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私が弦史との文通に想いを馳せていれば、葵が横で呟いた言葉で我に返った。
「一体いつまで続くんだよ……」
「聞こえてますけど。言っとくけどね、私は高校卒業したらアメリカ行くから」
「……え? きらら、あの成績と英語力で本気で行くつもり?」
「え゛……?」
私は弦史のところに行きたくて、英語科のある海宝高校に入った。偏差値は特進科以外は県内では中の下。私の学力で狙える英語科がここだけだった。
それでも、私には必死に勉強して合格した高校だった。そして現在の学科内順位は、必死に勉強した割には下から数えた方が早い……。
対する葵は県内トップの進学校を狙えたはずなのに、随分ランクを下げてこの高校の特進科に入学した。場所的にも葵の出身中学からこの高校に来る子は稀である。
その奇行を、塾の先生や塾友達は、あえてランク下げた方が上位キープ出来るし内申も良くなるから、推薦狙ってるんだよ。と言っていた。
とにかく、頭が良い人間に学力を指摘されると羞恥心が半端ない。
「別に葵には関係ないじゃん。ちゃんとあっちの大学の入学許可おりるレベルまでTOEFLの点数は上げるし」
「ふーん……じゃあ留学費用はどうすんの?」
「バイトして貯めてる。あとは奨学金も狙う。調べたら、学生ビザでも大学内のバイトは許可されてるらしくて、だから留学後はあっちでも学内でバイトして切り詰めればと思ってる」
「……甘いなぁ……」
「は?」
「アメリカの奨学金貰えるだけの点数を英語以外でも取れんの? 日本の奨学金で行くとしても、日本のはほぼ返済型だから大変だよ? 留学生の学内バイトっていっても、成績を一定レベルでキープしてる学生ってのが条件のはず。今のきららの成績じゃ、働きながら勉強も成果を出すなんて、現実味が無さすぎじゃない?」
的確過ぎて何にも言えない。
ただただ望んでもないアドバイスで絡みついてくるコイツに腹が立つ。
「もー! 私のことはほっといてよ。弦史の事を遠くに引っ越したからって、さっさと切り捨てるような薄情者のあんたには一番関わって欲しくない!」
興奮して罵声を浴びせてしまえば、しばらく葵は私を見つめたまま何も言わなくなった。
互いに何も話さないなら、これ以上無駄な時間はない。
「もう、私行くから。早くしないと郵便局閉まっちゃうし」
足早に葵のそばから離れようとした瞬間、腕を掴まれる。
「待てよ」
「ねー、もういいでしょ」
「俺が勉強教えてやるよ。次の試験では学科順位上位まで滑り込ませてやる」
「謹んでお断りいたします」
「おいおい、俺を使えば、塾代節約出来てその分留学費用に回せるよ?」
確かに……と、一瞬グラついてしまった。
「しかもだ、バイトをするなら勉強時間も限られてるんだろ? 俺なら学校一緒だし、家も近いから隙間時間に教えることもできる」
「ぐ……条件が良すぎて悩ましい……。でも、それやって葵に何のメリットがあるの?」
葵はにっこりと人懐っこい満面の笑みを見せた。
「そりゃ、きららと一緒にいられるだろ」
「ねえ、私は弦史が好きだからね」
「いいんじゃない?」
葵はここまで笑顔を一切崩さなかった。
「でもね、タダでやってもらうってのも、気が引けるかな」
「じゃあ……何か貰う?」
「私が葵に渡せるものなんて……味噌おにぎりくらいしかないかな」
唐突な味噌おにぎり発言に葵は固まってしまった。
そりゃあ、そうだよね。味噌おにぎりって……。
話しが流れるように適当に頭に浮かんだものを言ってみたんだけど、何言ってんだコイツって感じだよね。
「きらら……思い出したの?」
「え? 何を?」
「いや、何でもない」
葵はそう言って優しく微笑んだ。
「味噌おにぎり、すごい嬉しい。決まりね」
「うそでしょ」
「本当だよ。弦史に会いたいんだろ? なら味噌おにぎり一つで使えよ、俺の事」
きっと葵は何を言っても引き下がらないのだろう。
「わかった。でも毎日は作れないよ」
「いつでもいいよ。それに、弦史のために薄情者の俺を使えば、きっとスカッとするさ」
「そうね。じゃあ、お願いします」
スカッとするかはわからないけど、お言葉に甘えて私と弦史のために協力してもらおう。
葵の魂胆も何かあるんだろうけど、もしもコイツに振り回されそうになったら、その時はばっさり断ればいいよね。