あの日の約束
ない頭を振り絞って、テーマにそって書いてみました。
ジャンルとしてはホラーにしましたが、怖いシーンはほぼありません。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
あたりは、わずかに色づき始めた木々が並んでいた。
まだ日は高いが、周囲に人の姿は見えなかった。
俺は、子供の頃の記憶をたどって、リュックを背負い、里山に分け入っていた。
最近は、手入れをする人もおらず、荒れていると聞いていたが、本当にあちこちに見通しのきかない藪が広がり、過去の記憶と合わない景色になってしまっている。
体力自慢の大学生とはいえ、こうも歩きづらくなっていると、なかなか進むことが出来ない。
子供の頃、俺はこの山の中で神隠しってやつに遭った……らしい。
俺自身には、自覚ないんだが。
だって、その時に俺は、今でも忘れられない出来事に出会ったんだから。
小学校低学年の頃、俺はいじめられっ子だった。
仲間外れにされては、いつも教室の隅で小さくなっているような子供だった。
そしてあれは、俺が三年生の夏休みの出来事だった。
母の実家の山里にやってきたのは、夏休みに入って間もなくの頃だった。
『お盆のころになったら、迎えに来るから』と言い残して母が帰った後、俺は叔父の家でいとこたちと共に過ごしていた。
俺が、いじめられっ子であることに気付いていた母が、多少でも気持ちが切り替わるのではないか、と考えてくれたものだった。
そしてそれは、確かに俺の気持ちにわずかばかりだが明るさをもたらしてくれた。
そんな時、いとこたちとともに、朝から裏手の里山に虫取りに行った。
そのころから、すでに人の手があまり入らなくなっていて、大人が付き添っていかないと、子供だけでは山には入れなくなっていた。
朝食を食べた後、自分と同い年と一つ下のいとこの男の子二人と、その日会社が休みだった年嵩のはとこに俺の四人で、山に入っていった。
俺以外の三人は、山のことを結構知っていたが、俺はほとんど知らなった。
山には、虫がたくさんいた。黒い羽根に青い筋がキラキラしたきれいな蝶々や、緑色に光るちょっと小さいけどきれいな甲虫と呼ばれる虫。
他にも、名前も知らないいろいろな虫たち。
普段街中に暮らしていた俺は、物珍しくて夢中で追いかけまわしていた。
はとこのお兄さんの『あまり離れるんじゃないぞ!』という声も、思えば耳に入ってなかった。
気が付くと、目の前に小さな赤い鳥居があった。
大人では、頭をぶつけそうになるほど小さなその鳥居は、半ば草に埋もれて、それでも一所懸命に立っているように見えた。
何となく引き寄せられるように、腰まである草をかき分けながら進むと、やがてその奥に何かが見えてきた。
人の背丈ほどの高さの、小さな社。人が入った気配がなく、それでいてまだちゃんと建っている。
ほんとは、それ自体おかしいと思わなければいけないはずだったんだが、当時の俺はそんなことは全然思わなかった。
だって、俺の目の前で社の両開きの戸が開いて、中から背格好が俺と同じくらいの着物を着た男の子が姿を現したんだから。
そっちに気を取られて、それ以外のことは、頭からすっ飛んでしまった。
その子は、白い狐の面をかぶっていて、素顔はわからなかった。
ただ、来ていた着物はきれいな白いもので、紫色の袴をはき、着物にも袴にも金色の丸くて複雑な模様がついていた。
そしてその子は、俺の前に立つと、どこかエコーがかかったような不思議な声で、話しかけてきた。
『お前はどこから来たのだ? 知らぬ顔だな』
子供のはずなのに、まるで大人のような話し方。声は子供なのに、そう感じない雰囲気があった。
『答えられぬのか? 口がきけぬわけでもあるまいに』
目の前の狐面が、首をかしげる。
何か答えなくちゃ、と思った俺は、慌てて口を開いた。
「お、俺、アツシ。町から来たんだ」
びっくりしていたせいか、頭が回らず“町”だと言ったんだが、相手はそこまで気にしていない感じだった。
『そうか、町か。ならば、顔を知らぬのも不思議ではないな。わしはタカマロという』
タカマロと名乗った子は、さらにこう言った。
『わしは、しばらく人の子など見ておらなんだ。ひととき、付き合うてはくれぬか?』
タカマロが、俺のほうに向かって手を伸ばしてくる。
俺は、何となく怖いような感じがしていたが、それでもタカマロが自分に何か悪いことをするとは感じなかったので、伸ばしたその手を握った。
