錬金術の扱い方
「れんきんじゅつ…?」
テスタロッサは聞きなれない言葉に頭をかしげている。
その疑問に答えるようにリリアは口を開いた
「ことなる素材を掛け合わせ新たな可能性を創出する技術-簡単にいえば魔法を使ってする料理みたいな感じかな。」
ざっくりとした概略のあと、リリアは細かい説明にはいる。
「エーテルには自身を変化させる力と別の存在を変質させる力があるの。魔法使いの人たちも理解の有無の関係なしにこの二つの力を使って奇跡を興してるわけだね。」
基本的に前者のほうが一般的であり、後者は難易度が高めだ。
エーテルに付与されている属性で得意な魔法が変わるのもこのためである。
「それで、錬金術って言うのは二つ目の力を利用していろんなものを作るんだ。」
そういう彼女の手持ちにはパイ生地に使うであろう穀物を引いた各種粉ものにドライフルーツ、砂糖、バター、卵あとなぜか紙。
それらを時に包装をむき、あるいは殻をわり釜の中へと投入していく。
「この釜の中にはエーテルだけを集めて液状にしたもので満たしてあるの。そこに素材をいれてかき混ぜていくと段々溶けていくんだ。」
リリアの言う通り固形物が形を喪っていきやがて全て液状になって混ざりあっていく。
テスタロッサは不思議な光景に恐る恐る身をのりだし、釜の中を覗き込み始めた。
「……これって素手でさわるとどうなるんですか?」
「少量くらいなら影響はないけど、釜の中に手を突っ込むのはお薦めしないかな。何が起こるかわからないし」
「溶けるだけならいいほうかな」とボソリとこぼした呟きに、テスタロッサはさっと後ろに飛び退いてく。
猫の身こなしもかくやと言った具合だ、熊だけど。
「もうあらかた作業も終わったから大丈夫だよ。あとは30分くらい寝かせれば-」
釜の中から穴空きお玉で水揚げして数秒乾かせば、出来立てほかほかのカップサイズのマフィンの完成である。
テスタロッサは夜空のめくれた部分をみてしまった気分になった。
因みに、錬成の待ち時間の間は病状についてのヒアリングを行い体調に合わせた調薬及び薬の説明を行っていた。
トータル4~50分、まともに料理するか悩むタイムであった。
そもそもこんな大がかりな儀式でなに作ってんだとか、魔力消費もそこそこあるんだよねという話はこの際おいておく。
その出来映えは三ツ星シェフ程ではないがおふくろの味と言うか、優しい旨味で溢れている逸品。
理解は追い付かない。
けれどもまともな食べ物を久しぶりに目にした少女の口には、条件反射で唾液がこぼれ出ていた。
「どうぞ召し上がれ」
リリアが許可を出してすぐにマフィンは胃の中へと消えていく、もともと病人食として消化しやすく少なめに作ったこともありすぐに完食。
しかしまだ食べ足りないようで、可愛らしい腹の音を響かせていた。
腹ペコの少女は顔を真っ赤にしてうつむき、それをみたリリアは安堵と微笑ましさで満面の笑みを浮かべる。
「思ってたより元気そうでよかった。追加で作ってもいいんだけど…」
そこでふと何か思いついたのか、リリアは話を中断して顎に手を置いた。
そしてひとりでに納得したかと思うと、テスタロッサに一つの提案を持ち掛けた。
最終的にどのような駆け引きがあったのかは、彼女たちのみぞしる。
◇
ところ変わり、冒険者が集う集会所。
先ほど引き止めに失敗したロレンスの一団が集まっていた。
「どうして…どうしてわかってくれない。彼女はこんなところで燻っていい人材じゃないのに!」
そんなことをぼやきながら、ロレンスはテーブルを強くたたく。
その様を同行者の女魔術師は苦笑いしながら眺めていた。
「やっぱりダメだったわけね、予想はしてたけど。」
彼女はロレンスの冒険団結成当初のメンバーであり、リリアたちとも仲が悪いわけではない。
むしろ後衛職だからこそリリアの惨状は目にしてきたし、彼女の薬にはそれなりに世話になっている。
戻ってきてくれると言うなら嬉しいが、再びデスマーチに参加させるのも忍びない。
というか、自分もデスマーチは勘弁願いたいと女魔術師は願っていた。
そのときである。
「その勧誘の件、わたしに任せていただけないでしょうか」
割ってはいってきた声は、最近彼らの団に加わった少女のものだ。
修道服を身に纏い、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す少女。
なんでもわざわざ都心から、ロレンスたちのうわさを聞きつけて話を聞くために駆け付けたという。
特に薬師であるリリアに強い興味を抱いていたが、彼女が団に入ったことを契機にロレンスが団員の選抜を始めてしまったため、その余波で脱退して会うことができなかったかわいそうな少女だった。
そしてこのままだと、脱退した新メンバーだとして話すらさせてもらえなくなる可能性も出てきた。
個人的な事情でどうしてもリリアにあう必要があったシスターの少女は、ここで一計を案じることにしたのだった。
そんな裏の事情はロレンス一団のメンバーつゆ知らず、ダメ元でもいいかと彼女を送り出すことを決める。
―こうしてリリアたちの知らないところで物事は少しずつ動き始めるのだった