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落語家の目指すモノ  作者: するめ
第二章 
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二章5 [繋ぎ目]

出囃子が鳴る中で深く礼をして、出囃子が鳴り止むとすぐに、


「私最近ですね、飲み物をこう蓋をしたまま飲んでしまう事がよくありまして、頭の外っ側は老けないんですが、どうも頭の内っ側はそうもいかないようでして、なにせ59なもので」


その見た目で59歳なんて言われたところで誰も信じやしないだろうが事実である。

見た目、口調、エピソードどれもがマッチしておらずそれが面白いらしい。


「そんな事はどうでもよくて。世の中には名前を残した方というのが数多くいるようで、何か発明をして残した方、あるいは記録を作り残した方、あるいは秘書を怒鳴りつけている音声が流出して残した、これは名前の残し方が違いますけれども。」


少しブラックジョークが過ぎるとは思うが、お客さんが笑っているからいいのだろう。


「大工さんの(ほう)でそれも彫り物、細工物の(ほう)で名前を残した方、甚五郎(じんごろう)利勝(としかつ)という方がおりまして、飛騨山沿いの住人だったそうで13の頃に弟子入りをしまして、二十歳(はたち)になります頃には師匠が目を見張る技術を持っていたそうですが、そこで甚五郎にもう教える事は何もないと言い、弟弟子で玉園(たまぞの)というのが京にいる。お前も京に行って修行をするように添え状を持たせて玉園棟梁(とうりょう)のところに甚五郎を差し向ける。」


甚五郎が出てくる噺は幾つかある。

なので噺に入ってみないと、どの噺かは分からない。


「文面を読んでみますと、この人間は大層腕の確かな奴だ、ただちょっと人も変わっている。酒も好きだけど面倒を見てくれという文面の為に伏見に一軒うちを持たせて甚五郎を住まわせます。ある時御所から何か珍しい物を(こしら)えろという命令が下りましたので甚五郎の腕試しだ、何か拵えてみろ。言われて甚五郎が竹で水仙を拵えて御所に献上を致します。」


ここでやって今からの噺が分かった。

これから始まる噺は【竹の水仙】である。



「誰の作った物だ」


「手前どもにおります甚五郎でございます」


床に手をつき土下座をしている様に見せている。


「目通りを許す」


「お目通りを許されて大層なお褒めの言葉をいただいて、この噂が広まり、誰が言い出したのかは分かりませんが、左甚五郎という名人が日本全国に広まりまして。しかし元々変わった人ですからあまりそういう事をは何もかけず伏見の家でぶらぶらしているとある時」


左甚五郎と呼ばれるようになった理由は分かったおらず、左利きだったからや右手を無くし左手だけで作業していたからなどが有力ではあるらしい。


「ごめんくださいまし……ごめんくださいまし」


しっかりとした声。


「なんだい」


なんとも気だるげな声。


「ちょっとお伺い申し上げますが、左甚五郎先生のお宅はこちらでしょうか」


「うん…甚五郎の家はここだよ」


頷きながら応えた。


「恐れ入りますがお目に掛かりたいのですが」


「お目に掛かってるよ」


ビックリとした表情をすると客席から笑いが出た。


「もうお目に掛かってるよ」


「あっ、貴方様があの有名な左甚五郎先生で?」


「何か不思議な事でもあるのか」


「いえいえそういう訳ではございません」


手を振り焦って弁明している。


「実は手前は江戸は駿河町三井八郎左衛門のうちの番頭で藤兵衛(とうべえ)と言いますが、この度主人があるお方から運慶先生の拵えました恵比寿を一体手に入れましてしかしどうにも恵比寿一体では具合が悪い。そこで名人左甚五郎先生に大黒様を彫っていただいて、恵比寿大黒一対にして商売繁盛の神として残したい。これをお願いに上がった次第でございます」


「運慶先生の拵えた恵比寿を手に入れた?お前さんそこの持ってんのかい?ちょっとこっちに見せておくれ」


先程の気だるげなな様子とはうって変わって前のめりに話し出した。


「こっ、これかい、流石に運慶先生だけのことはある良い出来だなぁ、顔が良い、福々しい顔が」


子どもの様な喜びとは違い、感動している様な喜び。

膝をパンっと叩いた。


「よし、私が大黒を彫ろう」


「お引き受けいただけますか、ありがとうございます。失礼でございますが、お代の方は…」


「百両だ」


そこで驚いた顔をした。


「百両だ」


「あのっ、大黒様一体でございますか?」


「高いと思ったらおよし、私の方から頼んだ訳じゃあない。お前の方から彫ってくれと頼んだ。高いと思ったらおよし。しかしお前に聞くが三井は百両の金で土台がぐらつくのかい?」


そこへすかさず、ギョッとした顔をして、


「とんでもない話で、それではなにぶんよろしくお願いを致しまが、手付けはいかほどで?」


「三十両ほど貰っておこうか」


「ここに三十両ございますからお納めください。残りは出来上がり次第お届け致しますので、何時ごろ出来上がりますでしょうか?」


「分からない」


「手前できますまで京に逗留(とうりゅう)しておりますので、出来ましたら江戸に持って帰りたいと思いますが」


「そりゃ無理だ、一年先になるか、五年先になるか、第一この京で出来るか、江戸で出来るか、奥州で出来るか、どこで出来るか分からない。出来た時には、こっちからそっちに知らせるからお前さんの方からそこまで取りにおいで。もしも出来なかったらこれは香典だと思って諦めておくれ」


最後の最後にぶっ込んできた、甚五郎にお客さんもビックリして笑っている。


「それでは、なにぶんよろしくお願いします」


「甚五郎先生ここで三十両ものお金が手に入りましたので、この京の街も見飽きてしまったので、繁盛を極めている江戸見物に行きたいという事を玉園に相談致しますと、何事も修行の為だのんびりと行ってこい。許しが出ましたのでこれから支度をして、江戸に下って参りました」


俺にはここから噺に入るのだろうと分かったが、お客さんたちは滑らかに噺に入っているので分からないであろう。

このまくらから噺に入る繋ぎ目がない様に感じ、まるで既に噺が始まっていたかのように錯覚させる。

次は竹の水仙に入って行きます。

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