第三話 盗撮
「PDCAを回します!」
エリカは高らかに宣言した。ハンバーガーショップを出た二人は、駅内のコンコースを歩いている。
リチャードはどこへ向かって歩いているのか分からないが、迷いのない足取りのエリカの後をついていく。
ディスプレイに表示されるデジタルサイネージには、一人の男性が笑顔でピースしている。その横には「ほとんど人間。超高性能アンドロイド発売中! 株式会社スワン」という文言。
ピースしている男性はどうやら人間ではなく、アンドロイドらしい。
(すげえ世界になったなぁ。AIが仕事してアンドロイドがいて。もう人間いらなくね?)
「話聞いてます?」
エリカがリチャードの顔を覗き込んだ。
「ああ、ごめんなさい。何でしたっけ、PD……」
「PDCA。Plan、Do、Check、Actionで一巡するサイクルです。計画を立てて、その計画を実施して、実施した計画を点検して、計画を改善する。このPDCAサイクルを何回も何回も回すことで、計画をどんどんブラッシュアップされていき、最終的に最強の計画が完成するわけです!」
「なるほど」
リチャードは頷いたが、あまりよく分かっていない。
エリカはリチャードの理解などお構いなしに続ける。
「最強の計画ができれば、盗撮犯を捕まえるなんてお茶の子さいさいですよ!」
エリカは足を止めた。目の前には服屋がある。
服屋のショーウィンドウの中では、三体のマネキンが歩いていた。アンドロイドでできたマネキンは表情を細かく変えて動きながら、たまにショーウィンドウ越しに客に手を振る。
マネキンは一人ひとりに個性があり、顔も髪型も肌の色も違っていた。それぞれが自分に合った服を着せてもらっていた。
「まずはPlan。盗撮犯を捕まえる計画です。私が今から服を買って、盗撮されやすい格好になります。盗撮犯がのこのこ出てきたら勇者様はとっ捕まえてください」
「は、はい……」
返事をしたものの、リチャードにはまだエリカの計画の全貌が見えてこない。
(盗撮されやすい格好って何だ?)
エリカはすたすたと服屋に入っていった。
リチャードが店の前で待つこと十分。
「お待たせしました!」
エリカがやってきた。ミニスカにハイヒールという姿で、ヘッドホンをつけている。
「その格好が、盗撮されやすい格好?」
「その通りです」
エリカは丁寧に解説してくれた。
「ミニスカはマストアイテムですね。ズボンやロングスカートだと中を盗撮できませんから」
(確かに)
「ハイヒールのポイントは動きづらさです。もし見つかったときにこちらがすぐに動けないと、盗撮犯は逃げ切りやすいので、盗撮犯的にはハイヒールはありがたいんです」
(そうなんだ)
「ヘッドホンやイヤホンは周囲に注意が向かなくなるので、盗撮がバレにくいですね。イヤホンよりもヘッドホンの方が目立つので、盗撮しやすい人間であることをよりアピールできます」
(なるほどねぇ)
リチャードは感心しきりだった。
(この人はどこからそんな知識を入れてくるんだろうか。それともガーディアンはみんな、これくらいのことは知ってるのか?)
エリカが買い物で使った金額は3点合わせて8万6052円。王から貰った資金の残高はこれで99660630円となる。
しかし、実はオンライン口座で確認できる残高の数字は少し違う。その事実に二人が気付くのはもう少し後の話だった。
着替え終わったエリカは服屋を出て歩き出す。
「次はDo。実践です。今からエスカレーターに乗りますから、勇者様は下の方で見ててください」
来た道を戻り、二人はコンコースにあるエスカレーターの前にやってきた。
エリカは意気揚々とエスカレーターに乗った。エリカはヘッドホンを付けてスマホを操作している。
スカートはかなり短く、後ろに立つ人間がスマホを少し前に出せば簡単にスカートの中を盗撮できそうだ。
リチャードは近くのベンチに腰を下ろし、エリカが上っていくのを眺める。
しかし盗撮されることはなく、エリカはエスカレーターを上り切った。エリカは不服そうな顔で下りのエスカレーターに乗って降りてくる。
「ダメでしたね」
「次はCheckです。勇者様、私を見てどう思いましたか?」
「え? うーん……なんか、ワクワクしてるように見えました」
「ワクワク?」
「盗撮を今か今かと待ってるみたいな」
「なるほど。それでは盗撮されませんね。ではActで改善策を立てましょう。ワクワクがダメなら、オドオドする必要がありますね」
「そんな器用な演技ができるんですか?」
エリカは胸を叩いた。
「任せてください! PDCA二巡目です!」
リチャードは再びエスカレーターに乗るエリカを見届けた。少々わざとらしいが、オドオドとした感じがよく出ている。
(でも本当にこんなので盗撮されるのか?)
