第三章 メモリージャーの秘密
時久がボランティアとして「ひまわりホーム」に通い始めてから一ヶ月が過ぎた。季節は夏へと向かう鮮やかな緑が目に眩しい頃。彼の存在はもはや院内学級の日常にごく自然な形で溶け込んでいた。子供たちは大きなカメラを抱えたこの口数の少ない青年を「トキさん」と呼び、すっかり慕っていた。
時久の撮る写真は不思議な力を持っていた。彼は決して「笑って」とは言わない。ただ静かに子供たちの輪の中に佇み、彼らが病気のことなど忘れて無心に遊ぶ、その一瞬をまるで息をするように切り取っていく。
これは「キャンディッドフォト」と呼ばれる撮影技法だ。被写体に意識させることなく、自然な表情や仕草を撮影する手法で、報道写真やドキュメンタリー撮影でよく用いられる。時久はこの技術を独学で身につけ、さらに自分なりに昇華させていた。彼の写真には計算された美しさはないが、代わりに被写体の魂が宿っていた。
その写真はどれも、命の儚さとそれゆえの輝きを雄弁に物語っていた。薄い黄疸で肌が黄色くなった子供の屈託のない笑顔。点滴スタンドを支えにしながら必死に立とうとする少年の瞳の奥の強い光。化学療法で髪を失った少女が、お気に入りの帽子を被って見せる誇らしげな表情。
「皆藤さんの写真を見ていると、この子たちがただの『可哀想な子供』じゃないって改めて気づかされるわ」
ある日の午後、看護師長の翔子が時久がプリントアウトしてきた写真を見ながらしみじみと呟いた。
「この子たちはちゃんと今を全力で生きている。その当たり前の事実を、私たちは時々忘れてしまいそうになるのよね」
「……僕も同じです」
時久は窓の外で他の子供たちと穏やかに談笑する沙月の姿に目を細めた。
「僕もファインダー越しに、この子たちの本当の強さを教えられているような気がします」
時久が特に力を入れていたのが、翔子から聞いた「メモリージャー」のための撮影だった。このプロジェクトは海の発案で始まったものだが、今では院内学級全体の取り組みとなっていた。
メモリージャーの歴史は意外と新しい。1990年代にアメリカの心理療法士によって開発された技法で、当初は認知症患者のためのツールだった。患者が大切な記憶を物理的な形で保存することで、記憶の混乱による不安を軽減する効果があることが分かり、その後ホスピスケアやグリーフケア(悲嘆ケア)にも応用されるようになった。日本では2000年代後半から導入が始まったが、まだ一般的とは言えない状況だ。
時久はそのかけがえのない「思い出」の瞬間を写真という永遠の形で記録し続けた。友達とボードゲームで大笑いした日。看護師さんにこっそりお菓子をもらった日。そして沙月先生に大好きな絵本を読んでもらった日。そのささやかで、しかし尊い日常のすべてを彼は写真に収めていった。
海もまた自分だけの特別なメモリージャーを大切に作っていた。彼女の瓶の中には時久が撮ってくれたたくさんの写真が小さく折り畳まれて詰め込まれている。
「トキさん、見て。こんなにいっぱいになったよ」
海が嬉しそうにその瓶を時久に見せた。色とりどりの紙片の中に時久の写真が宝石のようにきらきらと輝いている。
「すごいな。海は毎日たくさんの素敵な思い出を作っているんだな」
「うん。トキさんが来てくれるようになってから、もっともっと増えたんだよ」
そのあまりにも無垢な言葉に時久の胸は甘く、そして切なく締め付けられた。自分はこの子の本当の父親であることを隠している。この温かい関係はすべて嘘の上に成り立っているのだ。その事実が時々重い罪悪感となって彼の心を苛んだ。
医学的に見れば海の病状は日に日に悪化していた。白血球数の低下、頻繁な発熱、そして食欲不振。SCIDという病気は進行性であり、最終的には感染症によって命を落とすことがほとんどだ。現在の医学では根治は困難で、対症療法によって少しでも長く、そして快適に過ごすことを目標とするしかない。主治医も看護師たちも、海に残された時間がそう長くないことを理解していた。
その日の夕方、時久は院内学級の片付けを手伝っていた。子供たちが帰った後のがらんとした教室はどこか寂しげだった。沙月が子供たちの書きかけの画用紙や工作を一つひとつ丁寧に整理している。その母親としての優しい横顔を時久は思わずカメラに収めたい衝動に駆られた。しかし彼はぐっとその衝動をこらえた。
「長谷川先生」
「はい?」
「……いえ、沙月さん」
時久が初めて彼女を名前で呼んだ。沙月は驚いて顔を上げた。その頬がほんのりと赤く染まっている。
「……僕でよければ何か手伝いますよ。あなたは教師であり母親であり、そして一人の女性でもある。一人で何もかも背負い込む必要はないんです」
そのあまりにも不器用で、しかし心からの優しい言葉に、沙月の心の奥にあった固く張り詰めていた糸がぷつりと切れたような気がした。
「……ありがとうございます」
彼女の大きな瞳からぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。それは悲しみの涙では決してない。長い間誰にも見せることができなかった孤独と不安がようやく溶け出した温かい涙だった。
時久は何も言わずにただそっと彼女の隣に立ち、窓の外を一緒に眺めた。夕暮れの美しい空が二人を、そしてこの静かな教室を優しく包み込んでいた。
その夜、時久は親友の墓前にいた。亡き親友は風景カメラマンとしての時久の唯一の理解者でありライバルでもあった。
「……なあ、健太。俺、どうしたらいいんだろうな」
時久は親友の冷たい墓石にそう語りかけた。
「お前があれほどまでに欲しがっていた『家族』っていうものが今、俺の目の前にあるんだ。でもそれは俺が嘘で作り上げた偽物の家族なんだよ」
時久は健太が生前最後に撮った一枚の写真を取り出した。それは健太と彼の最愛の妻と生まれたばかりの赤ん坊が幸せそうに笑っているありふれた家族写真だった。この写真を撮ったわずか数ヶ月後に健太は突然の事故でこの世を去ったのだ。
健太の死は交通事故だった。雨の夜、撮影現場からの帰り道で対向車と衝突した。相手の運転手は居眠り運転をしていた。健太は即死だったが、せめてもの救いは苦しまなかったことだ。彼が最後に見たものは、きっと家族の笑顔だったに違いない。
「お前はこのカメラで俺に何を撮ってほしかったんだろうな……」
時久の心は激しく揺れていた。このまま嘘をつき続けるのか。それともすべてを打ち明けるべきなのか。しかし真実を告げた時、あのささやかで、しかしかけがえのない温かい関係が音を立てて崩れ去ってしまうことを彼は何よりも恐れていた。
一方、沙月もまたその夜眠れずに海の小さな寝顔を見つめていた。時久のあの不器用な優しさが彼女の固く閉ざしていた心を確実に溶かし始めていた。
このまま時久とのこの曖昧な関係を続けていて本当にいいのだろうか。海のため、と自分に言い訳をしながら、本当は自分自身が彼に惹かれ、この偽りの家族ごっこに溺れてしまっているだけではないのだろうか。
海の小さなメモリージャーの瓶が月明かりを浴びてきらりと光った。その中にはたくさんの嘘の思い出と、そしてほんの少しの本物の愛情がぎっしりと詰め込まれていた。
そのあまりにもいびつで、しかし愛おしい光景に沙月はただ静かに涙を流すことしかできなかった。




