6
あの靴箱事件以降、女子のやっかみは嘘のように消えた。
いとこだとそんなに許されるのか。そんな事を休み時間にみなちゃんにぼやいていた。
「親族の時点で恋愛対象じゃなくなるからでしょ」
「やっぱりそこだよね」
「で、実際いとこなの?」
「お、鋭い。ただの幼馴染」
「キャー! フラグたったー!!」
「何の?」
「恋」
「そんなフラグ叩き折ってやる」
「でも、愛しの弦史君からは手紙来なくなったんでしょ?」
「……うん……」
「ねえ……弦史君、好きな人か彼女が出来たんじゃない?」
「え……」
「だから、女の子のきららとは文通が出来なくなったんじゃない?」
「なんでそんな事いうの?」
「傷つくよね。ごめんね。でも、きららにはすぐ近くに大切にしてくれる素敵な人がいるのになって思うともったいなくて」
「まさか葵のこと? やめてよ。あいつが私に良くして来たのだってここ最近の話でしょ? 弦史は遠く離れても六年も手紙をくれてるんだよ?」
「そうだよね……それも素敵だと思う。でも、手紙が途絶えたんでしょ?」
「たぶんだけど……うちの母親がこっそり届いた手紙を捨ててるんじゃないかと疑ってる」
「お母さん? ……ああ、確かに文通にいい顔してなかったもんね。葵君が家に来るようになったから、弦史君を遠ざけようとしてるとか? それはありえるかもね」
「でしょ! 絶対そう! だから今日は私早退してお母さんが帰って来る前にゴミ箱に残ってないか探そうと思うの」
「早退してまで?」
みなちゃんは急に視線を私から外し、私の背後を見て目を見開いた。
瞬く間にせっけんのような爽やかなサボンの香水の香りが鼻をかすめていく。
「やめときなよ。弦史だって返事が滞るほど忙しい時だってあるだろ」
葵が背後からひょいと私の顔を覗き込んで来た。
「びっ……くりしたぁ」
「おばさんは絶対捨てたりしないよ。きららの一番の味方だもん」
「なんでわかるのよ。たいして私のお母さんの事なんて知らないでしょ」
「さみしい事言うなぁ。お漏らししてた頃からの付き合いだろ?」
「なっ!」
私の反応を見て葵は楽しそうにクスクス笑っていた。完全に私を揶揄って楽しんでいる。
「とにかく、もう少し待ってみろって。あっちはちょうど学年末だろ? プロムの準備で忙しいんじゃない?」
「プ……プロムって……あの、好きな子とダンスする卒業パーティー?」
「学校によっては高校二年と三年が参加するっぽいよ」
「プロム……弦史が誰かを誘って、一緒に踊るの?」
アメリカのプロムなんて映画やドラマでしか観たことないから、実際はどういうものかなんてわからない。でも、どの映画もドラマも、青春の一ページで、男女の感動的な恋のシーンばかりだった。
このまま弦史との文通は終わってしまうのだろうか……。
急に深い悲しみに襲われ、喉の奥から酸っぱいものが込み上げて来た。
「きららちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」
「ごめん、冗談だよ」
みなちゃんも葵も私を心配してくれている。ただの想像だけで、表情に出して二人に心配させてしまう自分が、不甲斐なさ過ぎて恥ずかしい。
「へへ、大丈夫だよ。ちょっと昼に食べ過ぎたのかなぁ?」
バレバレの作り笑いに、二人は顔を見合わせ更に心配していた。そして、本当に食あたりでも起こしたのか、眩暈と吐き気がしてきた。
「きららちゃん、五時限目は保健室で過ごしたら? 本当に顔色悪いよ? そんなんじゃ授業も身に入らないでしょ?」
「ああ、俺が送ってやるよ。俺が余計な事言ったから」
「ううん、葵の言う通りだよ。弦史だって都合があるし、多分遅れてるだけだよね。保健室には一人で行けるから大丈夫だよ。みなちゃん、先生に伝えておいてくれる?」
「もちろんだよ。ノートも取っておくからね」
まともに二人と視線も合わせられないまま、保健室に急いだ。保健の先生はちょうど外出する予定だったようで、保健室の扉の前にいた。
「鍵は開けとくから、ベッドで休んでていいわよ。緊急の時は部屋の内線使って職員室にかけてね。治ったら、特に鍵は開けたまま教室に戻っていいから。薬の入った棚は鍵が掛かってるから開けれないからね。私は一時間位で戻れるはず」
私は静まり返った保健室に入った。薬品の匂いはホッとする。子供の頃はしょっちゅう体調を崩して病院に行っており、そこもこんな匂いがした。かかりつけの病院の先生達は穏やかな物言いの人達ばかりで、病院に行くのを嫌がる子供も多い中、私はそれほど嫌ではなかった。
成長するにつれて体調を崩すことも減り、今ではほとんど行っていない。
だから、保健室はどこか懐かしい匂いで満たされていた。
ベッドの前で上履きを脱いで揃え、ベッドに乗るとカーテンを閉めた。
横になり、シーツを掛ければ、パリパリに糊が効いたシーツの肌ざわりが気持ち良かった。
昼食後の布団は強力な催眠効果があり、すぐにうとうとし始めた。
微睡の中、十七歳の弦史が夢の中に出てきた。
今の姿は見たことがないのに、彼が弦史だとすぐにわかった。