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第六話 戦闘

 記者会見の会場は、とあるホテルの一室だった。芸能人が不祥事を起こしたときなどによく使われる、有名なホテルらしい。


「ここからすぐ近くですね」


 個人情報と一緒に記者会見の場所と日時を窃取したエリカは、すぐにタクシーを捕まえた。


「記者会見にマスコミ関係者として参加して、質疑応答のときに盗撮と脱獄の件をぶっ込むんです。狼狽するスワンの様子は生放送で全国中継されるという寸法ですよ!」

「僕ら関係者じゃないけど、会場に入れるんでしょうか?」


 リチャードの懸念は当たった。会場となる一室には扉にカードリーダーが設置されており、マスコミ関係者だけが持っている入館証をかざさないとその扉が開かない仕様となっていた。


「これじゃあ入れませんね」


 エリカは不敵な笑みを浮かべた。


「大丈夫です。私が今からやることを真似してください」


 エリカは扉へ向かう記者を見つけると、その背後を歩く。


 ピッ。


 前の記者が入館証をカードリーダーにかざした。扉が開き、記者が中に入る。

 扉が閉まる前に、エリカは早歩きで部屋の中に入った。


「あー、そんなんでいいのか」


 これは共連れと呼ばれる。入室を許可された者が部屋に入るタイミングで、入室を許可されていない者が一緒に入室する行為だ。情報セキュリティの観点から企業側が減らしたい行為の一つで、セキュリティゲート、アンチパスバック、監視カメラといった対策もあるものの、完全に防ぐことは難しい。

 リチャードも共連れで入室する。

 リチャードとエリカが会場に到着したとき、中には多くの記者がひしめき合っていた。

 テーブルの上にマイクが置かれただけの簡素なセッティングが、これからここで記者会見が始まることを示していた。


「めっちゃ人多いですね」

「好都合です。私達が記者じゃないとバレにくくなりますから」


 エリカが会場の隅に置いてあった造花を触った。


「偽物かい」


 触るまで造花だと気付かなかったようだ。リチャードも遠目から造花を見た。


(確かによくできているな……)


 少しして、二人の人間が中に入ってきた。一人は小太りの男、そしてもう一人はホームページで見た男だ。スーツ姿の、細目で顎が尖った男。

 株式会社スワン代表取締役、スワン。


「きたきた」


 エリカが小声で言った。

 スワンは席に着き、小太りの男は会場の端のマイクを手に取った。彼は進行役らしい。


「えー、ただ今より、記者会見を始めたいと思います」


 記者会見が始まった。


「本日弊社が複数のサイバー攻撃を受けました。その結果サーバはダウンし、個人情報が10万件流出しました。サーバに関しては現在復旧しており、ユーザーにはパスワードを変更するようにメールで案内済みです」


 小太りの男はハンカチで汗を拭った。


「何かご質問がありましたら、挙手をお願いします」


 エリカは迷わず手を挙げた。


「あ……では、そちらの方」


 スタッフが走ってエリカにマイクを渡した。エリカはマイクの電源を入れ、立ち上がる。


「エブリデイ新聞のエリカです。今回のサイバー攻撃は社長が脱獄スマホを販売したことへの報復という噂を耳にしました。それは本当でしょうか?」


 スワンがマイクを持つ。


「そのような事実はございません」

「捕まった盗撮犯はあなたの名前を口にしてましたが」

「ですから、そのような事実はございません」


 スワンはきっぱりと否定した。


(まあ、否定するよな)


 エリカは怯まず続ける。


「情報セキュリティを構成する要素の一つに、否認防止というものがあります。やったことを後から『やってません』と言えないようにすることです。否認防止の技術には、例えばログの保存だったり、タイムスタンプやデジタル署名だったりがありますが。今回は簡単でしたね。あなたと盗撮犯のメールのやり取りが見つかりましたから」


 エリカはプリントアウトした紙をスワンに渡す。それは確かにメールの文面だった。


「捏造か」

「私の話聞いてました? 否認防止の技術があるんですよインターネットには。早いとこ認めた方がいいんじゃないですか?」

「いや、俺がやってないと言えばそれはやってないんだよ」


 スワンがすっと手を挙げた。それを合図に、エリカの隣にいた記者がエリカの腕を掴む。


「ちょ、何してんの!?」


 スワンがニヤリと笑った。


「ここで勇者とその仲間を殺せばいい」


 リチャードは立ち上がって辺りを見回す。

 記者が全員こちらを見ている。その目は明確な殺意に満ちていた。


「ハメられたか……」


 リチャードはエリカを掴む記者を躊躇なく殴り飛ばす。人間の皮膚とは思えない硬い感触が拳に伝わる。

 記者は壁際に吹っ飛んだ。


「いってぇ!?」


 リチャードは自分の拳を見つめる。記者を殴った部分が赤くなっていた。


「まさかこいつら、アンドロイドか」


 スワンが手を叩く。


「その通り。戦闘用に改造されたアンドロイドだ。人間の身体能力を遥かに凌ぐ!」


 スワンは小太りの男に先導され、部屋から出ようとする。


「ちょっと待て! どこ行く気だ!」

「俺に死体を眺める趣味はない」


 そう言い残し、二人は退室した。


「くっそ……!」


 リチャードは後を追って走るが、アンドロイド達が扉の前に立ち塞がる。


(こいつら全員倒さないと先に進めないか……全部でざっと100人はいるな)


