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落語家の目指すモノ  作者: 酢琉芽
第一章 前座見習い
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一章6 [自分の落語]

伊織が圓鬼の二階ぞめきを聞いてから10日が経った日曜日の昼間、伊織は赤髪のモデルの様な女性と新宿のスイーツバイキングに来ていた。


「伊織どうしたの?相談があるって言ってたけど」


伊織は先日の先生のお陰で今、姉弟子に相談出来ている。


「相談って言うのは…」


伊織が鬼姫に話した内容は、どうしても今教わっている二階ぞめきが上手く出来ないと言っている。

噺としては大方出来ているのだが師匠に見せられるレベルではなく、その理由が分からずに困っている。


「そんなの私じゃなくて、伊織のお父さんに聞く方が良いんじゃないかな」


伊織は相談している側ではあるが、今日の会計は自分が出すと言う条件で相談に乗ってもらっているのに、まさか自分の父親に丸投げするとはどう言う事か、と言いたいがあくまでも相談している側であり、姉弟子もあるのでグッと言葉を飲み込んだ。


伊織は父親には相談出来ない事情があった。


「それはできません…師匠からの指示です」


それを聞き、鬼姫はそっか…と答えてから電話をするために離席した。

電話が終わって戻って来ると、自分の皿に入っているスイーツを食べ切り、またスイーツを取りに言った。


90分間スイーツを食べ続けて、伊織は胃もたれしているが鬼姫は何ともない様子。

会計を済ませて店を出ると鬼姫は、また電話をしていた。


電話が終わると鬼姫は伊織の方をすぐに向く。


「よし行くよ!」


そう言って鬼姫は伊織の手を引き駅の方向へと歩き出した。



ーーー



鬼姫に導かれるままで電車に乗り降りた場所は浅草駅、そこで10分ほど待っていると、2メートルにも届きそうなガタイの良い金髪の男が近寄って来た。


「待ったか?」


「いや全然です!時間ピッタリです」


金髪の男は、それは良かった、と言って伊織の方を向いた。


「君が伊織だね?」


鬼姫の知り合いであろうが、見た目が見た目なので伊織は言葉に詰まりながら返事をした。


「鬼姫から聞いているだろうが、俺は君の兄弟子の鬼烈(きれつ)だ」


すると伊織はさも初めて聞いた様な顔をした。

鬼烈もその様子に気付き鬼姫の方を見ると、口を大きく開き手を当てって


「忘れてました」


「そう言うところだぞ鬼姫!だから師匠からも中々推薦を出してもらえなかったんだ」


叱られている鬼姫は珍しくシュンとしていた。

そんな鬼姫を見て伊織の尊敬が少し薄れたのはここだけの話。


「本当はお前の実力なら…」


辺りの人の目もお構いましに2分ほど叱っていた。

最後の方は叱られすぎて、お喋りな鬼姫が気圧(けお)されていた。


鬼烈は叱り終わると、駅のホームの方へと向かい出しそれに2人も付いて行った。

またも電車に乗ったので、伊織が不思議に思っていると鬼姫が何かに気付いた様な顔をしていたが、伊織は黙っておいた。



ーーー



着いた場所はまさかの伊織達が元いた新宿であった。

駅から出ると、今まで合わなかった鬼姫と伊織の目が合った、すると伊織は鬼姫に向けてジト目をした。


(この人本当に何も考えてないんじゃないか?)


