死に戻り令嬢とデウス・エクス・マキナ
アリア、それが私の名前。
それ以外を、思い出すことが難しくなってしまった。
おぼろげに覚えているのは。この世界が乙女ゲームの世界という事、私がヒロイン・ルミエールの姉という事。それ以外の事は、もう遠い昔のことのようになってしまった。
最初の春は覚えている。15歳の頃だった。
冬に母が亡くなり、年が明けて私の誕生日が来て、それと同時に義母と義妹の彼女がやってきた。
父は母に隠れてずっと義母と義妹と家族を演じていたらしい。
母が亡くなるともう障害はないと言わんばかりに彼女たちを連れて来た父は、今まで見たことのない笑顔を浮かべていた。
そこで思い出した。そういえばこれ、乙女ゲームの最初のスチルだったなと。
私と数か月しか誕生日の違わない義妹は、同じ学年として学園に入学することになった。
そこで起きたのは、恐ろしいほどのいじめの数々だった。
『この冷血女!!』
『ルミエール様に謝りなさい!!』
入学初日から、私に向かって投げかけられる罵詈雑言。
近くにいた令嬢からは張り手を貰い、男子生徒からは殴られた。
意味が分からず唖然としていると、彼女を中心に人の輪が出来ていた。そこには、攻略対象者たちに寄り添われ不気味なほどに唇を吊り上げた義妹が立っていた。
先生も静止することはなく、むしろいい気味だと言わんばかりに放置された。
食堂では腐ったものを食べさせられ、テストでは白紙の用紙を渡される。
私はいつも学年最下位だった。そのせいで先生から懲罰室に入れられて鞭を入れられる毎日だった。
そしてその一年がたったころ、学年最終のパーティーで、私は死刑を命じられた。
『お前のような悪女をこの国に活かしておく必要はない』
ルミエールに寄り添った王子によって、私は翌日斬首刑を賜った。
そして、気が付けばまた入学の日に時が戻った。そして、またいじめにあい。気が付けば学年の最終パーティーで、私は死刑を命じられた。
ルミエールに寄り添った騎士団長の息子によって、私は翌日串刺し刑を賜った。
そして、気が付けばまた入学の日に時が戻り、虐められ、パーティーの翌日に処刑される。
気が狂いそうになる中、なぜか死ぬことすら許されずに同じ日々を繰り返す。
何度処刑されたのか、10を数えたところで目が覚めれば今度は入学する一年前だった。
そこで、母が亡くなったと慌ただしく侍女が入ってきた。
母の死が一年早くなった、そして年が明けて私が14歳の誕生日が来て、義母と義妹がやってきた。
すると今度は使用人から虐められるようになった。
食事に虫が入ったものを無理やり食べさせられる、ドレスは一枚たりとも無事な物はなかった。
体に熱したフライパンを押し付けられ、指の爪は何度も剥がされた。
母から受け継いだものは全て義妹が持って行って壊された。
そして、一年経って学園に入学して、虐められて、処刑される。
目が覚めれば今度は2年前に戻っていた。冬には母が死に、年が明けて13歳になって、義母と義妹がやってきた。もう何も感じることが出来なくなっていった、ただ機械的に生きて、虐められ、処刑される。
そうして段々と時が戻っていき、ついに私が生まれた直後に母が亡くなった。
『ごめんな』
父はそういうと、乳母にお金を握らせて。赤子の私を追い出した。
「おはようございます」
「おはようアリアちゃん。今日もよろしくね」
「はい」
私を抱えた乳母は城下町の孤児院に身を寄せた。孤児院にはたくさんの仲間がいた。
彼らはみなとても優しく、孤児院の代表者であるシスターもとても優しい人だった。
乳母は孤児院で料理を作る仕事をしている、美味しい料理が評判を呼び、今では手が空けば近くの食堂を手伝っていた。
私も12歳の頃から食堂の隣にある商会で手伝いをするようになっていた。気が付けばもう15歳だ。
商会の店主である老夫婦も明るく朗らかな人たちで、私は一生懸命働いて役に立ちたいと思っていた。
不思議だ、あんなにもひどい目にあわされてきたのに心は、感情はまだ死んではいなかった。