 エリカがアンドロイドに襲われないように、壁際にポジションを取る。

 無言で殴りかかってくるアンドロイドを華麗にいなしながら、リチャードはアンドロイドを攻撃する。


(人型は戦いづらいな……人間を殴ってるみたいだ。感触は硬いし血が出ないのは人間と違うところだけど)


 殴り飛ばされたアンドロイドは、バラバラになって首が飛んでいく。なんともむごい光景だった。


「チッ、キリがない」


 アンドロイドはまだ数十体いる。全て倒すまでに、こちらの体力が持ちそうにない。


「あれを試すときか」


 リチャードは剣を取り出した。金色に光る剣がバチバチと音を立てている。


「決戦前に勝ったこの武器『地震雷火事親父』で一網打尽にしてくれる!」


 リチャードは剣を横に薙ぐ。その先から雷が迸る。


「ギギギ……」


 アンドロイドは言葉にならない言葉を発して止まった。


「アンドロイドと言えども所詮IoT機器。物理的脅威の前にはなす術なしですね」


 エリカが解説してくれた。


「IoT?」

「はい。Internet of Things。モノのインターネットという意味で、色んな製品がインターネットに繋がることで情報を処理、分析、活用されることを意味します」


 リチャードは顎に手を当てた。


「……どうしました?」

「ああいや、インターネットに繋がってるのなら、アンドロイドもサイバー攻撃できないかなと思って」

「ふむ。TCPの23番ポートはIoT機器の遠隔操作用プロトコルで使用されてますから、確かにやれないことはないですね。盲点でした」


 TCPとはプロトコルの一つだ。3ウェイハンドシェイクでのコネクションの確立など、送達管理や伝送管理の機能を持つ。

 TCP/IPプロトコルスイートと呼ばれるプロトコル群があり、下層からネットワークインタフェース層、インターネット層、トランスポート層、アプリケーション層と続く。4階層からなるこの階層モデルで、TCPはトランスポート層に位置づけられている。

 プロトコルは、通信の際に取り決められるルールだ。

 トランスポート層はアプリケーション間の通信を実現させることを役割とする。このアプリケーション間の通信の際、アプリケーションの識別に利用する番号がポート番号である。

 ポート番号は16ビットで表される。16ビットで表される数字は0から65535までだが、利便性を上げるために世界的に標準のポート番号は1023までの数字で割り振られている。これはシステムポートと呼ばれる。

 例えばWebサーバに使われるHTTPはTCP80番、電子メールの送信に使われるSMTPはTCP25番、電子メールの受信に使われるPOP3はTCP110番と決まっている。

 遠隔操作の通信プロトコルもまた、23番と決められている。つまり、23番ポートに不正ログインすれば、IoT機器を乗っ取ることが可能なのだ。


「勇者様は社長を追いかけてください! 私はここでアンドロイドに不正ログインができないかやってみます!」

「分かりました!」


 リチャードはエリカを置いて会場を出た。スワンがどこへ行ったのか分からないが、とにかく走る。

 会場を出て、廊下を走る。ホテルのラウンジに出ると、スワンと小太りの男がいた。


「おや、死ななかったか。勇者の力を見誤っていたな」


 二人はコーヒーを飲んでいた。匂いがリチャードまで届く。


「こっちも勘違いしてたよ。ただの脱獄スマホ売りじゃなかったみたいだな」

「まあ、あれは副業だな。改造したスマホ売って盗撮させて、それを売り捌いて金にする」

「犯罪だろ」

「珍しいことじゃない。莫大な金を稼ごうと思ったらどこかで法に触れる瞬間は出てくるものさ。政治家だろうが医者だろうが、アンドロイド販売会社の社長だろうが。君のような下級国民には分からないだろうけどね」


 リチャードは剣を構えた。


「今この国で一番権力を持ってるのは僕だぞ」

「ああ。だから君には死んでもらう」


 スワンは服を脱いだ。スーツの下に何やら見たことのない服が見える。


「これはパワードスーツ。人体の可能性を極限まで引き上げてくれる衣服型マシンだ」


 パワードスーツからは煙が噴出している。

 スワンはファイティングポーズを取った。


「さあ、始めようか」

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