48話:「文化祭準備期間③」
大平下たちが買い物に出掛けてから少し経った頃、ある男が何の前触れもなく登校してきた。突然のサプライズに、その場にいたクラスメイトたちはみな振り返り、そして歓喜する。しかし、彼は今ここにいてはいけない存在だった。
「どうしてあなたがいるの?」
騒ぎを聞きつけた吉水が、野次馬を押しのけて疑問をぶつける。彼が現れてから五分も経っていないにも関わらず、二年二組の教室には他クラスの人間も入れ混じってお祭り騒ぎとなっていた。
「そんなことはどうでもいい、大平下の野郎はどこいった」
「話を聞いてくれるかしら」
吉水は、男のあからさまな興奮状態を感じ取り、いつも以上に冷ややかな態度で対応する。そこに友人としての情けはなかった。
「いいから大平下の居場所を」
「大平下君は今いないの」
「なぜ言い切れる」
「私が買い物を頼んだから」
なおもしつこく訊ねる男に対して吉水は呆れていた。じきに教師もやって来るだろう。彼女としてはそれまでどうにかして時間を稼げればいいと思っていた。
「そうか、じゃあ待つ」
彼女の狙いなんて知ったこともない男は、手慣れた動作で近くの椅子に腰掛ける。一連のやり取りをただただ見届けていただけの野次馬は会話の終わりを嗅ぎつけると、一斉に男の周りを取り囲んだ。出来上がった人の輪に対し、男が反応することはない。彼は誰とも話すことなく、岩のようにじっとしている。その様子は、慌てて教室へ移動してきた教師相手でも変わらなかった。
そこに予定時刻を大幅に超過して買い物から帰宅した大平下たちがやってきた。彼らは怒りで身を震わせていた吉水とのやり取りを想定していたが、事態は予想の斜め上にまで至っていた。
「は?」
教室に着くやいなや、魂が抜けたような感嘆符を発したのは大平下。反射的に顔を上げた男は即座に立って、彼の前へと移動する。
「久しぶりだな」
「――久しぶり、停学中のリーダーさん」
皮肉交じりの声が若干震えているのは警戒心ゆえか。しかし、大平下がそうなるのも無理がなかった。なぜなら、面前にいるのは彼にとって宿敵ともいえる元クラスリーダーの国定。
彼はそんな大平下の様子など気にも留めず、一方的に自分の要件を話し出した。そこには全く持って妥協がない。
「早速だが、こちらの要求はひとつだけだ。文化祭でやる劇の台本をすぐに変えてほしい」
「無理に決まってるでしょう。あなたであってもそんな横暴を許すつもりはないわ」
口を挟んだのは吉水だった。ここまでクラスメイトを指揮してきた彼女にとって、今更の方向転換など何があってもありえないことである。
「全部変えろとは言っていない。俺が出てくる部分だけを少し手直ししてほしいだけだ」
「具体的には?」
「詳細はそちらで決めて貰って構わない。ただ、俺が実は仕方なく暴力を振るったという展開だけ変えてほしい」
吉水はどこで台本の中身を知ったのかなど細かいことを聞く気はなかった。無言で大平下の方を向き、今からでもシナリオが修正可能か確認する。
「質は落ちるが、できなくはない」
大平下にとって、クラスメイトの団結という目的が達成された以上シナリオの変更など造作でもない。けれども、国定の意見に沿った内容で彼らが納得してくれるのかは未知数だった。国定は大平下が劇の展開を繕う前からずっと二年二組の英雄である。
「良いわ、それよりも平和的な解決を優先したいもの」
「感謝する」
話はこうして一段落かのように思えた。だが、良い感じに纏まりかけた瞬間、
「それには納得できない」
と言うクラスメイトの声が沸き上がり、状況は一変した。
「どういうことだ?」
国定は声のする方向へと歩み寄る。露骨に溢れ出る嫌悪感から、危機感を抱いた大平下が慌てて止めに入ろうとしたけれど、寸でのところで間に合わなかった。
「どういうことも何もない。俺たちはお前の名誉が保障され、また以前みたいにリーダーとして振る舞ってもらうことを望んでいる」
「多田羅を殴ったのに?」
「そんなの関係ない」
「あるだろ!」
急速にヒートアップする国定。その態度にこれまで様子を伺っていただけだった担任の宇都宮が彼を落ち着かせようと会話に割り込んだ。
「一旦落ち着きませんか」
「うるさい!」
火に油を注ぐ対応は、瞬時に状況を悪化させる。国定はただ自分の主張を理解させようとしていただけだった。それなのに頭ごなしに宥められては怒りが収まるはずもない。
「俺は暴力を肯定することが何よりも嫌いなんだよ。高校生にもなってお前らみたいな奴がいるからこの世界はおかしくなっているんだ。恥を知れ、恥を」
周囲の目を気にすることもなく叫ぶ。しかし、彼の熱意とは裏腹に、
「殴ったのはお前だろう」
クラスメイトからはそんな冷ややかな返答しかなかった。
言い争いというよりは子供の口喧嘩に近しい醜い舌戦の末、大平下たちは国定の要望を加えた劇シナリオを受け入れることにした。クラスメイトの一部からは抗議の声もあったものの、今日まで文化祭準備に貢献してきた彼らには逆らえなかった。
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48話です。一話一話の文量が少ないのであまり誇れるものではないのですが、50話が見えてきて感慨深くなっております。