「そういや、もうすぐ春告祭りだ。準備しないとなぁ」
「そうだねぇ。アリアちゃんもいるから、今年は気合入れないとね」
春告祭はこの国と周辺国の間で行われる、冬が終わり春が来たことを喜ぶ祭りだ。丁度学園の入学式と被る日程だったのを思い出す。
この国の国教となっている連理教は、春と夏を司る女神と秋と冬を司る男神が信仰されている。
春告祭りは、その男神と女神の逢瀬にちなんで男性が女性に贈り物をする日でもある。
そのため贈り物となる雑貨を数多く取り揃える必要があった。
「頑張ります。……そうだ、外のお掃除してきますね」
「ああ。頼む」
箒をもって外に出ると、誰かにぶつかってしまった。
「すまん、大丈夫か?」
ぶつかった相手はよろけた雰囲気もなく、逆に姿勢を崩した私に手を伸ばして体をつかんだ。
背の高い男の人だった。濃紺の仕立てのよさそうな服を着ている。短く黒い髪に髭が生えていて目つきが鋭いせいか、妙な威圧感があった。私は少しだけ怖いと思ってしまった。その表情が出ていたのか、男はすまなそうに眼を伏せてゆるりと笑った。
たったそれだけなのに男の瞳に柔らかい何かを見つけ、私は体のこわばりが消えていくような気がした。
「いえ、ありがとうございます」
「お前はこの商会の者か?」
「は。はい」
「そうか。……すまないが入ってもいいか?」
「はい」
男の人を伴って店に入るとお二人が立ち上がって柔らかい笑みを浮かべていた。
「いらっしゃいませ」
「大公国の者だ。今日は商品を持ってきたのだが」
大公国とは王国の隣に位置する国だ。現大公爵は現王と母を同じくする弟だったはず。
私は遠い昔、母がまだ生きていたころに一度だけ大公国を訪れたことがあった、気がする。
その後、何かあったような気がするが。もう思い出せない、どうせたいしたことはないのだろう。
「かしこまりました。アリア、悪いが商品を運ぶのを手伝ってくれないか?」
「はい」
男の人が持ってきた商品はどれも素晴らしいものだった。老夫婦は早速明日から並べるという。
金を受け取った彼が私の方を向いた。そしてすまないが……と口を開いた。
「俺はこの国は初めてでな。宿まで道案内をしてくれないか」
「私がですか?」
「ああ。頼む」
折角の客人だ、粗相をしてはならない。私はかしこまりましたと一礼した。
彼の隣を歩きながら、彼からの質問を受ける。この国の事、祭りの事。
商人という割には、やはり騎士のような隙のない人、私はどうしてか目が離せなかった。
そしていつしか会話の内容はなぜか私の事になっていた、好きな物、最近読んだ本。美味しいと思った物。
最期の質問に答えたとき、私たちは宿屋に到着していた。私は彼の方に向き直る。
「あの……」
「ん?ああ。そういえば名乗っていなかったな。俺はルドルフ」
「ルドルフ様、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間だった。ありがとう」
ルドルフ様はそういうと宿屋の中に入っていった。私はそれを彼の背中が見えなくなるまで見送った。
帰り道、私は明日の予定の事を考えないと行けなかったのに。思い出すのは彼の事ばかりだ。
「(どこかで……お会いしたような)」
そんなはずはない。彼とは初対面だ。そう言い聞かせながら孤児院に戻ると皆が出迎えてくれた。
「お姉ちゃん!おかえりなさい」
「おかえりー!」
「ただいま」
皆と一緒に食事をとり、交代で湯を入れた幅広の木桶で髪や肌をぬぐって寝台にもぐりこんだ。
明日からお祭りの準備で忙しくなる、商会だけじゃなくて近所のお店も一丸となるから、そのお手伝いもしたい。そう思いながら、私は目をつむって休むことにした。
翌朝、いつものように起きて身支度をしながら食堂へと降りた。
皆揃って食事をとり、商会へと歩いていく。まだ朝も早いためか、人通りもまばらだった。
店にたどり着いてまた外を掃除しようと箒を持って玄関を開けると、そこには数人の男女が歩いていた。制服を着ている、学園の人達だろうか。こんな朝早くに珍しいと思いながら箒を手に取る。
