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第七話 勝利

 バキバキバキ!


 スワンがホテルの柱を握り潰す。パワードスーツから出力されるパワーは人間の力をはるかに凌駕している。

 柱は一瞬で崩れ、天井に亀裂が入り、シャンデリアが音を立てて落ちる。


「うん。絶好調だ」


 スワンは納得したように頷いた。


(捕まったらあの拳に潰されて死ぬな……)


 スワンがこちらへ向かって拳を振り下ろす。リチャードは咄嗟に剣で防ぐ。


「くっ……」


(重い……なんだこの力は!)


「ほう、パワードスーツを着た俺のパンチをなんなくガードしたか。勇者の腕っぷしは噂には聞いていたが、なかなかのものだな」


(気を抜いたら押し潰される……耐えろ……!)


 リチャードは剣の握り方を変えた。加える力の微妙な変化を感じ取り、剣が形を変える。モードチェンジだ。

 決戦に備えてリチャードが買った武器「地震雷火事親父」には四つのモードが搭載されている。

 一つ目は地震モード。剣で切ったものに振動を与える。剣の形に変化はない。

 二つ目は雷モード。剣の先端から電撃を放出する。剣の形は稲妻のようだ。

 三つ目は火事モード。これは火炎が放出される。剣は炎のシルエットのような形になる。

 そして四つ目は親父モード。この能力はリチャードにもまだよく分かっていない。剣は真っ黒に変わる。


「火事モード!」


 リチャードは剣を振る。


 ボオッ!


 ホテルのラウンジの床に炎が噴きつけられる。鮮やかな黄色と赤色が一面に広がる。

 スワンにも火炎が噴射されたが、スワンはリチャードから距離を取り、それを難なく手で払った。スーツに火が移ることはない。


(なるほど、あのスーツは熱さを感じないのか。しかも耐火構造ときてる。火力でゴリ押しできるか……?)


 リチャードはスワン目掛けて火炎放射をした。スワンは仁王立ちで火炎放射を正面から受け止める。


 ボオオオオオ!!


 火炎放射はスワンの丹田に当たるが、スワンにもパワードスーツにもダメージが入っている様子はない。


「やっぱダメか」


 火事モードでは勝てないと判断したリチャードは、再びモードチェンジをした。


「雷モード!」


 リチャードはスワンに電撃を放つ。


(ショートしろ!)


 しかし電撃も効かない。


「このスーツはUPSを搭載している。雷は効かない」


 スワンは言った。

 UPSとは、無停電電源装置のこと。電源障害が発生したときのために電力を供給することで故障を防ぐ。これを使えば、例えば落雷の際に発生するサージ電流と呼ばれる瞬間的に定常状態を超える電流のせいでデータが消失するといったトラブルを防ぐことができる。

 UPSはその性質上、特別な配慮を必要とする製品が多い。医療機器など、人身に直接関わる機器にUPSを使用することは推奨されていない。


(雷も効かないか……)


「地震モード!」


 リチャードは斬撃を飛ばす。スワンは涼しい顔で全てを回避する。しかし斬撃が飛んだ先の壁や床が激しく震え出す。


 ゴゴゴゴゴ……!


「あぁ!? なんだこれは!」


 スワンがバランスを崩す。


(今だ!)


 リチャードはスワンのパワードスーツの胸元を斬った。パワードスーツの胸から腹にかけての部分が振動して弾け飛ぶ。


「しまった!」


(振動は効く! これが突破口だ!)


 リチャードが剣をスワンに突き刺す。スワンはそれを両手で白刃取りして止める。


「ぐぐぐ……」

「観念……しろ!」


 リチャードが力をぐっと込める。スワンの力で押さえ込まれていた剣がゆっくりと動き出す。


「あああああああ!!!!」


 スワンが叫ぶ。首筋に血管が浮き出る。その必死な形相に怯むも、リチャードも全力で抗った。


「うおおおおおおお!!!!!」


 リチャードの剣がスワンの腹部を貫いた。スワンは顔を歪めながら吐血する。


「くそ……なかなかやるな」

「どうも」


 リチャードが一気に剣を抜くと、スワンは仰向けに倒れた。


「よし、終わり」


 倒れるスワンをリチャードは見下ろした。スワンのパワードスーツの肩の部分に、あるマークを見つける。


「JIS Aだ」


 Joker Industrial Standards Arms。頭文字をとってJIS A。戦況をひっくり返しうる最高の切り札となる武器についての国家規格だ。

 JISはジョーカーと呼ばれる人間がトップに立って形成された、この規格を運用する組織の名前で、その組織が作った、規格を満たしていることを表すマークの名前でもある。

 リチャードが買った武器「地震雷火事親父」にもJIS Aがついている。

 一般的な戦闘では、JIS Aがついた武器を持っている方が勝利する。それほど強力な武器である。

 国際規格JISには分野別にAからZまで存在し、そのうちQは情報セキュリティに関するものである。例えば品質マネジメントシステムはJIS Q 9000、環境マネジメントシステムはJIS Q 14001、個人情報保護マネジメントシステムはJIS Q 15001、サービスマネジメントシステムはJIS Q 20000、情報セキュリティマネジメントシステムはJIS Q 27001、クラウドサービスのための情報セキュリティ管理策の実践の規範はJIS Q 27017、リスクマネジメントシステムはJIS Q 31000と決まっている。

