まほうのことわり
怯えながら警戒する少女。
一先ず話が出来る程度までなんとか落ち着かせたが、いかんせんファーストコンタクトが不味かった。
さらにリリア女子、口下手ではないが年下女子との交流経験がない。
これもひとえに町に来てから冒険三昧だった弊害ともいえる。
リリアは心のなかで元リーダーに悪態をつきつつ、手探りで目の前の少女と交流を図るしかなかった。
「ええと、まずは自己紹介からしよう。私はリリア、あなたの名前は?」
「………テスタロッサ」
「-じゃあテスタロッサちゃん、起き抜けで悪いんだけど軽く現状説明してもいいかな?」
出来るだけ優しく問いかけると、白の少女は物陰に隠れながらも頷いて見せた。
一先ずの同意を得たリリアは、テスタロッサと名乗った少女に分かりやすいようこれまでの経緯を手短に説明し始める。
諸事情から今まで世話になってた仲間たちと別れたこと
しかし生産職である自分は素材を集めるために人員が必要なこと
もう一人の協力者と協議した結果「奴隷を雇う」ことにしたこと
そして奴隷商でテスタロッサを見つけ、雇うことにしたこと。
「あなたにとっては事後承諾みたいな形になっちゃったけど、これからよろしくね。」
あらかた説明し終わり、リリアは一息ついた。
途中で茶々をいれることもなく、思っているより落ち着いているのかもしれない-とリリアは考えていた。
実際は戦々恐々していただけにすぎないと、思い知る羽目になるのだが。
「わ、私に何をさせるつもりですか!」
「………へ?」
「個室の奥にある部屋を見ました!人一人入りそうな大釜に怪しげな器具と生き物の干物、貴方は邪教の呪術師ですね!」
ここに来る前にどうやら作業部屋を覗いたらしい。
確かに見た人全員が似たような感想を持つこと間違いなしなディテールだった。
因みに
禍々しい雰囲気を醸し出している理由のひとつは、リリアの片付け下手が一躍買っているのは言わぬが花としておこう。
ともかくこのままだと逃げ出してあることないこと言われそうである。
そして、探られて困る懐なぞ、おおいにあった。
「違うよ!?確かにちょっと怪しいものもあるけど別に違法なことしてほしい訳じゃないからね!?」
なんとか誤解を解こうと必死になるリリア。
しかしその言葉はテスタロッサには届いていない。
リリアとて外にでたからにはそれなりに覚悟しているが、まだ荒事には心が慣れていなかった。
かくなるうえは、とここでリリアは腹をくくる。
「あなたには一度、全部見て知ってから判断してもらうよ。それまでは絶対に逃がさないから。」
ガチャリと玄関扉の鍵を閉めてから、有無をいわさない雰囲気でテスタロッサを威圧する。
対するテスタロッサも選択肢は実はない
一時は逃げられるだろうが奴隷紋がある少女は、人として見られないし信じる人も少ないだろう。
逃亡奴隷―そして亜人という身分では見つかればよくて捕縛、最悪その場で殺されても文句は言えない。
必然、テスタロッサも覚悟を決めるしかなかった。
そしてテスタロッサが連れられてきたのは先ほど偶然見てしまった作業部屋。
口封じにナニカの材料にでもされるのかと身構えている中、リリアはひとつ咳払いをしてから口を開いた。
「これからやることは外では絶対言いふらさないでね。あなたの安全のためにも」
最初にそう宣言すると、リリアは大釜の前に立った。
「魔法使いがどうやって魔法を起こすのかはしってるかな」
「…あまり知らない…です。」
「この世のすべてにはエーテルっていう不思議な物質が宿っていて、魔法使いたちは自分の中にあるエーテルを使って奇跡を起こしてるの」
リリアが左手をかざすとどこからともなく液体が現れ、手のひらの上を漂い始める。
そして今度は右腕をかざすと、今度は煌々と明るい焔が生まれる。
「―え?なんで正反対の属性が使えるの…?」
テスタロッサの疑問ももっともだった。
この世界において魔法には6種の属性があるとされている。
炎、水、土、風そして光と闇の6種類。
それぞれ炎と水、土と風、光と闇で相反関係にある。
これは魔法の素となるエーテルにも適用される。
エーテルは基本単一の属性のものが集まりやすく、相反するものは離れやすく決して交わらない。
つまり人の保有するエーテルは単一の属性で構成されやすく、多くても三属性を保有するのがやっと。
そして別の属性の魔法を同時に発現させるのは熟練の魔法使いでも至難の業であり、
それが相反関係にある水と炎を同時に操るなど素人目に見ても前代未聞であったからだ。
とはいえ難しいことには代わりないのか、それからすぐに息を吐いて魔法を中断した。
「ふぅ、やっぱりつかれるなぁこれ。まぁこれ以上は蛇足だから本題に入ろうか」
そういうとリリアは大きめのサイズのお玉をとりだし、釜の中身を掬いだした。
掬いだした紫色の液体を試験管へ小分けにしコルクで密閉したあと、そばに鎮座していた機材に斜めに差し込む。
そして機材上部にあるハンドルをぐるぐると回し始めるのだった。
「なにを…しているんですか?」
唐突な奇行に疑問符を浮かべる
リリアがその疑問に答えるのはこの作業が一段落終えてからだった。
「ポーションを作ってたんだ、あなたものんでみる?」
機材から取り出した赤色の液体をテスタロッサに渡し
そしてリリアも一本抜き取り栓を開けてグイッと一飲み。
まるで仕事終わりに魔材を飲むバイト戦士のごとくである。
「うん、味良し品質良しで上出来!」
なお見た目に関しては言及しないものとする。
テスタロッサは当初おどろおどろしい色の薬液を眺めていた。
渡されたということは、つまり「お前も飲め」という意思表示だ。
そこまで強制を強いるようなものではないだろうが。
立場的に断りづらいの確かなので、テスタロッサは意を決して形状しがたい赤色の液体を胃の中へと流し込んだ。
口に広がるハーブの香り、青臭さは特になく清涼感と共に体が少しだけ楽になったのを感じ取った。
「病気の根治にはならなくても、体力の回復にはなるからね。あとは何処か痛いところとかないかな?」
リリアはこれを機に患者の具合も確認することにしたらしい。
対する奴隷の少女も今まで苛んできた疲労と苦痛が若干和らいだことで、幾分か敵対心が削がれたようだった。
お陰で希望的観測がふと口をついて出た
「もしかしてお医者様だったんですか?」
それをリリアは特に否定することはなく、ただこう告げたのだった
「わたしは、錬金術師なんだ。」