すれ違う瞬間。きゃ、と女生徒の悲鳴が聞こえた。
「ルミエールどうした?」
「あの、髪飾りを……その人に盗まれたみたいで……」
私は固まった。そこにいたのはルミエールと攻略者たちだった。
あっというまに彼らに取り押さえられ、殴られ蹴られる。
「このドロボウ女!!」
「死んで詫びろ!!」
騒ぎに飛び出してきた老夫婦は私を厳しい顔で見つめていた。
「ルミエール様の物を盗むなど、お前はクビだ!!」
「出ていけ疫病神!!」
涙が流れた、結局こうなるのか。もうどうにもならないんだ。
このまま。殴られ、蹴られて。殺されるんだ。
「(もう、どうでもいいかな……)」
「何をしている!!」
強い力にひかれ、宙に浮くような感覚を覚える。
私を抱き上げたのはルドルフ様だった。自分を抱き上げて厳しい表情をしている。
「その女がルミエールの髪飾りを盗んだんだ!!」
「髪飾り?……これのことか?」
ルドルフ様が差し出したのは宝石をたくさんちりばめた豪奢な髪飾りだった。
それを見たルミエール達の顔色が変わる。何をそんなに慌てふためいているのだろうか。
「……冤罪でこの少女を暴行していたのか?」
「え。いや……その」
「冤罪じゃないの……本当にその子が盗んだのよ」
ルミエールがポロポロと涙をこぼしながら訴え始め、慌てて周囲の人たちが彼女を慰めようと取り囲んでいる。
ルドルフ様はそれを見つめた後、私を抱えて歩き出した、どこに行くのだろうか。
「宿に向かう。……お前をこんなところに捨て置けない」
宿に戻ったルドルフ様に手当てを受けながら、ぼんやりと私は考えていた。
もう商会には戻れない、孤児院にも戻れないだろう。これからどうすればいいのか。
「アリア、聞いてもいいか?」
「…………」
「アリア?」
「は、はい。なんでしょうか」
「お前は女神の加護を受けているか?」
ルドルフ様に、私は首を傾げた。
この国の人たちは全員女神か男神の加護を生まれたときに与えられる。私は乳母の手で女神の加護を貰っている。思えば、これまでの人生の全てで私は女神の加護を貰っていた。
「俺も女神の加護を受けている」
「そう、なんですか」
「ああ。だからあの女の洗脳を受けずに済んでいる」
あの女。誰の事だろうか。まさかルミエール?
洗脳とはどういうことなのか。ルドルフ様は私をまっすぐな目で見つめてくる。
その目を見て、ふと思い出した。かつて同じ目をした男の人がいた。その方は、大公国の。
「……ヴィクセン様?」
「そうか。やはりお前がアリア・ニコラウスだな」
ニコラウス、それは私の貴族としての苗字。どうして彼がそれを知っているのだろうか。
混乱する私をの肩に手を置き、ややあってルドルフ様が口を開いた。
「ひとつづつ。話していくか。……俺は商人ではない。
俺の本来の名はルドルフ・マロ―ス。マロ―ス大公の従兄弟だ」
「従兄弟……?」
私は彼方にある記憶を手繰り寄せようとする。
マロ―ス大公家にはあったことがある、家族の名前も覚えているが。ルドルフなんて名前の従兄弟はいなかったはず。
私の表情を見てルドルフ様は何かを察したのか、懐からなにかを取り出した。
それは小さな肖像画。そこに描かれているのは幼い私と。私の――――。
私の婚約者・マロ―ス大公の三男であるヴィクセン様だ。
思い出した、私は婚約してから彼とずっと文通をしていた。週に一度必ず手紙を書いて、それを楽しみにしていた。
だけど、最初に学園に入学してからは何度も手紙を出してもその手紙の返事が届くことはなかった。
その後何度も学園を繰り返す中手紙を書くことも難しくなって、結局彼からの返事も届くことはなかった。
「この少年を覚えているのか?」
「はい……ヴィクセン様。私の婚約者です」
「……そうか」
「あの、ヴィクセン様は今どうされていますか?」
私の問いに、ルドルフ様は眉間にしわを寄せて深い溜息を吐いた。
「亡くなられた」
「…………え?どう、して?ご病気ですか?それとも何か事故か」
「いや。老衰だ」
ルドルフ様の言葉を一瞬理解できなかった。老衰?
