10話:「理科室の攻防」
とりあえず時間をおいて途中から二時間目の化学へと参加することに決めた。やたらと薄暗く、蛇口の水圧が強いことでおなじみの理科室は特別棟西側二階に位置している。
その扉を開いた時、想定していたことではあったものの、俄かにクラスメイトがざわついていた。指し棒を持って黒板と向き合いながら化学式の説明をしていたおっさん教師もあからさまな異変にすぐ気が付いて振り向く。その瞬間、授業に相応しい静寂空間が完全に崩壊していた。
俺は超然とした態度でそれらを受け流して空いている席に腰掛ける。教室の席順と変わらないのでおおよその位置関係を理解することは容易だ。猿など一部の生徒は変わらずこちらを睨み続けていたが、他の真面目な生徒はすぐに視線を黒板へ戻していた。おっさん教師も何事もなかったかのように授業を再開している。この辺りはさすがベテランといったところだろう。行動の端々に経験値の高さが伺える。この様子ならば一々遅刻の理由を伝える必要なんてなさそうだ。
内部の大半が平常の空気感に戻ったことで、騒がしかった理科室も壁掛け時計の秒針がはっきりと聞こえるくらいの落ち着きを取り戻した。俺は最初から話を聞いても理解ができないであろう化学式を途中から理解するなんていう難題を放棄してぼんやりとしている。ノートを取って理解しようという気は鼻からなかった。
「ねぇねぇ」
自分の右手に座っている女子が小声で話しかけてきた。どこかで見た顔かと思えば今朝の姦しい二人組の片割れだ。授業中という意識が抜け落ちているこいつはこちらが無視をしても躊躇することなく質問してくる。
「どうなの、蒲須坂さんとは」
やはり彼女も例の件については知っていたようだ。やはり一縷の望みなんてものは基本的には叶わない。こいつに筒抜けならばおそらくこのことは学年中、最悪ならば校内全土に広まっているだろう。
「何もない」
「そんなことないじゃん」
このっこの~っと、指で俺の肩を突っついてくる仕草の一つ一つが癪にさわって気分が悪い。無自覚型のぶりっ子は性欲で脳内が満たされている雄猿以外には嫌われているんだろうなとか考えていると、女はしびれを切らしたのか高らかに叫び出す。
「先生、大平下君が無視してきます」
本日だけで三度注目を集める俺。こんなに目立てるのならば将来はアイドルか何かそういった方向性でも目指した方がいいのだろうか。
――冗談はこの辺にしておこう。しかし、こんなことを考えてしまうほど理解から外れた思考がそこにはあった。
「どうしたんですか」
教師の儀礼として一応は話を聞くおっさん。しかし表情だけでかなりイラついていることは読み取れる。あからさまなボルテージの加速に俺は思わず身構える。
「大平下君が無視してくるんです」
「授業中ですよ、思川さん」
さすがはベテラン。不満を顔に示しても態度には決して出さない。そこらの新米とはここが違う。この時俺ははっきりと思った。冷静かつ無駄のない台詞は言い訳の余地すら残さないのだと。
直ぐに振り返って化学式の説明を再開する後ろ姿に感動しそうになっていたが、俺は科学のノートさえ開いていなかった。というか持ってきてすらいなかった。
次からはしっかりと受講します。せめて次の試験だけは高得点を取ろうと心に誓って改めて前を向いたところで、終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
遂に10話。ここまで不定期投稿にも関わらずご視聴?下さってありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
毎度のことではありますが、私は一度投稿したものを直ぐに修正する癖があるのでここに改めて記載をしておきます。一応大幅な修正をする際にはあとがき等に何かしら書かせてもらうのでその時はよろしくお願いいたします。まだ続きます。




