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ヤンデレストーカーな君が守るから

作者: 調彩雨

ざまぁ系ではないと思いますたぶん

 

 

 

「よって、あなたとの婚約は破棄する」


 記憶にない罪をあげつらった婚約者は、そう結論付けた。


「あなたの犯した罪に対しては、追って沙汰が下るだろう。せめて判事の心象を悪くしないよう、慎ましやかに、」

「待て」


 静止の声は、後ろから聞こえた。


 カツコツと、長靴ちょうかが床を鳴らす音。


「婚約を破棄する、そう言ったな?二言にごんも撤回もないな?お前は彼女の婚約者ではなくなると、それで良いな?」

「辺境公、突然割り入って来てなにを、」

「良いから答えてくれるかな。お前は、神鞭こうむちいばらとの婚約を破棄する。間違いないな?」


 相手は皇族だと言うのにこの不遜さ。相変わらず、この男の頭に円満な人付き合いをしようと言う気持ちは、微塵もないらしい。


 それが、許される立場だから、表立って咎められることはないが。


 事実、皇族の、皇太子である婚約者は、かなり不服気ながら男の問いに答えた。


「ああ。そう言った。私、東風宮こちのみや博和ひろかずは、神鞭荊との婚約を、このときをもって破棄する」

「そうか」


 頷いた男が、にい、と嬉しそうに微笑んで、わたしの肩を抱く。


「そうかそうか!つまり、このときをもって、彼女はお前たちと一切の関係がなくなる、と言うことだな!なるほどなるほど」

こうおおやけの場で、そうみだりに女性に触れるものではありません」


 外聞が悪いと肩に乗った手を除ければ、む、と眉を寄せられた。意味がわからないとでも、言いたげだ。


「なんで?きみとぼくの仲じゃないか。従兄妹だろう?きみはもう、誰のものでもなくなったわけだし」

「誰のものでもなくなったわけではありません。神鞭家の娘です」

「家長の命じた婚約を、破棄されておきながら?」

「それは」


 きゅ、と寄ったわたしの眉を指先でつついて、男は肩をすくめる。


「まあその辺りはあとにしよう。いまは、きみが婚約破棄されたと言うことだ。きみの縁付きは神鞭家とその分家だけになったわけだ」

「血縁はほかにもありますが」

「一族外など他人だよ」


 あっさり切り捨ての言葉を吐き、男は辺りを睥睨した。


「きみに害が及ぶのは本意じゃないと遠慮していたが、必要なくなったわけだ。それなら、さあ」


 とびきり凶悪な笑みで、男は言い放った。


「断罪を始めようか。ぼくの荊を貶めて、許されるはずがないのだからね」

こうの所有物になった覚えはありませんが」

「なら言い換えようか。ぼくの愛する荊」


 さあおいでと手を引くのは、上座に置かれた椅子の一つ。玉座でこそないが豪奢な椅子にわたしを座らせ、男はその肘掛けに腰掛けた。


「まず、どこから切り込もうかな。そうだね。それでは、きみの名誉を取り戻すところから始めようか」


 男の手がわたしの髪を一房取る。


 髪に触れるなんて、いや、肩を抱くことだって、いままではなかったと言うのに。


 だって、この男は。


「このこがなにをしたって?いつ?どうやって?ほら言えるだろう?神鞭家の直系令嬢に罪を着せようと言うんだ。証拠の用意はあるんだろう?」

「それは」


 証拠など、あるわけがない。

 わたしは悪事などなにも、していないのだから。


 できるわけがない。

 だって。


「言え。理由もなく、根拠もなく、神鞭家を貶めたのではないと言うなら」


 男が片手に端末を取り出す。その小さな端末が、いったいどれほどのスペックを持つのか、凡夫のわたしでは想像もつかない。


「早く言えよ。言えないと言うなら、ウチの弁護士団引き連れて、法廷に持ち込むよ。これは、立派な、名誉毀損だ」

「しょ、証人がおります!彼女に、命じられて、悪事を働いたと」

「うん」