おかしい、ヴィクセン様は私と同じ年のはずだ。それが、どうして。老衰など。
私の様子を見て、ルドルフ様はすまないと頭を下げた。どうして?
「もっと早くお前に会いに来ればよかった」
「どういう意味ですか?」
「俺は、爺さんからお前の話をずっと聞いていた。……ひいひい爺さんの婚約者だったお前の事を」
「ひいひい、お爺さん?」
「ヴィクセンは、俺の高祖父に当たる人だ」
「なにを、言って」
「俺の目から見て……お前は、180年くらい前の人物になる」
180年?ルドルフ様は何を言っているのかと考えて、考えて。恐ろしいことに気が付いた。
今までずっと、私が殺され続けた人生だった。もう何度殺されたのかもわからないし、何度生まれたのかも覚えてはいない。最初の頃は目が覚めれば15歳だった。それを10回ほど続けた。
次は14歳から始まった、そして13歳、12歳とどんどん目が覚めていくほどに年齢が下がっていった。
他の人たちも同じように成長していたように思えたから気が付かなかったが。もしもその現象がこの国の中だけの出来事だったら?
「ルドルフ様」
「なんだ?」
「ヴィクセン様は、手紙の事は何か言ってませんでしたか?」
私の質問に、ルドルフ様はしばし口を閉ざした後、ああ。と答えた。
私が最初に入学を果たした時間から、ずっと手紙を届けることが出来なくなったと。
「手紙だけではない。この国には誰も入ることが出来なくなっていた。
周辺の国にも働きかけて調査してもらったが。……どうもこの国には強固な結界のようなものが張られていた」
「結界……」
「ああ。そのせいで周囲の国も、俺の国もこの国の内部がどうなっているのか全く分からなくなった。
そして180年ほどの時が経ち……。今この国を覆う結界がほころび始めて居るという話を聞いた。そこで、調査の為に俺が入ることになった」
「それは、どうして?」
「俺はもう遠くなったとはいえ、この国の王族の血を引いているからな。入れるんじゃないかと思ったからだ。
そして、この国である人を探してほしいと頼まれた。アリア・ニコラウス。……お前だ」
「私?」
「ああ。俺に頼みごとをしてきた方はこう言っていた。アリアの話を全てきちんと聞いてほしいと」
私は、今までの事を思い出していた。殺され続けた人生だった。そもそも、なぜ私は殺される必要があったのだろう。ゲームの中での、私の役割は…………。
アリアの役割は、妹のサポートだ。攻略者の好みやステータスを教えて、次に何が必要かを答える役目。
そうだ。それが私の本来の役目。そして妹の恋を応援しながら、私はヴィクセン様と文通を続ける。
そうして一年経ち、妹の恋が成就するのと同時に、私もヴィクセン様と正式に婚約する。それが私の終わり、ゲームに描かれたエンド。
「ルドルフ様、聞いて頂けますか?」
「ああ」
私は自分の身に起きたことを、出来る限り話す事にした。
途中でルドルフ様は何度ももう話さなくていいと言ってきたが、私はすべてを話したかった。
全てを話し終えると、ルドルフ様は顔を手で覆い。肩を震わせていた。
「ルドルフ様」
「アリア」
すっと、温かい何かに包まれる。それはルドルフ様の腕。ルドルフ様の胸。
彼に抱きしめられている、それを覚えて私の頬は熱くなった。
彼は何も言わず、黙って私を抱きしめていた。父にすら、抱きしめられたことはなかった私を。
「ルドルフ、さま」
「アリア。お前を俺の国に連れていく。拒否権はない」
「どういう」
ルドルフ様が口を開いた時。遠くから何かが砕かれるような音が聞こえた。
◇
ルミエール。それがあたしの名前。あたしはこの世界の主人公。
