75話:「再会」
期末試験はやはり難なく解き終わった。大体教科書や資料集など指定範囲の決まっているものは日頃の努力が物を言う。詰め込みなんて論外だ。そうするより選択肢の確率を計算した方が遥かに有意義である。教師サイドも事前準備として問題を変えるほどの時間的な余裕はない。
教室の空気は完全に弛緩し切っていた。それもそのはず、一学期のラスボスを乗り越えた学生にとって目前に迫るのは夏休みだけだった。補習が確定している一部の人たちを除いて誰もかれも表情は明るい。釣られるように大平下も気分が良くなる。しかし彼も補習が確定していた。肝心なことを忘れていた訳ではない。ただ、無駄に辛い現実からは逃げられるだけ逃げた方がお得だと感じていた。
チャイムが鳴って人々はそれぞれの目的地へと散っていく。テストが終わったことで部活動は青少年を押さえつける本来の役割を取り戻していた。必死に走り込む野球部の掛け声や吹奏楽部のチューニング音を横目に大平下は保健室を目指す。そこにいるだろうと推察される彼女に用があった。
「よう」
保健室のスライドドアを開くとそこには見覚えのある少女がいた。できるだけフランクに接しようと振舞うがその努力は実を結ばない。
「あ……」
もはや説明不要の出で立ちをした少女。蒲須坂はいつもの態度ではなかった。こちらを見つめる小動物のような視線はどこか弱々しい。
「なんていうか、久々だな」
できるだけトラウマを引きずらないように大平下は平静を装う。保健室なら養護教諭がいてもおかしくないと思ったが、幸いにもこの場には彼女の他に気配はない。
言いたいことはたくさんあった。まずは謝罪がしたい。理性のタガが外れてただひたすらに暴れた文化祭。その埋め合わせを何処かで達成したかった。ただの自己満足かもしれない。だが、たとえこの場で彼女との縁が切れたとしても成さねばならないことはこれ以外にない。
「そうだね。うん……」
蒲須坂が顔を背ける。下を向くと共に声のボリュームが小さくなる。その態度だけでこちらに対する現在の印象が伺える。
「……」
把握していない訳ではなかったが、実際に目の前でこうも嫌がられると精神的に厳しいものがあった。以前の自分ならなんとなく流しきれた言動も他人と接する機会が増えれば増えるほど、その免疫を大きく失っていく。
「あ、あの……」
見かねた様子の蒲須坂が大平下へと囁く。さながら助け船のようなそれは二人が本格的に初めて話したあの日の放課後を想起させる。
「ど、どうした?」
「え、えっと……」
しかしあの時と状況は大きく異なる。お互いを知ってしまったからにはいつも通りにはいかない。ましてや今の空気は最悪も最悪。モースト・オブ・最悪だ。文末の途切れた微妙な声が室内に響き渡る。だが重苦しい雰囲気は次の瞬間に一変した。
「すみません。会議で遅れてしまいました」
ガラガラと保健室の扉が開かれ、担任の宇都宮が姿を現す。彼は一瞬辺りをキョロキョロと見回したかと思うと、大平下に向けて怒鳴る。
「大平下君、すみませんが出て行ってくれませんか?」
いつもより厳しいトーン。静かだけど確かに威圧感があった。それが事の深刻さをより一層引き立てる。
「先生、大丈夫です。いつかは彼と話す必要があるので……」
消え入りそうな蒲須坂の声。けれどもその態度で擁護をしても信憑性は得られない。
「蒲須坂さん、無理はしないでください」
案の定、宇都宮は二人の関わりを絶とうとしていた。仕方ない。この場は居座るだけで拗れる結果となってしまう。一度体制を整えるべき、それは言うまでもなかった。
「は、はい……」
小声で返事をする蒲須坂を尻目に大平下はそそくさと保健室を後にした。振り返ることはしない。いや、できる訳がなかった。
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投稿遅れてしまい申し訳ございません。何とか週1はキープしたいです。
平日の時間スケジュールを見直さなければ……