駅から向かった場所は、伊織が5歳の頃から通い詰めている圓鬼の屋敷。

屋敷に着くと師匠に挨拶をして別の空き部屋に3人で入った。


部屋に入るとすぐに伊織が押し入れから3枚の座布団を出し並べた。

2つ続けて並べた座布団には、それぞれ鬼姫と鬼烈が座り、その対面の座布団には伊織が座った。


「じゃあ伊織見せてみて」


鬼烈がそう言うと伊織の目が真剣になり、まくらから噺を始めた。

噺はとても上手く出来ている。


圓鬼から教わった噺なのでとても圓鬼の色が出た噺になっている。

教わった噺にくすぐり(笑わせる小ネタ)も独自に加えられている。


しかし伊織は噺を終えても納得がいかない様子。

鬼姫は何も問題はないのではないかと言っている


その隣の男は伊織の噺の感想は述べずに一言だけ。


「確かに違和感の正体について教えられるだろう」


静かにそう告げた。

それに対して伊織が教えてください、と言うと言いづらそうにしている。


言いづらそうにしながら鬼烈は少しの間考えると口を開いた。


「その違和感は、積み重ねて来た物の差だ」


伊織はそう言われて初めて違和感の正体に気付かされた。

師匠の噺と自分の語る噺に技術的な差を感じるのは当たり前だ、とは思っていた。


「でも兄さん、それって他の噺でも差があるのに、何でこの噺だけ…」


鬼姫が伊織の思っていた事を代弁する様にして聞いた。


「今まで教わって来た噺は前座噺だったのではないか?」


「そうです」


鬼烈が伊織に対して聞くと伊織もそれを肯定した。


「だからだろうな」


「だからだろうな、じゃなくて説明してくださいよ」


伊織は少し分かっている様子だが鬼姫は分かっていない。


「単純な話だ。噺の難易度が高くなり、師匠の噺とのギャップをより感じるやすくなったのだ」


鬼姫はそれを聞いてもわからない様子でいると、鬼烈がそれに付け加える様に


「鬼姫みたいな、感覚で覚えている奴はあまり感じないだろうな」


鬼姫はそれを聞き理解する事を諦めた。


「鬼烈兄さん、どうすれば良いですかね」


伊織は鬼烈に聞いているが1つだけ考えがあるが、その考えでは違和感を無くすのにとてつもない時間がかかってしまう。


「何十年も話し続けるけて違和感を無くして行くことだろうな」


伊織の思っていた事と概ね同じ答えが帰って来て、伊織は少し肩を落とした。

しかし鬼烈はその後に言葉を続ける。


「それともう一つ、師匠の落語を真似ずに自身の落語を語る事だな」


今までそんな考えは伊織の中には無かった。

そんな事をして良いのか、と思っているとそれを察した様に鬼烈が話しを続けた。


「師匠は別に自分の落語を真似ろ、とは教えていないし逆に、自身の色を出したり工夫をしている噺を、評価している」


伊織は知らなかった、そして彼女も。


「へー、知らなかった」


その言葉に鬼烈は呆れた様にしているが。


「それもそうか、お前は何も言わずとも自分の色を出すからな」


伊織はそれを聞き羨ましそうにも思っていたが、鬼烈の次の言葉を聞いてその思いは消えた。


「考えている奴ほど違和感を感じやすい」


伊織はそれを聞いて安心した。

考えてない人代表はそれを聞いても何も感じていない。


「伊織、お前もこうはなるなよ」


言れた本人は、へっと言って鬼烈の方を見たが鬼烈は呆れ果てていた。

鬼姫が伊織の方を見るとこちらも、鬼烈と同じ様に呆れていた。



ーーー



違和感の正体については分かったものの、自分の落語はわからずにいた。

それもそのはず、今まで自分の色を出して落語をしていなかったからだ。


伊織はそこで新たな疑問が浮かんで来た。

それは伊織自身が気づいていない伊織の落語を見透かしている様な師匠のお前の良さが出せると言う言葉だ。


ふと考えてみると、この噺を選んだ理由も自身を作るためだった。


あの時は自身を作ると言う漠然とした考えであったが今は違い、自身を作ると言う事は、自分の色を出す事だと教えてもらい2つの考えが結びついた。


そこから伊織が行った事は、師匠の落語と自分の落語の違う点を探す事だった。

師匠の落語を真似ていたのは事実であるが、よく聞くと同じ噺でも違う点が幾つもあった。


噺のテンポや口調は同じでも、登場人物のちょっとした仕草や声のトーン、声から感じられる重さとでも言おうか自分の声にはない深くがある事に気付いた。


