57話:「本質」
大平下が劇のアイデアを提案した瞬間、彼らの対立は免れざるものとなっていた。それは何人たりとも変えられない必然。
けれども、大平下はそんなことなんて起こり得ないものだと楽観視していた。実際、吉水は決まったことには真剣に取り組んでいたし、劇の内容を提案した瞬間以外に予兆は感じられなかった。何より、彼女の本質は蒲須坂の家を訪れた際に把握していた。
「まだ根に持っていたんだな」
「失望したの間違いよ」
とっくの昔にと彼女は補足する。大平下は今となってその本質が彼の解釈から外れていたものだったということを理解し始める。
「失望っていうのは期待から来る言葉じゃないのか?」
「……そうね。期待すらしていないのだから失望というのは間違いだわ」
吉水は蒲須坂以外に興味はない。おそらくここまでは正しいだろう。いや、ひょっとしたら蒲須坂に対してもそこまで思うところはないのかもしれない。
「実際お前は俺のことどう思っていたんだ」
「何その質問」
「とりあえず答えとけ。こっちとしては必要なデータになる」
吉水はあからさまに不快そうな表情を見せる。だが、この程度で心を痛めるほど大平下の精神はやわではなかった。
「はっきり言っていいかしら」
「頼む」
じゃあと吉水はゆっくり口を開く。
「ずっと嫌いだったわ。でも、他の人たちよりは幾ばくかまともであったけれど」
「……」
これ以上語る必要はない。ここまでの情報だけで、大平下の仮説は証明された。吉水にとって大平下はたまたま蒲須坂と関わっていただけの一部外者に過ぎない。そしてあわよくば消したい存在でもあったはずだ。
「チャンスがあれば、俺と蒲須坂との関係を絶ちたいと考えていた訳か」
「ええ、あなた自身もそれを望んでいたものだと考えていたのだけれど」
「違いないな。少なくとも最初はそうだった」
メモ帳を落とした始まりの日であったら、大平下はその提案を喜んで受け入れていただろう。だが今はそのフェーズではなかった。
「でしょうね。そして現在ではそう願っていないことも私は理解している」
「なら何でそんなことを話すんだ」
これは核心を突く投げかけであった。吉水は長考の末に答えを出す。
「あなたが変わったことが不愉快だったから」
――それは単純な話であった。
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