤけ面。馬鹿にするような、笑いを堪えるような、典型的ないじめっ子の喋り方だ。


「だっさー!」


 すると、弱った僕を見てか、ここぞとばかりに主犯格の女が出てきて、愉快そうに僕の頭を汚い上靴で踏みつけた。頭に強い重力がかかった感じ。結構不思議な感覚で、ただとてつもない不快感を感じる。


「ほら、ごめんなさいって言えよ」


 感じるのは恐怖でも悲しみでもなく、ただただの怒りだ。普通にうざいしこの女はぶん殴ってやりたい。僕は対抗するように女を睨みつけた。

 

「なによその目!」


 その時顔面に重い衝撃が走った。鼻辺りを足で蹴られたようだ。僕は顔を押さえるように拭いて、鼻血が出ていないかを確かめた。手には血がついていた。


「ちょ、誰か写真撮ってぇ」


 それを面白く思ってなのか、女はそのまま僕の髪を掴み、持ち上げると楽しそうにカメラを見てピースした。やば、流石にネットに載せられるのはまずい。


「ご、ごめんなーー」


「はい、聞こえなーい!」


 女は僕の前髪を掴んだ床に押し付けるようにして額を押した。そのまま仰向けになった僕の額に向かって勢いよく、踵を振り下ろした。脳みそが揺らいだ。思わぬ衝撃に声が漏れる。


「ぐっ……」


 いくら相手が女だとはいえ、踵で顔を蹴られれば骨くらい折れる。ふざけんなよこいつ。流石に痺れを切らした僕は、女を睨みつける。僕を囲むように人が集まっているが、女1人くらいなら殴れる。


「おい……」


 僕は鼻血を拭って立ち上がる。僕はゆっくり拳を固めて女に近づく……。

 ーーいや、待て。僕は怒ったりしない。取り乱したりもしない。常に落ち着いた強者なはずだ。やり返してはいけない。それは敗北と同じだから。


「まあ流石にもう懲りたっしょ。正義執行終了」


 女は満足そうに微笑むと、まるで一仕事終えたかのように伸びをした。正義? お前はただ人をいじめたかっただけだろ。いじめて良い理由ができたから、それをいいように。ふざけやがって。

 


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*



「お、お兄ちゃん大丈夫!?」


 リビングに入ると白シャツ姿で慌てて駆け寄ってきたのは、僕の1つ下の妹の(めい)。僕とは違って、陽キャでクラスの人気者だ。チャームポイントは頭に跳ねてる可愛い寝癖。

 

「ちょっと転んだ」


 それにしても思ったより甘い人たちだった。 ちょっと腹パンされたり、顔を殴られたり。普通こういうのは、刃物を出してきてもおかしくないと思う。まあ所詮はいいとこの高校生、親に素晴らしく教育されたのだろう。

 すると明は僕に近づいて上目遣いで僕を見つめた。だけどその目は悲しそうで、なにより目から溢れ出るほどの怒りを感じた。


「そんなの絶対嘘だよ。何があったのか話して」


 明はそのまま手を握って真剣に僕を見つめた。まあ見ての通り、かなりのブラコンだ。この年頃の妹なら、お兄ちゃん気持ち悪い! 近寄らないで! とか言ってくるのが普通だが、明は真逆で一緒に寝ようとか、大好きとか言ってくる。

 僕たちもいろいろあったから、何かがバグってこうなったのだろう。


「あー、わかった。話すよ。昨日の昼休みなんだけどーー」


 そこから特に包み隠す理由もないので、全てを正直に話した。


「ーー何してんのお兄ちゃん!?」


 明の一言目の感想はそれだった。僕は明のその反応に少し安心して、息をついた。


「そんなにおかしいことしたかな? ただちょっと喧嘩しただけなのに……」


「純粋か! 相手を選びなよ、相手を!」


 明はあわわ〜と頭を抱えて足踏みしていた。ほんと人間関係ってめんどくさいよね。人間はすぐに察してもらおうとする。言葉は言葉としての効力を果たさず、そのまま受け取れば空気が読めないと卑下されるのだ。


「ただでさえ、あんな学校に入って大変なのにぃ〜!」


 明はむむっと頬を膨らませると、怒ったように僕を見た。だけどそんな所作も全て可愛くて、全く怖くはない。


「ごめんって。明に迷惑はかけないよ、多分」


 僕はとーっても誠意を込めて謝まった。明は今受験生だから、さすがに迷惑はかけていられない。だが、明は首を左右に振った。


「勘違いしないで、お兄ちゃんは何も悪くないだから。ちなみになんだけど、お兄ちゃんを殴った人たちの名前全部言える?」


 瞳には僕以外を映さない。そんな目だ。これだ。僕が明に心を開いている理由はこの狂気。明のこの狂気がとっても好き。


「大丈夫、多分1週間ぐらいあれば何とかできると思うから。それまでは見逃して」


 僕は適当に会話を終わらせて、とりあえず明に心配されないよう、行動することにした。まあ今の僕なんかじゃ、全て上手くいったりはしないのだろう。

 僕もまたあの狂気を、あの強さを取り戻したい。

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