転生先が乙女ゲーとか超ラッキーだった。しかももっとラッキーだったのは。
【君がルミエールだね。……あはは、超かわいい】
男神があたしに惚れていたからだ。これで何でもできる。
とりあえず攻略者は全員男神の力で洗脳してもらった。攻略法とか知らないし。
そして、目障りな女を潰すことに男神も賛成してくれた。
あのゴキブリ女――アリアがどんな役割を持っているかは知らない。
あたしの義理のお姉さんだからきっと悪役令嬢ってやつだ。だから虐められる前に虐めてやろうと思った。それに、あのゴキブリはあたしの最推し声優が演じているキャラと婚約していた。
なんでそのサイドストーリーが人気なのか知らない。あたしは一生懸命公式にあのゴキブリを消すようにメールを送った。世間ではあのゴキブリがどんなに悪評なのか一生懸命広めたし、ゴキブリの二次創作は全部消すように創作者にも脅しをかけた。けど、全部上手くいかなかった。なんでよ。あたし滅茶苦茶この作品のファンなんだよ?グッズは売ってるやつ全部買ってたし(ゴキブリ以外)なんであたしの言う事なんできかないのか意味が分からなかった。
けど!この世界ならあたしが主役!男神も味方にいるからいまこそゴキブリを対峙するときが来た。
皆あたしの言う事信じてくれてゴキブリを退治してくれた!超楽しい!!
ゴキブリが殴られるのを見るのが楽しい!ゴキブリが腐った飯を喉に突っ込まれてるのみるの超楽しい!
最終的にはきちんと死刑になったのも嬉しかった。斬首ってあんなに興奮するの知らなかった。
あ、きちんと全部のルートを見たかったからそのたびに男神に頼んで時を戻してもらった。途中でゴキブリが自殺しないように、男神の加護を掛けて洗脳して自殺しないようにしてもらった。
そのたびにゴキブリを虐めて、死んでもらう度にあたしはすっきりした気分になった。
そうだ、ゴキブリはもっと虐めてもらおうっと。男神に頼んで時間を巻き戻す期間を一年前にしてもらった。あいつのババァが死んであたしたちが家に来るのが一年早くなったおかげで、屋敷の人たちもゴキブリを虐めてくれるようになった。
熱々のフライパンを腹に押し当てたときの絶叫する顔が一番面白かった!!あれ見ただけでりゅーいんがくだるって感じ。
そうやってあいつの居場所をずーっと削って貰って、最終的にゴキブリは赤ん坊のころに家を追い出されることになった。
ゴキブリの居場所を見つけるのに苦労したけど。だっさいお店で箒を持ってて、あたしは爆笑しそうになった。あいつ元々お嬢様だったのに!!きっしょ!!!どの面下げて店の前にいるのか髪の毛掴んで聞いてみたかった。そしてやっぱり皆あたしの味方をしてくれた。たった一人を除いて。
髭の生えたジジィがゴキブリをどこかに連れて行った。男神が探したけどどこにも見つからないらしい。なんで?しかもあいつ男神の洗脳が効かなかったらしい。
そういえば、今までも男神の洗脳が効かない奴がいた。食堂のババァとか、学園の生徒とか。まぁ全員皆に殺してもらったから大丈夫だったけど。
「ルミエール。これからどうするんだい?」
ベッドに寝そべっていたあたしを抱きしめていた男神が甘い顔で聞いてくる。あーやっぱ顔がいいな。
攻略者たちも顔が良いけど男神はもっと顔がいい。NPCなのが悔やまれるくらい。
「うーん。とりあえず一年スキップしれくれない?」
「どうして?」
「ゴキブリを処刑するの、一年経たないといけないから」
「わかった」
男神はそういうと立ち上がってパンと手を叩いた。
とりあえずこれで一年スキップして、明日辺りにゴキブリを国民全員で探してもらおう。
次はどんな処刑方法がイイかなー?全裸にして獣に襲わせようかなー?
