41話:「意外な一面」
「シナリオは進んでいるの?」
「……」
突然のストレートに大平下は困惑していた。思川にさっさと用件を話すよう依頼したのは他でもなく彼である。だがまさか、今最も胃が痛い部分をおもいっきり突かれるとは全く思っていなかった。
「ま、まぁ」
あからさまに浮ついた声色は動揺を隠しきれていない。大平下のことなど気にもせず、彼女からの質問はどんどんと続いていく。
「何その反応。まさか全く書けていないとか~」
茶化すような態度にすら苛立ちを覚えられない程の焦り。彼女もそれを感じ取ったのか段々と真剣な顔つきに変化していく。
「嘘……本当に?」
「……うん」
そして遂には両手で頭を抱えていた。相変わらずのオーバーリアクションはさておき、彼女とてクラスの一員として問題の大きさに気づいたらしい。
「期限っていつだっけ?」
「あと三日」
「どれくらい進んでいるの?」
「……白紙」
「え」
淡々と述べられた事実に思川は絶句する。人が本当に絶望する時は案外こんな反応だ。
「それって不味くない」
「美味しくはないわな」
散々煽られた意向返しにと大平下は冗談を言った。彼にとってこの問題は絶望の更に向こう側へと辿り着いている。
「どうするの?」
「書くしかない」
現実感のない現実的な回答。やることは単純明快であったが、それで済んでいるのならばこうして問題となることもなかった。
「そういうけど書けてないんだよね」
「……」
「考え込んでいるだけかもしれないよ。相談に乗るからどこがダメか話してくれない?」
意外な反応だった。もっとコケにされると思っていた大平下は、この際どうなってもいいやという気分で投げやりに愚痴る。思川は致命的に頭が悪いだけで案外いい人なのかもしれない。
「何ていうか、シナリオに引っ張られ過ぎるんだよな。キャラが動いてくれない」
「うーん、それってどういうこと?」
「どうって言われてもこの通りでしかないな。端的にいえば物語っぽすぎるというか。何ていうか自然さがないんだよ。キャラクターそれぞれに作者の意図が透けているように見えて書いていて不満しかない」
「作者なんだからそれはそうじゃないの」
「そうなんだがなんていうか……」
大平下は言語化の難しさを改めて感じていた。彼の中では明確な問題点は整理されている。しかしそれを伝える語彙力や表現力がまだ足りていない。
「よく分からないけれど、やりたいようにやればいいんじゃないの?」
「そんな簡単なことじゃ……」
「やっぱり考え込んでいるじゃないの」
言いながら思川はスマホをポケットから取り出して操作している。すっかり相談事にも飽きてきたようだった。
「あ、そうそう。そういえば、大平下君はこんなこと知ってる? 何でも、一部の人々が国定君の停学期間短縮を訴えて校長室に乗り込んだらしいよ」
「は?」
それは大平下にとって初耳の出来事。確かに校長なら生徒の停学期間を変更する権利はある。校則にもしっかりと明記されている。だがそれは当人の態度を見た上で会議か何かをして決めることであり、外野がどうこうできるものではなかったはずだ。
「だから国定君のことも考えた劇にしてよね。彼を脇役なんかにしたら私恨むから」
そんな登校できるか分からない人を頭数に入れていいのだろうか。しかし、国定なら華があることもまた真実であった。
「何で恨まれなきゃいけないんだよ。恨むなら猿を恨め」
「猿?」
「あ、多田羅のことね。俺はあいつをそう呼んでたんだよ」
「そう……」
つい口から溢れた単語に大平下は猛省する。今のは明らかに良くない。案の定、思川の表情ははっきりと曇っていた。
「そろそろ私行くね」
「おう」
一生続くんじゃないかと思う程の重苦しい沈黙に耐えかねた思川は颯爽とこの場を後にする。大平下はその姿を見送って、再度物思いに耽っていた。流れの緩やかな水面はいつの間にか煌びやかな月を映し出していた。満月より若干欠けた形は十六夜、或いは立待月とでも言うのだろう。
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