64話:「大平下の過去①」
男の名前は小俣清三。清いという漢字に反して意地汚い性格をしており、中学時代は暴君として有名だった。苗字が弄られることを最も嫌がっており、気に食わないことは暴力で解消する。大平下とは何もかも合わない存在だった。
彼が大平下に目を付けた原因は誰にも分からない。けれども、一方的な暴力はある時を境に始まった。
思い出せる範囲では中学二年の夏。長期休暇を目前に控えた七月某日、いつも通り周囲に無関心を貫いて小説に没入していた際に事件は起こった。あの日はウォーウェルの『1984』を楽しんでいたと記憶している。
「おい、てめえ」
今では聞き慣れてしまった男の声をはっきりと聴いたのはこの時が初めてだった。いきなり顔面を殴られて目が点になっていた。周囲からの奇異な視線に耐えられなかった。すぐに教員が飛んできて別室に連れ込まれたが何を話されたかは覚えていなかった。
それからというものの、大平下は暴力を受けることが日常になってきていた。仕返しをしなかったからかもしれない。だが、彼は自身の美学に則って耐えることを選んだ。正確にはここまでされても男に興味、関心が湧かなかった。
いつの間にか病室の窓に夕焼けが照らされていた。どうやら、大平下は長い時間追憶に浸っていたらしい。固定された首を何とか動かして周囲を確認すると、吉水の姿がないことも分かった。
「そうか」
おそらく彼女はもう二度と見舞いには来ない。根拠はないがどこか確信していた。
再び大平下は目を閉じる。次は英雄との出会いを思い出そう。
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考え込んでも無駄なので書きました。もうどうなっているのか作者にも定かではありません。




