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真夜中の恋

 私は介護福祉士と准看護師の資格を活かして、生命保険会社の委託を受け、深夜に相談の仕事を自宅でしている。

5年前から、持病と認知症が出ていた母を介護するためこの仕事に就いたが、母を見送っても続けている。

 仕事の合間に動画で30才位年齢差のある年下の彼氏さんと綺麗な女性カップルを見た。20代と50代だが、とてもお似合いだと思う。

 私も60才になり、ずっと独りなので、最後に一花咲かせたいとは思うが、器量がよくなく太っていて、男性から持てた経験もないから、恋なんて夢のまた夢だ。

 真夜中とはいえ、介護のこと、病気のことから、生活相談、愚痴や怒りをぶつけてくる人は多い。私にとってはどの人も、お客さまなので、丁寧に真摯に向き合う事を信条にしている。実際に母の介護経験もあり、人並みに苦労も分かるつもりだ。その所為か相談される皆様にも喜んでは頂いている。

 その夜も常連さんから、電話が来る。

「もしもし。今晩は。杉田です」「今晩は。叶です。お変わりありませんか?」

杉田さんは、38才で、マンションの管理人をされながら、お独りで認知症のお父様の介護をされている。相談時間に制限はないが、一応10分位としている。その夜も、独りで悩まれている細々としたことに、私なりにアドバイスさせていただく。

「いつも、有り難うございます。気持ちが落ち着き安心しました。お休みなさい」

「こちらこそ。いつでもご遠慮なくご相談くださいね。お休みなさい」

 こんな会話が週2回、半年程続いている。

 感じの良い38才の男性とただ介護や生活の相談話だけだが私も同じ悩みや苦労をしてきた者として親近感は持つ。

 たとえ、電話だけであっても若い男性と頻繁に話せる機会など早々ない。

 

いつしか彼と話すことが、楽しみであり生き甲斐にもなっていた。


その年の秋。杉田さんのお父様が亡くなった。心不全のためと言う。お悔やみのあと、もうこれで彼と話す機会は無くなると思うと寂しくなっていた。

 しかし、思いがけず杉田さんから、お世話になったお礼がしたいから、一度お会いしたいと電話が来たのだ。

 会いたいけれど、会えばがっかりさせる。年齢は言わなくて良いので、言ってないが。まさかこんなおばさんかおばあさんとは思われていないだろう。それに、声が昔から鈴を転がしたようには可愛いというか、若いのだ。声だけが取り柄と母からも言われていて、だから、この仕事にも就いた。

 しかし、会いたいと言われたら年齢を言うか、このまま行くか。顔を見れば分かることだし。

 でも、それで終わるだろうな。私は一体何を考えているのか。


一週間経って杉田さんから電話があり、思い詰めた様子。

「実は、僕は嘘をついています。ごめんなさい」

「嘘って?」

「年を若くお知らせしていた。本当は58才のおじさんです。あなたのような若い方に嫌われたくなくて。すみません」

 

 その日、私たちは喫茶店で会った。60才だと言った私に優しく微笑んでくれる。もう、若いとは言えないふたりだが、年相応ではある。

 髪の毛も薄く、お腹も出ている彼を見たとき、若くて格好良い男性にはもう、縁などないと思い知った。

 それでも、私と同じ、「いい日旅立ち」が好きな曲だと言い、「今度、父の納骨を兼ねて

実家のあった海辺の街に行くのでドライブしませんか」と誘われると行ってみたくなる。亡きお父様にもご挨拶したいし、こんな誘いも全くなかったから。

 私も彼も「いい日旅立ち」に旅情を誘われ聴きながら、待っていてくれる人が欲しかったのだ。

若くもイケメンでもないけれど誠実な方ではある。私にはそれで十分。

 真夜中から始まった恋が秋の光の中で白日に全てさらされ、これからどうなるのだろうか。

怖いような、楽しいような。

 まずは、いつもの暗闇から出て、明るい海を眺めて、深呼吸してみよう。何かが始まるためにも、何かを始めるためにも。

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