リチャードが疑問に思い始めた頃、エリカのすぐ後ろにスーツ姿の男が立った。
リチャードは男の手元に視線を移す。
(スーツ着てるってことは仕事してる人だろ。仕事してるなら盗撮犯ではないよな……念のため見ておくけど)
男はスマホを取り出す。慣れた手つきで操作すると、そのスマホを徐にエリカのスカートの中に近付けた。
盗撮の仕草だ。
(嘘!? マジか!!)
リチャードはベンチから立ち上がり、助走をつけてから思い切りジャンプした。エリカと男はちょうど上り切り、エスカレーターから足を離そうとしていたところだった。
リチャードの跳躍はエスカレーターを軽々と飛び越える。そのままリチャードの膝は男の後頭部目掛けて振り下ろされた。
ゴン!
男はうつ伏せに倒れた。持っていたスマホが音を立てて床を滑る。
エリカはスマホを拾い上げると、男の指を持ってスマホに押し付けた。指紋認証が解除されたスマホのカメラアプリを起動し、シャッターボタンを押す。
シャッター音は鳴らない。
「ビンゴ!」
エリカはガッツポーズをした。
「シャッター音が鳴らないスマホって本当にあるんだな」
リチャードは男を片腕で押さえながら言った。
「な、なんなんだお前ら!」
男は叫んだ。取り押さえたのがちょうど改札の前ということもあって、大勢の人達がリチャード達を見ていた。リチャード達を囲むように人だかりができてさえいる。
「ちょっとちょっと君達。喧嘩?」
駅員室から駅員が出てきた。リチャードは勇者の紋章を取り出した。
「僕は勇者です」
「なっ……!」
駅員は大きく目を見開いた。
勇者とガーディアンには数多くの特権が与えられる。その一つは不逮捕特権だ。
勇者が武器を所持しても銃刀法違反にはならないし、誰を殴り飛ばしても暴行罪は適用されない。討伐の命令が達成されるか取り下げられるまでは、勇者とガーディアンはいかなる法律でも裁くことはできない。
何をしても許されるのだ。
「騒ぎを起こしてごめんなさい。盗撮犯を捕まえただけなんです。でもまあ、違法じゃないんで許してくださいね」
駅員は苦虫を噛み潰したような顔をすると、駅員室に戻っていった。
(勇者の権力すげえな! 政治家になった気分だ……。あの駅員には悪いことしたけど、こっちも遊んでるわけじゃないからな)
エリカは盗撮犯に詰め寄っていた。
「あなた、このスマホを誰から貰ったの?」
「な、何の話だ……」
「とぼけないで。これは脱獄スマホよ。盗撮犯が脱獄スマホを知らずに使ってるわけないでしょ。まさか自分で改造した? 調べれば分かることよ」
「べ、別に盗撮ぐらいいいだろうが! 減るもんじゃあるまいし! おっぱいを揉んだわけでもねえのによぉ!」
「良くないわ。立派な条例違反よ」
ピシャリとエリカは言い放った。
「ぐ……そ、そんな短いスカート穿いてるんだからいいだろ!? 盗撮してくれって言ってるようなもんじゃねえか!」
「そんなこと言ってません!」
(まあ、盗撮犯を誘い出すために短いスカートを穿いたのは本当だけど……)
リチャードは心の中でツッコミを入れた。
(しかしこの人強気だなぁ。こんな公衆の面前で現行犯として取り押さえられたら、僕ならパニックになって何も言えないだろうな)
男は険しい表情でエリカを睨む。エリカは全く怯むことなく、詰問を続けた。
「それで、さっきの質問に戻るけど。このスマホを誰から貰ったの?」
「……これは、スワン様から買ったんだ」
「スワン?」
「脱獄王スワン様だ。どんなガチガチにセキュリティを固めたOSでも、ほんの少しのセキュリティホールさえあれば脱け出せる天才さ」
男は誇らしげに語る。
「スワン……? あっ」
リチャードはデジタルサイネージに目をやる。「株式会社スワン」の文字が目に入る。
「へへ……そうさ、脱獄王スワン様は株式会社スワンの社長だ。俺が何遍パクられてもな、スワン様は助けてくださるんだよ」
盗撮犯の言葉に、エリカの声色が変わった。
「何? 初犯じゃないのあんた」
「へっ。お前らみたいな正義漢に捕まったことは何回もあるよ。でもその度にスワン様が手を回して無罪! スワン様の権力の前じゃゴミ同然さ! 俺は無傷でまたシャバに出て、気の弱そうな女のパンツ撮って、その画像を高値で売るんだよ。俺みたいに腕のいいカメラマンはそうそういねえからな。この前もな、めちゃめちゃエロい下着穿いた女を撮って……」
リチャードは男のネクタイを掴んで引っ張った。
「ぐ、ぐるじい……」
「試してみるか? 僕が小悪党のドンの権力の前でゴミ同然になるのか」
男は黙った。
リチャードはエリカに目配せした。エリカは頷く。
「行きましょう。株式会社スワンに」