 にこりと微笑んで、男は促す。


「じゃあ、その証人をここに。話させなよ」

「そ、そんなことをすれば、そのこが神鞭家にどんな目に遭わされるか」

「なら、いいよ。お前が聞いたんだろう。証言とやらを。話せよ。いつ、どこで、どうやって、荊から指示を受けたのか」


 端末を持った手を振って、男は問う。


「荊には、ぼく特製の発信機と盗聴器が付いてる。もちろん携帯端末の通信も傍受しているよ。二六時中、荊の行動はぼくに筒抜けなんだ。その、データで追った限り、荊が誰かに悪事を命じた形跡なんてなかったけど、いったいどうやって、荊がぼくの目を盗んで指示を出したと?」

「そ、れは……手紙!手紙です!!彼女は紙に書いて、指示を、」

「映像監視もしているけど?」


 あまりにもお粗末な証言に、男は呆れた顔をした。


「荊が話した言葉も、書いた文字も、一言一句(たが)わず記録してある。もちろん、機械監視だけでなく、ぼくの手のものに肉眼で監視もさせている。一人二人ではなくだ」

「……ふたりだけかと」

「ふたりは気付いてたんだ。すごいね?」


 男がわたしの頭をなでる。すごいなんて、思ってもいないくせに。


「さて」


 冷えきった声が空気を震わせる。


「反論は?」


 言えるわけが、ないだろう。

 ありもしない捏造の罪など、アリバイがないからこそ造り上げられるものであって、一秒たりとも監視の外れない人間の、やってもいない罪など、騙れるはずもない。


 土台、無理、なのだ。


「なるほど?つまりお前は、証拠もない妄言に踊らされて、神鞭荊の名誉をいたずらに傷付けたと言うことか。とんだ道化だな」

「か、んしが、外れている時間はあっただろう!」

「ないよ」


 間髪入れない断言だった。


「一瞬もない。見逃せないだろう?愛するひとの一分一秒だ。全部見るよ全部聞くよ全部目に焼き付け耳に染み込ませ脳に刻み込むよ。当たり前だろう。このぼくが荊の一挙手一投足を、見逃すわけがない」


 そう。その通りだ。


「だからね」


 男が、わたしを二六時中監視しその情報を一分いちぶ残らず把握しているヤンデレストーカーが、婚約者、否、元婚約者の横で被害者面していた女を、温度のない目で見据える。


「お前の無礼行為の一部始終も、お前が荊に投げた聞くに耐えない言葉の数々も、お前が荊にやった嫌がらせの全ても、記録されて警邏と司法に提出出来る状態でまとめられているんだよ。もちろん、さきのなにひとつ真実のない言い掛かりもね」


 と言うわけでと、男が辺りを見渡す。


 視線の動きに合わせてその先のものが、びくりと後退るのは、後ろ暗いからか、ヤンデレストーカーにおののいてか。


「この女と皇太子に与した全員。わかっているだろうね?お前たちは、神鞭家を、不当に貶め、侮辱したんだ。どう、落とし前をつけるのかな」

「とっ、盗撮は、犯罪、でしょう」


 まだ反論する元気があったのか、婚約者の横の女が言い返す。


 その気概は天晴れだが、残念ながら。


「盗撮ではないよ?」


 この男は、ただのヤンデレストーカーではない。


「許可は得ているから」

「は……?」

「なにを驚いているのかな。お前だって、納得してサインをしたのだろうに」


 金と才能と権力を、無駄に有り余らせた、ヤンデレストーカーなのである。


「さ、サイン?なんのことを」

「あはは。さすが、頭が軽いと記憶力も残念だ。いや、そもそも理解出来ていなかったのかな」


 こうの頭脳とぶっ飛んだ思考には、世界人口のほぼ全てがついて行けないと思いますが。


 そんな言葉をため息で押し流して、告げる。


「入学手続き書類ですよ」


 それだけではないが、こうが言っているのはそれだろう。


「学内及び学院周辺に、防犯のための監視網を敷くことに対する同意。ほかの項目と併せてですが、同意書があり入学者本人の署名が必要でした。同意出来ない場合は、入学を辞退したものとする、と」


