38話:「劇のアイデア」
「何で劇なんかやらなくちゃいけないんだか……」
文化祭の案について改めて話し合いを行うため、いつものように放課後の教室に待機をしていた大平下は自然と恨み節を零す。彼の脳裏には、今日発売された漫画の新刊情報しかなかった。
「どうせやらなくちゃいけないんだから文句なんて言わないの」
「文句ではない。ただの愚痴だ」
「何も変わらないじゃない……」
作業をしながら対話に応じるのは吉水。そもそも今回も彼女がホストだ。
「大体演目を指定してくれれば楽なことこの上ない。この点も教師の怠慢だろう」
大平下は基本的に学校行事に対して意欲がない。だからといって秘密を握っている吉水からの呼び出しを断る度胸もなかった。故に連絡さえ入れればこうして来てくれるだろうと彼女は予想していた。来てくれさえすれば、小煩い愚痴なんて大した問題でもない。多少の不快感は許容しなければならないほど、吉水は追い詰められていた。
「はいはい、分かったから。そもそも大平下君は文化祭の意図を理解しているの?」
「意図? 祭りなんだから普段の日常から外れた晴れを演出するんじゃないのか」
「正解ではあるけど、そうじゃなくて……」
吉水は質問を訂正する。大平下に婉曲表現は通じないことを彼女は失念していた。
「どうして劇をするのか分かる?」
「馬鹿にしてんのか、そんなの団結を促すためだろう」
「そ、じゃあ団結は何のために必要なの?」
「それは成功体験なんじゃないか? 社会に出た時、団体での成功体験は大きな財産になるだろう。部活とかも同じはず」
「部活は暇な中高生を縛り付けて不良行為などに走らせないという側面もあるわ。ただ、大切なことは分かっているのね……」
吉水は呆れた様子を隠そうともしなかった。世の中は分からないことよりも、理解しているにも関わらず敢えて知らないふりをしている方が悪質だ。大平下の態度を受けて、積もりかけていた不満が爆発していく。
「じゃあ、大平下君は何で行事に対してやる気がないの?」
それはいつか聞かなくてはならないことだった。
一年生の頃から大平下と同じクラスで過ごしてきた彼女にとって最大の疑問。
そして、彼女が大平下に対して心の奥底で燻っている負の感情は概ねここに起因する。
「俺には必要ないことだから」
「必要ない?」
「団体での成功体験を必要としているのは普通の人に限られる。超人を目指しているのならば、そんなものには囚われなくていい」
「意味が分からない、厨二病って奴かしら?」
「そんなものだと思っていい。これはただの理想でしかないから」
中学時代の英雄。その考え方は未だに大平下を支配していた。
「本題に戻るけど、劇の演目について。仮案の提出が明日の放課後に迫っているの」
「アイデアはあるのか」
「――さっきの授業で何していたの?」
「まともなアイデアはないという感じか」
大平下は天を仰いだ。彼は小説や漫画には詳しいつもりだったが、演劇となるとさすがに範囲外。今日の話し合いは長くなるなと確信していた。
「少なくとも一つはアイデアが必要よね」
「それこそシェイクスピアはどうだ?」
「はぁ」
吉水は不快そうに溜息をついた。そして大平下の方を真剣に見つめて語る。
「『ロミオとジュリエット』は昨年の先輩がやったから通らないだろうし、『ヴェニスの商人』とか『リア王』、『マクベス』なんて知らない子が大半だから面白くないと思うの」
「そんなことあるか? その辺の古典文学は基礎中の基礎だろう」
「あなたの悪いところが出てるわね。世間一般の文学知識なんて大したことないの。酷い人になると、教科書に載っていた作品はおろか、最近の話題作くらいしか知らないとかザラよ。下手すればそれすら……」
大平下は愕然としていた。彼は自身の常識が世間と乖離していることにさえ気づいていない。自分が読んできた名作は皆教養として一定の理解はしているものだと考えていた。
「もう既存作品なんて何やってもどうしようもなくないか?」
「ま、求められているのは面白いかどうかだけよ」
「……」
コンテンツの消費方法、それにケチをつける気など全くない。けれども、どうせ接するのならば少しは親しむ心があってもいいのではと大平下は思っていた。時代性は勿論、細かい描写や文章の意図を探ろうとしてくれないと必死になって制作した作者サイドはつまらないだろう。
――大体その辺を理解されないのであればエンタメなんて作り込む必要がない。
「だから究極は何を提示してもいいのよね。でも、みんながどんな作品を面白いと思うかなんて私には分からないわ。いっそのこと大平下君が原稿書いてみる?」
「冗談も大概に」
「割と本気だけど」
「え?」
「あなたの読書量と国語の成績ならできると思っているわ」
スッと手渡されたのは、図書室の貸し出しデータ。こんなものを調べ上げてくる辺り、彼女は最初からこれが狙いだったのかもしれない。
「こんなのどうやって手に入れてきたんだよ……」
「司書さんに頼んで印刷して貰ったの。誰かさんとは違って事情を話せばすぐに動いてくれる親切な人で助かったわ」
吉水は誰かさんという部分をやたら強調して話す。
「シナリオって本気か? 俺はそんな経験ないぞ。大体一日やそこらでは、あらすじすらまともに思いつかない」
「その辺は心配ないわ。今回の会議は何をするのかという各クラスの方向性をすり合わるだけに過ぎないから」
吉水曰く、ここでアイデアが被った際は抽選となるらしい。しかし最初から何も思いつかなかったという態度を取ると、文化祭の賞にまで響くとか。
「オリジナルの話をやるっていうだけで周りの見る目は変わるし、失敗しても許されるものよ」
「そんなもんか?」
「そう」
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