54話:「理性と現実」
依然として重苦しい雰囲気の漂う中、大平下は何としても劇の内容を知られまいと必死だった。もう既に蒲須坂はラインや何かで把握しているのかもしれない。無駄な足掻きかもしれない。けれども、彼は自らが劇について述べることはまた違った意味を持つと考えていた。
「劇とかどうなったの?」
そんな彼の心情など気にもかけていないように、蒲須坂は薄氷を踏み荒らしてくる。わざとか、本心からなのか。大平下には皆目見当つかない。
「どうにかなったと思うぞ」
嘘をついている訳でもないのに、段々と追い込まれている様は、傍から見たら滑稽なものであった。所詮は時間稼ぎにしかない引き延ばし。もし仮に今は全く何も知らない状態であったとしても、それが永遠に続くことなんかあり得ないなんて言うまでもない。
「噂だと大平下君がシナリオを書いたとか……」
「何処からの情報だ?」
文化祭準備期間前に行われたクラス会議において、吉水の提案により二年二組のライングループ等で劇について話すことを禁止する取り決めを定めていた。表向きでは、クラスメイトの中には例の事件が引き金となったショックから立ち直れない人が幾ばくか存在しているから話すことは止めようという簡易的な注意であったが、誰もがその主題は蒲須坂に対する配慮であることは分かり切っていたはずだ。
自然と大平下の声色も厳しいものになる。背後には誰がいるんだ?
「何処って…… 直球に聞かれて情報筋を話す人はいないと思うけど」
「いいから話してくれないか?」
不機嫌さを出さまいと精一杯に取り繕っても、苛立ちを隠し切ることはできなかった。自分は他人と比較して理性的で、感情の抑圧は上手い方であると信じていた大平下であったが、その空想は砂の王国のように呆気なく崩れ去っていく。
「強引な男は嫌われるよ」
「話を逸らすな」
とうとう大平下は、飄々とした蒲須坂の振舞いにも我慢ならなくなっていた。軽率浅慮な今の彼には、彼女の声色に若干の怯えが含まれていることなど気づくことはできない。
「そんなこと言うんだ……」
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