 つまりこの学院の生徒である以上、学内と学院周辺にほぼ死角なく敷き詰められた監視網の、監視下に入ることを認めていることになる。同意を得た撮影は、この国の法律上盗撮に当たらない。当然、証拠としての効力もある。


「監視、網」

こうは遠隔監視設備で国内シェア一位の企業の、システムエンジニアですよ」


 この国の遠隔監視設備の、半数以上がこの男の手中だ。世も末なことに。


 それだけではない。


 気象衛星も、GPS装置も、通信設備も、地図情報ですら、この男に牛耳られている。


 ゆえにたとえ皇太子はおろかみかどであっても、この男には迂闊に逆らえない。


 そして。


「そんな、職権濫用じゃない!横領だわ!やっぱり犯罪よ!」


 なぜ、この女はこうも向こう見ずに、男に喰って掛かれるのだろう。神鞭家なんて目ではないほどに、恐ろしい男だと言うのに。


「職権濫用?逆だ」

「逆?」

「荊のために作った監視設備を、頼まれたから使わせてやっているだけだ。個人的理由で作ったものを、貸し与えている」


 当然だと言いたげに、男は言ってのける。


「働かなくても一生分はもう稼いでいるからな。営利目的で使う必要はないが、それでは困ると泣き付かれた」

こうのお陰で、この国の安全が守られていますからね」

「国はどうでも良いが、荊の生活は守りたい」


 逆であって欲しかった。わたしとしては。


「だから、当然、荊と関わるものの身辺調査はしているよ。一族郎党に至るまでね。いつ、なにがあっても良いように、ね」

「しんぺん、ちょうさ」

「そう。本当はぼくの手で市中引き回しの上で凌遅刑に処したいところだが、それは犯罪になるからね。べつに前科が付いても構わないけれど、それで荊を見守れなくなるのは御免被りたい。この手で切り刻めないのは残念だが、社会的抹殺くらいで済ませないと」


 対象は誰なのかが抜けているが、きっと訊かない方が、


「市中引き回し?そんなひどいこと、どうして」


 訊かない方が良いことに、なぜ踏み込むのかなその頭は飾りか。


「ぼくの荊を目に写して、ぼくの荊の目に映ったんだよ?当然の報いだ」

「ぇ……?」


 ああもう、さはれ!!


 ヤンデレストーカーはこれだから!!


「同じ星に、いや、同じ銀河に存在するだけでも許し難いのに、まして目に映る距離で?同じ空気を吸って?あまつ会話までしたならば、それはもう万死に値するだろう。みんな死ねば良いのに」

こう


 さすがに見かねて男の袖を引く。


「わかっているよ荊に嫌われるようなことはしない。荊に迷惑も掛けない。だから、今までは手出ししていないだろう?でも、関係が切れたなら別だ。荊と同じ世界に生きられる幸運を得ながら、荊に害を為すなんてあり得ない許せない潰してやる」

「ほどほどに」

「叩いて埃が出なければ、ぼくだって潰せはしないさ」


 なるほど?


