シドウ
テスタロッサが目を醒ましてから、二週間が経った。
リリアの処置がよかったからか、若しくは持ち前の回復力を発揮したのかは定かではない。
目覚めてから二日で日常生活に支障のないレベルまで回復し、一週間後にはリハビリも含めた野外活動を推奨するほどだった。
一狩り終わった直前のリベロ(返り血+鉈装備)と遭遇して怯えられ一悶着あったものの
ある程度交流を深めた彼らは愛称呼びを許す仲くらいには信頼関係を築いていた。
そんなテスタロッサ改めテッサは、リベロ主導のもと戦闘訓練及び野外活動演習に励んでいる。
「…リリアの目利きに狂いはなかったってか」
そんなことを呟くリベロの前では、テッサが小鬼たち相手に短めの両手棍をつかって一凪ぎで一掃していた。
真正面から挑んだわけではない。
先に気配の殺し方を学ばせたうえで死角から接近して攻撃するよう指示している。
を相手に一撃で身動きを奪えるほどの威力というのは、それだけの技術力か若しくは怪力が必要になることは想像に難くない。
リベロ自身、あの小鬼の群れ相手どるくらいならわけない。
しかし難なく狩れるとはいえ、あそこまでの蹂躙劇を演じるにはあらかじめ罠や地の利を準備する必要がある。
対してテッサにはそんな技術は持ち合わせていない。
あるのはその体に似つかわしくない膂力。
それだけで現状十分すぎるものだった。
「とはいえ、強すぎるというのも考え物だよなぁ」
この場合の強いは、総合力ではなく怪力のみのことを指している。
リベロは用意してきた装備品の残骸を見ながら、ひっそりとため息をついた。
テッサの怪力に耐えられず朽ちていったものたちである。
もともと子供用で作られた
ここでリベロは奴隷商の言葉を思い出していた。
テッサのような熊の獣人は力が強く、打たれ強い性質を持っている。
獣ではなく人よりクォーターなのでハーフやそれ以上の獣人よりは倍率は低いが。
それでも力強さの方は現在進行形で証明済みだ。
病み上がりという点も踏まえると、まだ14歳という若さでは過剰すぎるほど。
それとなく体に異常がないか伺ってみると、テッサから
「でもこれくらいお父様もお母様たちも普通にやってましたけど…」
などと言う返答が返ってきたのでリベロは深く考えることをやめた。
「午前中で実力検査は終わりにしていいな。午後からは組み手で立ち回りと護身の仕方を教えるとして…」
「リベロさん、状況終了です。次は何をしますか?」
リベロが直近の育成計画を立てている最中に、小鬼を蹴散らし終えたテッサが近づく。
そこまで疲弊している様子はないもののしっとりと汗が滲んでいることから、それなりにいい運動にはなったようだ。
太陽もそろそろ真上に昇り、小腹も空いてくる頃合いだろうか。
ほどよく運動したテッサのお腹も控えめな鳴き声を漏らしていた。
「そろそろ昼休憩にするか。テッサ、今日はお前が食糧当番な。」
「えっ、わたしまだそっち方面の狩りはしたことないんですが」
「基本は教えたしこの辺りの食べられる野草についても教えたろ。イケルイケル」
「も、もしも毒のあるものだったら-」
ドンッとテッサの前に有るものが置かれた。
リベロが袋から取り出したそれは、テッサにも馴染みのある赤い液体のはいった小瓶だ。
「ここにリリアが作った解毒ポーションがある。病には聞かないが食中りには抜群だ。」
「毒でもなんでも食えってことですか!?」
「違う!仮に間違って食べても問題ないってだけだ!!そこまでひどい奴だと思ってるのかお前は!?」
まだ出会ってまもない二人である。
意志疎通に齟齬があっても可笑しくないし、何よりかたや奴隷、かたや上司のようなもの。
テッサの想像が過激な内容の方へ向いてしまうのは仕方ない。
しかし端から見れば漫才でもやっている気楽さだ。
それに-
「ただ、一度症状が出てからじゃないとポーションは使わないからな。一瞬とはいえ下手なものに当たるときついぞ」
リベロは比較的効率厨かつスパルタ思考である。
目的のためなら多少の無理はするしさせる性格だった。
そして子供の頃彼も親からスパルタ式で『狩り』のいろはを教わっている。
寝食を共にして耐毒訓練なんぞも突発的にやらされたりしたものだから多少感覚も麻痺している。
彼自身の特異性からある程度の良心的ブレーキ存在するのが唯一の救い。
そんなギリギリの倫理観のもと行われた訓練がまともであるはずもなく。
これからの一週間、テッサは地獄を垣間見ることになるのをまだ知らない。
◇
そのころ、リリアたちのアジトもとい拠点に一人の少女が来訪していた。