そんなことを考えていると、男神が動かなくなった。
「え?なんで?」
男神がそういうと。遠くから何かが砕かれるような音が聞こえた。
◇
最初に何が起きたのか、わからなかった。
あちこちから悲鳴が聞こえる。ルドルフ様は私からいったん離れて窓に歩み寄った。
私も窓に近づくと、外の光景が見えて……。その光景に私は言葉が出なかった。
人々が次々と道に躍り出て、ナニカを叫んでいるようにみえる。
頭を、胸元をかきむしって踊り狂うように全身をくねらせたあと。
彼らから煙が伸びて、それが終わった瞬間に何かが散らばっていった。
いつの間にか、宿の中に響いていた悲鳴もやんでいた。ルドルフ様は窓から離れると私の手を取る。
「外に出よう」
「でも……」
「大丈夫だ。……おそらくもう、安全だろう」
部屋の外に出ると、からんと私の靴に何かが当たった。
それは、白骨死体だった。悲鳴が喉までせりあがって、しかしそれが上がることはなかった。
みると廊下にはたくさんの白骨が落ちていた。服からしてこの宿に泊まっていた人たちかもしれない。
ルドルフ様に連れられて外に出る。外にあったのはやはり宿と同じように白骨化した死体だった。
「この方たちは」
「この国の住人だ。おそらく、あいつらとアリア以外は皆こうなっているだろう」
「あいつら?」
「あの女と、男神だ」
男神。その言葉に私は信じられないような気分になった。
「男神は、本当にいるのですか?」
「ああ。存在する」
ルドルフ様が私をかばうように前に出る。
そこにやってきたのは光り輝くような黄金の髪とサファイアのような瞳を持った美青年とそれを連れたルミエールだった。
「お前!!お前この国に何をした!!」
鬼の形相という言葉がふさわしいほどにルミエールは顔を真っ赤にさせて怒っている。
男神らしき青年も不愉快そうに腕を組んでルドルフ様を睨みつけていた。
一方のルドルフ様ま涼しい……というよりも硬い表情で二人を見つめていた。
「あの方の言った通りだな」
「あの方?」
「そうだ……どうやら、こちらに来られたらしい」
ルドルフ様がひざを折ると、天から一条の光が降りそそいだ。
その光の中を、上から下へと誰かが下りてくる。輝くような黄金の髪、宝石のようなルビー色の瞳。
纏っている服は花をモチーフとしたものなのか、周囲をふわふわと花弁が浮いていた。
「女神様?」
「やっと、この日が来るのを待っていました」
女神様はこちらをみるとアリア、と私の名を呼んだ。
そして申し訳ないの言葉と共に頭を下げたのだった。突然のことに私は固まってしまう。
「わたくしのせいで、貴女には本当に申し訳ないことをいたしました」
「女神様、頭をお上げください」
「いいえ。全てはこのわたくしが到らなかったせい……この者達をのさばらせた罪は、必ず償います」
「女神。何をしたんだ」
イライラした声で男神様は女神さまを呼ぶ。女神様は頭を上げると彼女たちに向き直った。
「男神。あなたがこの国で行った罪を裁くときが来たのです」
「裁く?俺より信者が少ないお前に何が出来るんだよ」
「信者ですか。もうこの国に、この大陸にあなたの信者はいませんよ。そちらの小娘以外はね」
「はぁ?」
「男神。貴方の力の源は何ですか?」
「何って、信仰心だよ。皆俺を崇めてただろう。お前よりも信者は多かったはずだ。
それが何で俺の信者がいなくなるんだよ。お前何やったの?」
「いえ。私は何もしていませんよ。全てはあなたが行った事です」
「俺が何やったって?」
「時の逆行。そちらの小娘に頼まれて行いましたね」
「うん。それが何?まぁちょっと規模は大きかったけどこの国の中だけだし」
「私たちは時を進める存在です。その存在とは逆の事を行う場合、どうあがいても歪みが生じる。
その歪みを受け止めていたのはあなたの信者。……あなたが時を戻す度に、あなたの信者が人柱となり、死んでいきました」
女神様の言葉に男神様もルミエールもぽかんと口を開けて聞いていた。
すると、それを補足するように立ち上がったルドルフ様が教えてくれた。