「ひとつも過ちを犯さない人間なんていないでしょう」


 まして貴族だ。清濁併せ呑んでこそ、民を守れると言うもの。


「過ちを、許されるか許されないかは、当人の資質と人望次第だろう」


 つまりまともな人間であったならば、潰されることはない、と。


「実際、いちばん潰したいやつは潰せない」


 澄ましていれば美しい顔を恨めしげにしかめて、男が会場の一点を睨む。


 睨まれた少女は、おや、と目をまたたいてから、微笑んでひらひらと手を振った。


「ほら、あれが後ろ暗いところのないやつの反応だ。可愛げのかけらもない」

「わたしの友人を目の敵にしないで頂けますか?」

「…………」


 無言もやめて頂きたい。


「きみを助けもしないやつを友人と呼ぶの」

「それは」


 これを言うのは卑怯だろうか。


こうが守るから大丈夫だろうと、思ってのことでしょうね」


 わたしが二六時中監視されていることも、わたしに近付くことでその監視網に引っ掛かることも、わかった上で彼女は友人でいてくれているのだ。


 わたしに後ろ暗いことがなければ証拠付きで言い掛かりなど跳ね除けられることを、理解していて静観していた彼女を、わたしは薄情とは思わない。


 現にこうして、ヤンデレストーカーの手によりわたしの名誉は守られたわけだし。


 それ以外の部分で、名誉が傷付けられた気もしないでもないけれど。


 わたしの名誉挽回は済んだ。

 これ以上、こうを野放しにするのは報復にしてもやり過ぎだろう。


「ところで、こう?」

「なにかな、僕の可愛い荊」


 わたしが呼べば、こうは必ず答える。


 お願いすれば、九分九厘は応と言う。


 呼べるような位置にいて、お願いが出来るならば、だけれど。


 だから。


「わたし、今日、卒業しました」

「そうだね。おめでとう」

「お祝いに、連れて行っては頂けないのでしょうか」

「え」


 こちらを見下ろす男の瞳が、きょとん、と見開かれた。


 あらあら、珍しい表情ですこと。


こうのお陰で、平穏に学院で生活が送れました。ですからいちばんに、こうに祝って頂きたかったのですが」


 頬に手を当て、首を傾げた。


「忙しそうですから、無理は、」

「無理なわけがないだろう」


 皆まで言う間もなく、男は断言した。


「荊の望み以上に優先されることなどないよ。屑の処理など部下に任せれば良い。もう証拠は上がっているのだから子供のお使いも同然だ。それで?荊はお祝いになにをして欲しい?どこに行きたい?望みはなんでも叶えよう」


 立板に水とばかりに言われて、微笑みを返す。


「もう予約してあります。ご存知でしょう?」

「え?でも、それは」


 本来であれば卒業後すぐ、皇太子婚約者として皇居に入ることになっていた。だからその前、自由になる最後の時間として、友と卒業旅行をする予定だった。


 老舗の、小さな旅館を貸し切って、一週間のんびりと。わたしや友の兄弟も連れ立って、人目を気にせず過ごせるように。


「ご自身でおっしゃったでしょう?従兄妹だと。もうひとりの兄上のようなものなのですから、家族旅行に混じったっておかしくありません。ね?」

「そうですね。うちの従姉妹も来ますから」


 相槌をくれたのは、さりげなく近付いて来ていた友人。


「貸切ですから宿泊者をひとり増やすくらいわけはありません。わたくしと可愛い荊の卒業祝いですもの、わがままは叶えて貰わなくては」


 ね、と笑う友人に、ええ、と笑顔を返す。


 そうして、今まで一度たりとも届いたことのなかった手を伸ばす。


 わたしの座る椅子の肘掛けに座っているのだ。あっけないほど簡単に、わたしの手は男の手に届いた。


 骨張った、しかし滑らかな手が、わたしの手の中に。


「ねえ、こう?お祝いをして、下さるのでしょう?」


 こうはヤンデレストーカーで。


 常にわたしを監視し、危険があれば守りながら。


 決して、わたしのそばには寄らず、わたしの視界に入ることすら、ほとんどと言って良いほどなかった。


 けれど、こうはわたしを守るから。


 こんな風に、わたしがおおやけの場で貶められれば、生身で助けてくれるのではないかと思った。


 今まで届いたことのなかった手を掴み、引き寄せ、指を絡め、両手で握る。


 婚約は、あちらから破棄されたのだ。


 もう、わたしは、我慢しなくて良い。


「一週間、そばにいて下さいね、こう?」


 あなたがわたしを見続けた分、今度はわたしに、あなたを見せて貰おう。


 戸惑ったように、男は手を引こうとするが、許しはしない。


 彼の大好きな、可愛い荊の顔で、首を傾げる。


「駄目、でしょうか?」

「駄目なわけがない。君の望みは、なんだって叶える」

「ありがとうございます。嬉しい」


 にっこりと、微笑む。


 やっと、手が届いた。


 やっと、捕まえた。


 さあ次は、どうやって囲い込もうか。




拙いお話をお読み頂きありがとうございます


このくらいなら現実世界で許されるでしょうか


こう言う

ある意味強い女の子が好きです

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