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ガラッと保健室の扉が勢いよく開く音がして、お互いにびっくりし過ぎて条件反射の赴くまま動いたもんだから、おでことおでこをぶつけてしまった。
「「いーーーっつぅ……」」
保健の先生がシャーッとカーテンを開けた。
私と葵は両手をおでこにあて、痛みでうずくまっている。
「青春ねぇ……」
保健の先生はそれだけ言うと、またカーテンをシャーッと閉めて、保健室を出て行ってしまった。
「ちょっと……変な誤解されたでしょ」
葵が指の間からこっちをチラッと見て笑う。
「いつか誤解じゃなくなりますように」
「なくなりません」
その日、バイトを終えてから帰宅すると、お母さんが小さな小箱を持ってきた。
「何それ?」
「ゲン君から国際郵便が届いたんだけど、輸送過程で外箱が濡れて破損してたから、それだけ先に捨てたわよ。中身は無事で良かったわね」
小箱を開けるとネックレスが入っており、小さなメッセージカードが添えられていた。
“Happy Birthday”
「まあ、綺麗。明日の誕生日に間に合って良かったわね」
弦史はやっぱり私のことを忘れていなかった。それに、誕生日にネックレスを贈るくらいだから、きっとあっちに彼女なんていないよね?
私は早速ネックレスを首につけ、鏡を見に行った。
「かわいい〜」
こんなに距離が離れていても、弦史は私が好きそうなものを見つけてくれる。心はずっと寄り添いあってるんだと自信がついた。
毎年バースデーカードは届いていたけど、プレゼントが初めてだったのは、恋人までのカウントダウンが始まったってことかな?
私達、もうすぐ大人だもんね。
なぁんて、一人で妄想を膨らませてニヤけてしまう。
弦史の手紙がずっと私を支えてくれていた。
あの事件で弦史や何人もの友達が引っ越して行き、私はしばらく学校に行かなくなった。転校してからは徐々に学校に行き始めたけど、中学に入った頃は周りも難しい時期で、女子特有の仲間はずれも、陰口も経験した。
学校に行ってない時期も人より多かったから、勉強の躓きもあって学業も順調とは言えなかった。
そんな時でも、弦史の手紙が届くだけで、一日の嫌なことを全部忘れられた。
“きららが毎日笑顔で過ごせていますように”
弦史が願ってくれるから、私は笑顔になれるよう行動的になれた。
この文通がなかったら……私は毎日を前向きに笑って生きていなかった。絶対に。
弦史にこんなに一途な気持ちがあるのに、葵に一瞬でも胸キュンした自分が恥ずかしい。
私は弦史が好き。絶対にこの気持ちを弦史に直接伝えたい。
弦史が私の心から消えることはない。ずっとずっと、絶対に彼を忘れられない。
その晩、また弦史の夢を見た。
だけど、昼間見た大きくなった弦史じゃなく、昔のままの弦史の姿だった。
そして、私の身体も小学生の頃に戻っている。
弦史は私の手を握り走り出す。
額には汗が流れ、表情は険しく、恐怖が見える。
弦史は時折後ろを確認するように振り返るので、私も気になって振り返ると、その先にいたのは小学生の葵だった。
葵は私たちを見て鬼のような形相で叫んでいた。
そしてまた弦史と一緒に走り出し、葵から逃げた。
遠くから私を呼ぶお母さんの声が聞こえる。
『……らら』
お母さんの声がする方向が輝き出す。
『……きらら』
その声に向かって私は全速力で走り出した。
『おかぁさぁんっ!』