「180年前から、俺の国や周辺国で突然人が死ぬようになった。季節は春告祭の前日。
調べると全員男神の加護を受けている者達だった。そしてその数はだんだんと増えていった」
春告祭の前日、それは私が処刑された日だった。
そこから時が戻るにつれて、男神の信者が人柱として死んでいく。
それを180年繰り返し、この大陸から男神の信者はいなくなった。また、新しく男神の信者になる者も出なかった。
信者になれば殺される。それがこの180年で新しくできた常識だった。
「ちょっと待ってよ!じゃあなんでこの国の奴らは死体になったのよ」
「元々、この国と周辺の国とでは180年の時の流れが違いました。そこで男神が今度は時を進める力を使った。結果としてこの国を覆っていた男神の力はそれに耐えきれず壊れ。180年の時が一気に流れたのです」
「180年?待って。じゃあ他の国の攻略者は?」
「全員死んでいます」
「はぁ!!うそでしょ!!まだ他の攻略キャラに会ったことないのに!!あんた今すぐ時を180年戻しなさいよ!!」
「不可能です。私たちは時を戻す力は持っていなかったのです……本来ならね」
その言葉を聞いて私はなぜここにいるのかわからなかった。
見上げると、ルドルフ様が私を安心させるように柔らかく笑う。
「アリア。お前は女神の加護を受けているな」
「は、い」
「その女神の加護が。お前を180年生かしていたのだ」
「アリア、貴女はこの国でたった一人の私の信者。貴女だけは何としても守りたかった。
……たとえそれが、貴女がボロボロに傷つき、心が壊れかけるその寸前であったとしても。貴女はこの国に必要な存在だったのです」
「私が?」
「ええ。ですがその話は後ほどゆっくりとしましょう。……ルドルフ。彼女をお願いします」
「かしこまりました」
ルドルフ様はそういうと私の手を引いて歩き出した。
どちらへ?と訊ねると王宮に向かうのだという。これから必要なものを手に入れるために。
私達が王宮に足を進めている間。女神様ははぁと溜息を吐いて男神様とルミエールを睨んでいた。
▽
「女神。俺達に何するつもり?」
「決まっているでしょう?罰を受けてもらうのです」
わたくしが手を叩くと影から兵士が沸き出で、男神と小娘を拘束した。
……長い長い道のりだった。
最初は男神があの小娘に惚れこんだのがはじまりだった。
干渉の禁を破り、国に結界をはった男神はその中で小娘の望むままに力を振るい始めた。
わたくしの力は彼には及ばず。わたくしの信者に夢見という形で動かすのが精いっぱいだった。しかしそれも小娘の策略で次々と死んでいき、あの国に残った信者はアリアだけとなった。
アリア。本来であれば隣の大公国に嫁ぎ。未来にこの国を含めた周辺国を統一する帝王の血筋を生む少女。その未来の為にわたくしは彼女を守りとおさねばならなかった。彼女が命を落とさない事、それだけを腐心していた。行われる行為に心を痛めた。彼女が悪意に晒される度に胸がきしんだ。
しかし私の細やかな干渉など鼻で笑うように彼女は処刑された。しかし次の日にすべてが巻き戻った。そしてアリアにも男神が加護を与えていることにも気が付いた、洗脳して自害を封じるためなのだろう。
……何度も繰り返される処刑を眺めていくうちに、段々と力が流れていくのを感じた。
皮肉にも、彼女が死んで時が巻き戻るうちに男神の信者が死んでいき、わたくしの信者の数が上回っていったのだ。
神の力の源は信仰心。男神はそのことを忘れていたのだろうか。
わたくしは周辺国からもたらされる嘆きを受け止め、お告げとして彼らを導いていき、180年がたった。
そして、男神と女神の力の天秤が完全に崩れたのを察知して、ある男をあの国へと送り込んだ。
まさか、送り込んだ翌日に国が崩壊するとは思っていなかったのだが。
「罰?!あんた何様のつもりよ!!」
「ルミエール。いえ、本名は鈴木花さんだったかしら」
名前を告げられて小娘は言葉を飲んだ。
