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55話:「狂いだす歯車」
コップから溢れ出た水が決して元には戻らないように、大平下は彼女の臨界点を容易く超えてしまった。向けられる憐憫の眼差しで正気へかえった彼に襲い掛かったのは猛烈な後悔。
「ごめん、少し狂っていた」
落ち着いて冷静に状況を掌握した大平下は、この場において自ら正しいと考える選択肢を取る。しかし、蒲須坂からの返答は当然なかった。
「言い過ぎた。許してくれ」
「……」
浮世離れした大平下にとって、誠心誠意の謝罪など生涯やることのないものだと思っていたが、案外あっさりと口に出せた。
いつもの彼女なら、柄になく感情的な大平下の様を見てきっと笑っていただろう。それ故に、ただ無言を貫いているだけで、事の重大さがひしひしと伝わってくる。
やがて蒲須坂は視線をそっと大平下から逸らす。そして徐に教室の入口扉を閉じた。
それは誰にでも分かる拒絶のサイン。
「あっ……」
大平下は咄嗟に声を出したが、すぐには動けなかった。彼には待ってと恥を捨てて情けなくなることも、追いかけて関係の継続を図る程の勇気もない。
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蒲須坂に情報を伝えた存在が誰か記載すべきでしょうか。
分からん……ご想像にお任せ致しますで良いのか?




