37話「文化祭へ向けて」
「えー、以上が文化祭準備における注意事項です」
昼食明けの五時間目。お通夜みたいに静まり返った教室に宇都宮の特徴のない声が響き渡っていた。用件だけ伝え、彼は早々教卓から降りていく。
「あとは皆さんで話し合って下さい」
宇都宮は自分の椅子に腰掛けた瞬間、思い出したかのように述べて、中間テストの採点に取り掛かろうとしていた。クラスメイトは期待の眼差しを一斉に吉水の方へと送る。彼女はそれに合わせてゆっくりと立ち上がった。
「大平下君、書記お願い」
「は?」
下を向いて手わすらしていた大平下は、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
「とりあえず、みんなにアイデア出してもらうから。書き忘れは厳禁で」
「おい、まだやるとか……」
「中学時代」
吉水は抗議しようとした大平下をたった一言で制すると、落ち着いた足取りで黒板前まで移動した。
「さて、どうしようかしら」
吉水は一度深呼吸をし、教室全体をぐるりと見回す。相変わらずどこも空席が目立っていた。
「みんな、まず大前提は分かっているよね?」
教卓に手を突いて、前のめりで語る。今日はあくまでアイデア出し。それを理解していなければ話にならないと彼女は考えていた。
「……」
沈黙。誰もが吉水と目を合わせないように俯いている。それは彼女を怒らせるには充分な理由だった。
「あのさ、ここで黙っていてもどうせやらなくちゃいけないこと何だよ?」
じわじわと水が沸騰するように言葉のボルテージが加速していく。危険を察した大平下は、慌てて口を挟んだ。
「みんなそれくらいは分かっているはずだから早く本題に入ってくれ。話し合いの時間はあまりないぞ」
「なんでそんなこと言い切れるの?」
「俺が分かっているのに分からないやつなんかいるのか?」
「確かにいないわ」
「それはそれで酷くないか」
さながら漫才のようなやり取りに、小さい笑いが起こって場の空気が和やかになる。吉水は再び深呼吸をしてから話し始めた。
「今日やることは催し物の大まかな方向性について。まずはブレーンストーミングでもしましょうか」
山前高校の文化祭は、学年ごとにできることが決まっていた。入学したての一年生は調べものの展示。部活の集大成や大学入試を控えた三年生は飲食店。そして二年生が、劇と展示である。
「ブレーンストーミングって何ですか?」
「簡単にいえば、ひとりずつアイデアを出してもらうことね。その際、どんな奇想天外なものであっても否定してはいけないというのが唯一のルール…… という訳でまずは大平下君、劇で何か立派な意見をよろしく!」
クラスメイトに説明しつつ、流れ弾は大平下に直撃した。ちなみに彼は書記も兼ねているので、口だけでなく手も動かさなくてはならない。
「ありきたりなネタだが、劇となるとシェイクスピア関係しか思いつかないな」
「面白くないわね」
「おい、ブレストの信条はどこいった」
今度は爆笑で満たされる。先程までの重苦しい雰囲気は何処へ。前のふたりに向かってヤジを飛ばす生徒まで現れ始めていた。
「夫婦漫才やめろ~」
「「うるさい!」」
「次、端からどんどん答えて」
ブレストは順調に進み、黒板が無数の文字列で埋まりかけていた。吉水はじっとそれを見つめては、大平下にノートでまとめておくよう依頼する。
「字が汚い……」
「悪かったな」
「ただ、それ以上に中身が……」
黒板に書かれた内容は奇想天外では済まされないものだった。否定しないという建前があったからこそアイデアは出たが、実用性に乏しいものが多くを占めている。
「取り敢えずここから意見を絞っていきます。まずは、実現できそうなものとそうでないものを仕分けましょう」
吉水はチョークで書かれた案をひとつずつ読み上げて、毎回多数決を行った。
「シェイクスピア、これどう?」
実行できそうだと思える場合、どのようにやるか具体性を求められる。そのため、賛成は一定のものに集中することとなった。
「みんな、具体的に考えていないよね?」
結果を受けて、吉水は呟く。しかし彼女は賢い。同じ轍を二度踏む訳がなかった。
「仕方ない、テーマを変えましょう」
言うまでもなく、次は展示についての議論が行われた。再び大平下から、ブレーンストーミングが実施される。
「休憩所とかどうだ? 両方しっかりとやるのは負担が大きいし」
「手抜きしたいだけでしょう」
「おい、これブレスト……」
「同じネタは面白くねえぞ~」
和気藹々とした雰囲気の中、意見は順調に提出されていく。大平下は黒板にアイデアを書いてはノートに写し、ひとり忙しくしていた。
「――展示のやる気だけ高すぎないかしら?」
今度は豊富すぎる結果を見た吉水は思わず顔をしかめる。その様子を観察していた大平下はそれ見たことかと小声で呟く。
「ま、劇はやりたくないんだろうな」
大平下の脳裏には昨年の文化祭が浮かんでいた。それは当時二年の先輩。彼が舞台上で台詞を飛ばして棒立ちし、全校生徒に笑われた事件だ。
「あれはロミジュリだったな」
ただの思い出と化していれば良かったものの、その後もこれで弄られ続けた先輩が不登校になったという噂は山前高校生なら誰でも知っていた。そんな状況下で劇の主役を張ろうとする頭のおかしい人材は現在謹慎処分中だ。
「誰もやらないんなら主役は大平下君よ?」
「……は?」
「当然じゃない。私が使える男子なんてあなたしかいないもの」
吉水はあっけらかんとした表情で誤解されそうなことを淡々と語る。現に一部の女子からは、キャーという嬌声が漏れ出ていた。
「まあ、聞きまして、奥様?」
「ええ、すっかりと親しい間柄なこと」
男同士の悪ノリに、吉水は頬を紅潮させる。
「もしかしてお二人はお付き合いなされているの?」
「あーやだ、不潔不潔。高校生の交際なんて不純異性交遊よ。フジュンイセイコーユー」
「いい加減にしなさい!」
そしてとうとう声を荒げた。
遅くなってしまいまして申し訳ございません。
リアルの都合がひと段落したので取り敢えずここから再開致します。
……ということで文化祭編開幕です。