魂の出自など、神はいくらでものぞき込むことが出来る、その名前にコンプレックスを抱いていることも。
「貴女は自分の欲望の為にあまりにも多くの無辜の民の命を犠牲にした。その報いを受ける時が来たのです。……貴女には、人間を生んでもらいます」
「は?」
「まずあなたの体にこの180年で生まれるはずだった生命、そして本日この国で死んだ人間の魂を詰め込みます。そして……。足の指から少しずつ肉を削いでいきます。削いで貴女から離れた血肉は浄化の証。それに包まれた魂は浄化され。人間の女の胎へ流れていくでしょう。貴女はその体を持って魂たちを浄化し続けるのです。魂が全てこちらに生まれ出でるその日まで」
わたくしの言葉を聞いて小娘はもがいているがびくともしない。当たり前だ、逃がすわけがない。
そして同様の罰を男神にも受けてもらう。彼の血肉によって彼の信者たちの魂を癒さなくてはならないからだ。
「いや、いやいやいやいや!!そんなのいや!!離して!あやまる!!謝るから!!」
「そうだ!俺も謝る!!あやまるから!!」
「何に対しての謝罪ですか?」
「あいつの事、ちょっとした冗談だったの、悪ふざけだったの!!子供のしたことなんだから許して!!お願い!!」
「俺もルミエールに頼まれただけだから!!こんなことになるなんて思ってなかった!許してくれよ!!」
わたくしは溜息を吐いて、彼らを影の中に引き込んでいく。
言い訳も謝罪も許さない。アリアたちに会うこともさせない。これはわたくしの最期のけじめなのだから。
涙と鼻水で顔を汚した罪人どもを影に沈めながら、わたくしはようやく肩の荷が下りた気分になった。
▼
王宮にたどり着いても、見渡す限り白骨死体の山だった。
「ルドルフ様、どちらに?」
「こっちだ」
彼に手を引かれてやってきたのは城の保管庫だった。
ここには王杓や王冠といった、王を着飾るものたちが眠っている。
ルドルフ様は王冠を手に取り、しげしげとみやる。
「それをどうするのですか?」
「大公国に持って帰る。この国が滅んだ証としてな」
「……ルドルフ様」
「俺は。女神のお告げを受けてこの国にやってきた。この国の唯一の生き残り。お前を迎えるために」
「……」
「アリア、俺と共に来てくれ」
ルドルフ様は膝をおり、私を見上げて言いました。
私は……上手く答えることが出来ませんでした。
何もかも、失ってしまいました。愛する人も、祖国も、そこに生きていた人々も。
けれど、ルドルフ様は私をまっぐすみて、柔らかく微笑んでいました。
「俺は、ずっとお前に会いたかった」
「え?」
「ヴィクセン翁が残した、お前が書いた手紙。俺はずっとそれを読んでいた。
好きな物、最近読んだ本。美味しいと思った物。綴られたその言葉を読んで。……俺はお前に恋をした」
すっと彼の手が私の手を握る。その目をそらすことは許されなかった。
ああ。すっと目を細めて、微かに笑うその姿は。ヴィクセン様によく似ていて。
「好きだ。……俺はお前よりも随分と年上なのだが。それでも、お前と一緒にいたい。
アリア。頼む、俺と共に来てくれ」
「…………はい」
私は瞳からこぼれる涙を隠すことは出来なかった。
代わりに彼が片手で持っていた王冠を手に取って彼の頭にかぶせ、額に口づける。
祝福するように、外から鳥の声が聞こえたような気がした。
登場人物紹介
アリア(15歳)
乙女ゲーの中でのサポート役。
転生前はごく一般的に乙女ゲーをプレイしていた女性だった。
ルミエール/鈴木花(15歳)
乙女ゲーのヒロイン。
転生前はゲームのまとめ動画を映像配信サイトで見ていた女性だった。
女神
春と夏を司る者。この騒動のあと神の座を引き払って転生する。
男神
秋と冬を司る者。ちょっとくらいいーじゃん、の精神で180年遊んでいた。
ルドルフ(25歳)
大公国の人間。
髭を生やしているためもっと年上に見られがち。
アリアのその後は初回特典の設定資料集にて語られていたことであり。
女神と男神は本体なら転生してこの皇帝の側近になる予定だった。