それともう1つ圓鬼と伊織の決定的な違いは、女性の表現の仕方であった。

廓噺などで出てくる女性は遊女なので妖艶さがある様に演じるのが普通だが、圓鬼どうもそれが苦手に見える。


苦手と言っても下手な訳がない。

しかし伊織が唯一圓鬼に落語で(まさ)っている可能性がある女性の表現。


伊織はこれが、自分の落語の色が出るのではないかと思い【二階ぞめき】では少ない、女性の描写を増やす事にしてやってみる事にした。


やってみるとこれが、何とも自由に楽しく出来て伊織としても満足行く形に落ち着いた。

ここで伊織は、自身の落語の色に気付いた。


自分の落語を知れば他の噺でも自分の落語を出せる、かと言うとそうは行かなかった。

何故なら落語では、女性が出てこない噺もあるからだ。


伊織はこれだけではダメだと思い考えていたが、明日も学校があるのでベットに入ると、自身の落語の根幹になる物を見つけた達成感からか、とてつもない睡魔に襲われて眠りこけてしまった。



ーーー



次の日の学校では、先日呼び出しをされてしまったので表に出さない程度にもう1つの色がないかを考えていた。

しかし学校では何も浮かばなかった。


今日から圓鬼は、地方での仕事があるので金曜日までは不在で、伊織は学校が終わるとすぐに家に帰ろうとした。

するとクラスメイトの女の子に呼び止められてしまった。


少し時間があるか聞かれたのでそれを肯定すると、すぐに手を引かれて体育館裏に連れて行かれた。


普通の男子中学生ならドキっとするだろう、しかし伊織はお喋りなで美人な姉弟子に振り回されているので何も感じなかった。


体育館裏に着くと女の子は、自分が伊織の手を引いているのに初めて気付き頬を赤く染めた。

伊織は彼女が頬を染めた理由について分かっていなかった。


普通の人ならここで告白されるのだろう、と思うが伊織は何が起こるか分かっていない。

5歳から毎日落語の事しか考えておらず、マンガなどのベタなシーンすらも知らない。


「椎名君入学した時からずっと好きでした」


伊織はそこで初めて自分に好意を向けられている事に気づく。

そして少し戸惑っている。


彼女とはただの大人しいクラスメイトでしかないと思っていたからだ。

それがまさか入学した時から好意を持たれていたとは思いもしなかった。


「ごめん、佐藤さんの気持ちには応えられない」


初めて告白されただろうにどこか慣れている様にも感じられる答え。

伊織は告白されたのは初めてだが、顔が良い事もあり駅などで女性に話かられる事がよくある。


「それなら、連絡先だけでもダメですかね」


普段大人しい女の子であるのにとても必死な様子に伊織は少し心を動かされた。


「まぁ、それなら」


そう言うと目の前の女の子はの顔が悲しみから喜びに変わった。

伊織はまた少し心を動かされた。


連絡先を交換すると2人は別れて帰路に着いた。



ーーー



伊織が告白された夜。

伊織はただのクラスメイトと思っていた女の子に、何故心を動かされたのか不思議に思っていた。


彼女の特徴やその場の状況など色々と考えていると、彼女がいつもと違う様子であった事に気付く。

いつもと違う様子つまりギャップである。


一度目に心を動かされたのはいつもと違う彼女の必死な様子からだ。

二度目に心を動かされたのは表情の変化だろう。


どちらもギャップから心を動かされたと伊織は考えた。

そこで伊織はこれを落語に使えるのではないのかと思った。


落語の中でギャップを生み出す。

伊織には色々な考えが思い浮かんだ。


妖艶な女性からバカな男。

軽い空気からシリアスな空気。

江戸時代風景を現代に変えてしまうくすぐり。


伊織はこの落差がある程良いのではないかと考えついた。

ギャップを生み出すと言うのは、どんな噺でも使えて伊織の求めている物に当てはまる。


しかしここで伊織は、これは自分らしさと言うのかとも思ってしまった。

だが今、伊織が思いつく物はこれしかない。


だからまた見つけた時に加えればいいと考える。

何せまだ前座見習いなのだから。


二兎追うものは一兎も得ず、と言う言葉があるのだから伊織の考えは良いのかも知れない。

何せ伊織()()時間がたっぷりとあるのだから。

佐藤さんは今後も出て来る予定です

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