その途端、一瞬辺りが真っ白になった。
アッと思った食後、光は収まり、俺は辺りを見回し、首をかしげた。
特に、変わったようには見えなかったからだ。
ただ、すぐ後ろにあったはずの鳥居がなんだかちょっと遠くに見え、その割に大きく感じたぐらいだ。
それから俺とタカマロは、追いかけっこやかくれんぼをして遊んだ。
二人だけだったはずなのに、なぜか楽しくて、二人で大笑いしながら遊んだ。
そして、おなかがすいたと言ったら、タカマロは少しの間どこかへ行き、戻ってきたときには大きな木の葉っぱに黄色っぽい餅のようなものが乗っているのを持ってきた。
それを手渡されて、葉っぱから剥がしながら食べてみると、ほんのり甘くて、ちょっと香ばしくて、おいしかった。
タカマロがいくつも持ってきていたので、何個か食べた。
俺が食べ終わったところで、タカマロも食べた。
狐面を少しずらし、お面の隙間に餅を差し入れるようにして。
「これ、おいしいね」
『そうか、うまいか。よかったな』
タカマロはうれしそうに笑うと、言った。
『本当は、もっとお前と一緒にいたいのだがな、そろそろお前は人里に帰るべきだ』
「え、まだ明るいよ。まだ帰る時間じゃないよ」
『そういうわけにもいかんのだ。わしが怒られるでの』
タカマロは、なんだか寂しそうにそう言うと、また俺の手を握った。
『わしは、お前と友達になりたかったのかもしれんの……』
「え、なりたかったんじゃないよ。なってるよ、友達に」
俺がそう言ったら、タカマロは俺の手をさらにぎゅっと握った。
『ありがとうな、アツシ。もし、覚えていてくれたなら、また会いに来てくれるか?』
「もちろんだよ! 絶対にまた会いに来るから。そうしたら、また遊ぼうよ!」
タカマロはうなずくと、不意に辺りがまた白い光に包まれた。
そして、その光が消えた時、そこにはもう誰もいなくて、ただ草ぼうぼうの社と鳥居があるだけだった。
その後、何とか見たことのある場所まで戻ってきたところで、何人もの大人が、俺の名前を呼びながらあちこち探しまわっていることに気が付いた。
俺が、声の聞こえたほうに進んでいくと、お巡りさんだと思う制服姿の大人と出くわし、名前を名乗るとすぐさま抱きかかえられて運ばれた。
山を下りると、そこには思った以上に大勢の人が集まっていた。
その中には、お盆のころになったら迎えに、と言っていた母がいて、俺を見るなり泣きながら俺に抱きつき、『無事でよかった……』と抱きしめられた。
そこに救急車が呼ばれ、俺はそのまま病院へと連れていかれた。
それから話を聞いて、俺は三日間行方不明だったと知った。
自分では、そんなつもりは全然なかった。
だって、一度も暗くなんかなってなかったから。だから、その日の夕方までに帰ってきたと思ってたんだ。
その後、夏休みが終わる前に、父の仕事の関係で、離れたところに引っ越すことになり、そのまま俺は転校した。
転校してからは、不思議といじめられることもなく、毎日普通に学校に行けた。
ただ、それから俺は、いわゆる“霊感”ってやつに目覚めたらしいい。今まで全く見たことなんかなかったのに、なんだか変なものを見るようになってしまった。特に、暗くなるとなんだか結構見えた。
絶対人が立てるはずがない場所に立っている、向こうが何となく透けて見える人とか。
一見サムライのコスプレしているようで、顔がひとつ目だったりする奴が数人連れ立って歩いていたりとか。
でも一瞬ぎょっとはするものの、ただそこにいたり、そのまま歩き去って行ったりとかするだけで、それ以上怖い目には遭わなかった。
一度なんかは、気持ち悪い雰囲気の女の人が近づいてこようとして、向こうがぎょっとしたように進むのをやめ、そのまま姿を消したこともあった。
はじめはわからなかったけど、成長していろいろなことが理解出来るようになってくると、次第にわかるようになっていった。
タカマロは、神様だったんだ。そして、あの時食べたのは、神様の食べ物だったんだって。
だから、“霊感”が身に付いたし、幽霊や妖怪も近寄ってこなかったんだ。
きっと、タカマロが護ってくれてたんだ。
山から帰った後、俺の学校生活がまるっきり変わったのも、もしかしたら……
俺は思った。もう一度、タカマロに会いたいって。
会って、話がしたいって。
だって、約束したじゃないか。『また会いに来る』って。友達だからって。
