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「きらら! 起きなさいっ!!!」
目が覚めると、けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音と、お母さんの鬼の形相があった。
「何時だと思ってるの! 葵君がずっと外で待ってたから、中に入ってもらったわよ。なんで毎朝葵君が迎えにきてること言わなかったのよ」
「え、いや、言うほどのことでもないし」
「もうっ、とにかくさっさと着替えて! 朝ごはんの時間はないからね」
お母さんは少し乱暴にドアを閉めて出て行った。
急いで制服に着替えて、葵に見られないよう気をつけながら一階の洗面所に駆け込む。
顔を洗い、歯を磨き、髪を高速でとかす。
「きららっ!! 急ぎなさいって!! 葵君どんだけ待たせる気!?」
「すぐ行くって!!」
お母さんは本当に葵に甘い。
もう髪は歩きながら結ぼう。そう思って腕に髪ゴムをつけて、小走りでリビングに向かった。
リビングに入れば、イスから立ち上がった葵は今日も完璧にかっこよかった。
「髪下ろした姿、めっちゃかわいいじゃん」
「は?」
「は? じゃないでしょ、あんたは本当に。ほらカバン。もう行きなさい!」
お母さんに背中を押されて、私は葵よりも先に外に出された。
後ろから葵がクスクス笑いながらついてきた。
「おばさん、行ってきます」
「いってらっしゃい、葵君! きららをよろしくね」
「もちろんです」
互いに微笑み合うお母さんと葵は、相変わらず相性抜群のようだ。
駅のホームで電車を待っている間に髪を結ぼうとクシで梳かす。髪ゴムを指で広げたところで葵がパッと取って行った。
「I'll do it」
「え?」
葵は髪ゴムを私に見せながら微笑む。
「俺が結んでもいい?」
葵の屈託のない笑顔を毎日見せられていたせいで、とうとう絆されてしまったのか、なんとなく許してしまった。
「……oh……well……」
葵が私の髪をかき集めるたびに、葵の長くてゴツゴツした指が耳や襟足に触れている。
うなじの髪を上げようと大きな手の平が首にあてられ、優しく滑り上がった時、思わず身をすくめてしまった。
「ごめん、痛かった?」
「違うっ。気にしないで。むしろもっと強くしてくれていいから」
じゃないと私の心臓が持たないかもしれない。
意識しないでいいくらい、がっしりと掴んで結んでくれたらいいのに。
葵の手が私から離れると、嬉しそうな声が響く。
「I did it!」
やっと、終わった……。
葵がひょいと顔を覗き込んできた。
「あれ? 顔赤くない?」
「赤くない!!」
ちょうど電車が来たので、葵の事は無視して先に乗り、空いている席に座った。葵はいつも私の正面のつり革を掴んで立っている。
電車が進むにつれて同じ高校の生徒達が増えていくので、目立たないよう電車に乗ったら英会話はしない。
「ねえねえ、俺の昨日の夢聞いて。きららが出て来たんだ!」
葵は嬉しそうに私にそう言った。
「私も、昨日の夢に葵が出て来た」
「うっそ、マジで? 超うれしいんですけど」
「弦史も」
弦史の名前を出すと、葵はすこしがっかりした様子をみせたが、それでも笑っていた。
「そっかー」
「変な夢でね、みんな小学生の時の姿なの。鬼ごっこでもしてた時の記憶なのか、弦史が私の手を握って、葵から必死に逃げる夢だった」
葵の表情を見た時、夢の内容まで伝えたことを後悔した。