 

「勇者よ……」


 スワンが細い声で喋り出した。周囲の炎の音で掻き消えそうな声だった。


「お前は、俺が魔王と繋がってると踏んでるんだろうが、それは全くの見当違いだ」

「……お前の言葉は信用できない。それに、お前が魔王と繋がってるかどうかは実の所どうでもいい」

「なんだと?」


 リチャードはJIS Aを指した。


「お前とジョーカーは繋がってる。そのパワードスーツは量産されてないオーダーメイドだろ?」


 スワンは笑った。


「そうか。俺の次はジョーカーか。魔王にいつか辿り着けるといいな」

「辿り着くさ。必ず」


 ゴッ!


 突然の衝撃に、リチャードは何が起こったのか理解できなかった。後頭部に衝撃を感じて、リチャードは倒れた。

 何者かに殴られた。辛うじてそれだけは分かった。


「勝利に酔いしれてるところ悪いが、お前は一体何と戦ってたんだ?」


 リチャードの背後には、たった今倒したはずのスワンがいた。こちらのスワンも、パワードスーツを着ている。


「な……! どういうことだ……?」

「分かるだろ? アンドロイドだよ」


 スワンは笑った。


「こっちが本物か……」

「んー、ちょっと違うな。俺が本物というわけでも、お前が今さっき倒したのが偽物というわけでもない。ただ二人いたんだ」

「は?」

「そもそも俺は人間じゃない。アンドロイドだ。世間には人間ということで通してるがな」

「何を訳分かんねえこと言ってんだよ。そんなことできるわけないだろ!」

「なぜできないと思う? 外見は人間とそっくりのアンドロイドが、人間の振りをして生きることは簡単だ。お前が思っているよりずっと」


 リチャードは言葉が出なかった。あまりに衝撃的な事実に混乱するばかりだった。


(世間には人間で通す? 普通は無茶だが、それを可能にするだけの後ろ盾があるのか……?)


「言っただろ? お前らはここで死ぬって」


 スワンが倒れるリチャードにとどめを刺そうとしたそのとき、スワンの身体を何者かが押さえた。


「ん?」


 アンドロイドの記者だった。それも一人ではなく、五人ほどの。


「なぜこいつらが……」

「乗っ取ったからよ!」


 慌ただしい足音がする。やってきたのはエリカだった。その後ろには多数のアンドロイドがいる。


「IoT機器の乗っ取りには十分注意することね!」

「……ガーディアンか」


 エリカはアンドロイドと共にスワンに近付く。


「まさかあなたがデュプレックスシステムを導入したアンドロイドだとは思いもしなかったわ」


 同じシステムを二つ用意して、片方を稼働させ、もう片方を待機させる手法をデュプレックスシステムと言う。同じシステムで常に同じ処理を行わせるデュアルシステムと合わせて、システムの信頼性を高める手法だ。

 信頼性とは、安定して期待された役割を果たすことができる能力のことだ。

 デュプレックスシステムには、ホットスタンバイ、ウォームスタンバイ、コールドスタンバイがある。これは待機しているシステム、待機系が稼働状態にあるか、起動状態にあるか、停止状態にあるかで区別される。


「でかした。そのままそいつを押さえとけアンドロイド」


 リチャードは立ち上がった。


「これで最後だ」


 リチャードは剣を握り、スワンを斬った。斬撃はパワードスーツを抉り、本体にまで届く。


「がはっ!」


 スワンは倒れた。


「……これで全部だな」


 安堵の溜め息をつくと、リチャードも倒れた。


「ちょ、こんなとこで倒れないで! 火が回ってるから危ないです!」


 エリカがリチャードに駆け寄ろうとするが、炎に阻まれて近付けない。


「あつっ!」


 アンドロイドがリチャードの元へ進む。炎を意に介さず、アンドロイドはリチャードを抱えた。


「よくやった!」


 エリカとアンドロイドはホテルを出た。近隣住民が通報したのか、外には消防隊が集まっており、まさに今から救助と消火が始まろうとしていた。


「やりましたね」


 リチャードの表情は暗かった。


「スワンのアンドロイドが二体だけという保証はないですよ。でもまあ、一段落しましたね」


 救急隊員が近寄ってきたが、リチャードは手で制した。


「近くに宿をとりましょう。傷が癒えたらジョーカーを調べます」

「ジョーカー? ジョーカーって、あのジョーカー?」

「スワンに武器を提供していました。恐らくスワンの裏の事業を知っていたはずです。魔王との繋がりがあるかもしれない」

「なるほど!」


 エリカはホテルをとろうと、スマホを取り出した。

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