でも、距離が離れたせいで、なかなかあの山に行く機会がなかった。
それでも、大学生になって、少し時間に余裕が出来るようになってから、夏休みにバイトして金をため、タカマロに出会ったあの山へとやってきた。
そして、必死にかつてたどったはずの道を探し、薮をかき分けながら進んでいた。
「タカマロ! 会いに来たぞ!! どこにいるんだ! 教えてくれ!!」
俺は、あたりに向かって叫んだ。なんとか、あの鳥居を見つけ出したい。あの社にたどり着きたい。
まだまだ明るいのだが、すでに昼は過ぎ、自分の昼食として持ってきたおにぎりは食べてしまった。
それでも、薮に阻まれて見通しが効かないせいで、何も見つからない。
だんだん焦りが出てきた、その時だった。
突然、目の前の藪が風もないのに左右に分かれた。
そしてそのはるか先に、何か赤いものが見えた。
鳥居だ!
あとは、夢中だった。
何度か草の根に躓きそうになりながら、出来る限りの速さで進んだ。
赤い鳥居が、次第に大きくなる。
でも、近づくにつれて、かつてのそれとは違っていることにも気が付いた。
あの時は、結構ちゃんと建っていたはずの鳥居。
けど、今近づきつつある鳥居は、明らかに少し傾いて、なんだか倒れそうに見えた。
少し身をかがめるようにして、鳥居をくぐる。
その奥に見える、草に埋もれた社も、今にも屋根が崩れ落ちそうだった。
きっと、誰にも顧みられることなく、朽ちていってたんだろうな、って、何となくわかった。
タカマロ、寂しかっただろう。
「タカマロ! アツシだ! 約束通り、会いに来たぞ!! 姿を見せてくれ!」
社に向かって叫んだ俺の目の前で、社の戸がきしむように開いた。
そして、すっかり存在感の薄くなったタカマロが、姿を現した。なんだか、向こう側が透けて見えるようだ。
かぶっている狐面も、薄汚れているように見えた。
『……アツシ、来てくれたのか……』
タカマロの声は、どこか弱々しかった。
「遅くなったな。ごめん。遠くに引っ越してしまって、なかなか来られなかったんだ」
『それでもアツシは、ここに来てくれた。忘れないで、会いに来てくれた。それだけで、わしはうれしい……』
優しい声でそう言うタカマロに、俺は胸がいっぱいになった。それでも、言うべきことは、言わなければ。
「タカマロ、あの時俺を帰してくれて、ありがとう。護ってくれてありがとう。タカマロに護られてるんだって気が付いたのは、ちょっと前だったんだけど、今までここに来られなかったんだ。ほんとにごめん。そしてもう一回言うよ。ありがとう」
俺が、心からそう言うと、タカマロの体がわずかに光を帯びた。
『お前が思いを寄せてくれたおかげで、わしは少しだけ力が戻った。だがな、この場所は、もう忘れられておるのだ。もうすぐ、わしは力を失うであろう。だが、お前を護ることが出来て、わしは満足だ。本当は、特定の誰かをひいきしてはならぬのだが、もうすぐ力を失うのだ。もう、かまわぬと思うてな……』
「そんなこと言わないで! ほら、あの時のお礼に、これ持ってきたんだ」
寂しげに笑うタカマロに、俺はリュックをおろし、中から新聞紙で包んだものを取り出した。
それは、俺自身が心を込めて作ったおにぎり。
包みを解いて、ラップに来るんだそれを取り出すと、ラップを剥いてタカマロに差し出した。
白いご飯に梅干を入れて、ノリを巻いたおにぎり。具が梅干しなのは、一応食中毒対策。自分で食べた分も、梅にぎりだったし。
「これ食べて、力をつけてくれよ。あの時の“餅”のお礼だ」
俺の差し出したおにぎりを受け取ると、タカマロは少しの間肩を震わせていたが、やがてぽつりと言った。
『……ありがとう……』
タカマロは、お面を少しずらし、おにぎりを食べた。大事そうに、一口一口噛みしめるように、食べていた。
『……こんなに心のこもった供物、食したことなどないぞ……』
本当にゆっくり、おいしそうにおにぎりを食べ、すべて食べ終わったところで、タカマロは俺のほうを向いた。
そして、ゆっくりと狐の面を取る。その下から現れたのは、まるで老人のようなしわだらけの顔だった。髪の黒さと全然合わない。
驚いて言葉もない俺に、タカマロは言った。
『力を失ったモノの末路よ。これから、身体も衰えていくはず。わしにはもう、“神”としての力など、ろくに残ってはおらぬでの……』
それでも、タカマロは俺を護ってくれたんだろ? 力を振り絞って、護ってくれたんだろ?
「タカマロ、どんな姿だろうと、俺にとっては大事な神様で、大切な友達だ。そうだろ?」
俺の言葉に、タカマロが目を丸くする。
『……本当にそう思ってくれるのか?』
「もちろんだ! 何なら、山を下りて、俺のうちへ来るか? “神”としての力がほとんど残ってないなら、ここを離れたってかまわないだろう?」
思わずそう言った俺に、タカマロは顔をクシャリと歪ませた。
『……わしはもう、土地神としての力を失っておる。この地を護る力も、無きに等しい。そんなモノを本当に迎えてくれるのか?』
「ああ。それで、タカマロが安らかに暮らせるなら、俺は一生懸命タカマロに向かってお祈りするから」
タカマロは、無言でうなずいた。
聞けば、タカマロが土地神として護っていたこの土地は、タカマロの上役のようなもっと力の強い神様が、代わりに護りに入ると決まっているという。
ただ、その神様はタカマロほど人間に関心がないので、人里の様子は今までと変わらないだろう、とも。
なら、特に問題はないな。
『アツシ、悪いの……』
そう言うと、社を指さして、タカマロの姿は急に見えなくなった。
改めて社に近づくと、今までよく見えなかった社の中が見えた。
開いたままの扉の中には、木製の質素な台座に乗せられた、長さ十五センチくらいの楕円形の自然石があった。
これがきっと、いわゆる“ご神体”ってやつで、タカマロはこの石に宿ってるに違いなかった。
俺はリュックの中から、まだ使っていなかった真新しいタオルにその石を包み、そっとリュックに入れた。
そして、俺は足早にその場を後にした。
“本人”の了解は得ているとはいえ、はた目から見ればご神体泥棒にしか見えないからだ。
急いで山を下り、平地に出た途端、あたりがまるでライトのスイッチを切ったかのように急に真っ暗になった。
慌ててリュックから、万一に備えて持ってきたLEDのハンディライトを出して、明かりをつける。
そして、スマホで時間を確認して驚いた。
午後八時を回っていた。
社にたどり着いたのは、間違いなく午後二時前だった。
タカマロとやり取りし、山を下りてくるのにかかった時間だって、二時間とはかかっていない。
なのにこの時刻は……
その時俺は、以前タカマロに出会ったとき、何時間も遊んでいて、戻ったら三日間行方不明だった理由が、はっきりわかった。
タカマロに会っていると、山のふもとの時間とずれるんだ。
あの辺りは、時間がゆっくり進んでいるんだ。
だから、こういうことになったんだ。
でも、今はそういうことをゆっくり考えている暇はなかった。
もうすぐ、今日のバスが終わる。今日中に帰れなくなる。
俺は急いで、バス停へ向かって走り出していた……
* * * * *
いつものように、朝が来た。
窓のカーテンを開け、朝の光が部屋の中に入ってくる。
部屋が明るくなると、部屋にしつらえられた神棚にも、神々しさが増してくる。
いわゆるモダン神棚というやつで、一般的な神棚ほど細かい造りじゃないけど、白木のシンプルな造りが部屋になじむ。
その神棚に、手作りの台座と共に自然石が置かれている。
それは、タカマロが宿る“ご神体”の自然石。
「おはよう、タカマロ」
いつものように神棚に向かってお祈りし、呼びかける。
すると、何となくタカマロの笑顔が浮かんでくる。
タカマロは、間違いなくここにいる。
それが、とてもうれしい。
ずっと、一緒だからな……




