旧知の縁、しがらみの糸
それから一晩が経った。
少女は未だ目を覚まさない。
しかしリリアの見立ては合っていたようで、昨日よりも顔色は良いし呼吸も整ってきている。
少女の病はリベロの予想していた通り、流行り病であった。
ただし遥か昔に特効薬や予防薬が作られているはずのものだ。
この辺りに住んでいるのなら過去に予防薬を接種していれば、あるいは母体から運良く耐性を引き継げればそもそも掛かることすらない。
リベロも幼少のころ、リリアと一緒に同じものを飲まされた記憶がある。
彼女の祖母から素材が手軽に手に入るからと、薬の作り方を実践しながら教わった覚えも、確かに存在していた。
おそらく出身が遠いところで耐性がなかったのだろうというのが、リリアの見解だった。
ここまでの説明でリベロも得心が行き、手分けして協力することになった。
お兄さん(齢15歳)は精のつくものを食べさせるため森へ一狩りに
おばあさ…もといお姉さん(齢15歳)は自宅で看病をしつつ薬の調達に奔走した。
が町で市販品を調達しようとしたら、何故かポーションしか売ってなかったからである。
まぁ市販品より自分で手作りのほうが調整も効くしいいか!と薬のお姉さんは準備を始める。
そのときだ。
ドンドンッと扉を叩く音がする。
間が悪いにほどがある、と不機嫌になりながらも機材を片してから対応に向かうと―
「やぁリリア、ひさしぶりだね」
「―本日の薬売りの営業は終了しました!またのご利用お待ちしてまーす!」
顔を見るや否やすかさず扉を閉めにかかるリリア。
させじと男は隙間に手を掛け―
「ぐぁぁぁぁ!!!???」
指が挟まり大絶叫!
リリアは吃驚しながらも扉に掛ける力を緩めない!
「いやそこは怪我を慮って力を緩めるところだろう!?」
「そういって油断したところで押し開けて無理矢理中に入るつもりだよね!」
反論しながらもリリアは掛けられているドアチェーンを見る。
何かの拍子に外れないことを確認してから一度力を緩めた。
「よしひら…かない!?クソッその鎖か!」
案の定力任せに押し入ろうとしてきたのを見て扉に掛けた指を中身の入った試験管の瓶ぞこでどけていく。
全てどけ終わった後、ついでと言わんばかりに試験管も外に滑り込ませ今度こそ鍵を掛けることに成功。
ここでほっと一息いれることができた。
なお、諦めていないようでまだレバガチャの音がする。
「突き指の怪我はそのポーションで治せるからそれもって帰って。…それとあまり煩くしないでくれる?いま病人がいるから」
「グッ…、分かった煩くはしない。だから扉越しでもいいから話だけでも聞いてくれ!」
内心うんざりしているリリアだったが、騒ぎになるのはあまり得策ではない。
なので心のなかで早く終わるように祈りながら扉越しに応対することにした。
「それで、拠点まで特定してなんの用かな?元リーダーのロレンス?」
若干とげのある対応なのはご愛敬。
対するはリリアたちが脱退することになった一行のリーダーであるロレンス。
自慢の金髪(に見えなくもない茶髪)をかきあげつつ、迫力に押されながらも話を切り出した。
「あ、ああ他でもない脱退を考え直してほし―」
「嫌です。」
なしのつぶてのリリア。
それでも食い下がるロレンス。
「な、何故だ!?そんなにあの凡人のことか大事なのか!?…それなら条件付きでだが」
「そのもの言いとかもあるんだけどね?他に割りと切実な問題があるの」
「それはいったい―」
疑問にこたえるべく、一拍おいて彼女は答える。
「私の職業、知ってるよね」
疑問系ではなく断定系である。
ロレンスは何を当たり前なことをと言わんばかりに答えた。
「薬師だろう。君の作る薬には毎度助けられてた。」
「そう薬師。薬を作るのがお仕事なの。でも昨日までずっと冒険三昧だったよね??」
「?あたりまえだろう。俺たちは冒険者だからな!」
「君たちはそれでいいよね。ところで私の薬師の仕事はいつ納めればいいのかな?」
「へ?…あ」
ロレンス氏、ここにきてようやく目の前の女性が怒りに満ち満ちていることに気づく。
―さて、ロレンス一行は昨日まで破竹の勢いで名声を高め辺境を代表する冒険者一団にまで上り詰めるところまで行ったわけだ。
期間にして一年、異例の速さで国営ギルドに名が挙がるにはそれなりの無茶が必要だった。
ほぼほぼ毎日町から出て森なり遺跡なりに足を運び―
ギルドから発布された魔物討伐系依頼は、毎回前回のものより難しいものを選び―
困ってる人の助けになるため私財を擲ち、親身に奉仕活動を行ったり―
それこそ善人の模範ともいうべき行いをロレンスたちは実行してきた。
さて、そうするとリリアはどうなるか
拠点に帰ることができなくて大掛かりな調合や実験ができず―
魔物討伐にいそしむ中で回復は彼女の薬頼みだったので在庫は飛ぶようになくなり―
奉仕活動で時間と一緒に残りに薬の在庫も無償で配られてしまう―
そして足りなくなった在庫を確保するため携帯調合セットで夜な夜な劣悪な環境(野外)で薬を作る日々。
足りなくなった分を睡眠時間でトレードするような日々に、割と参っていたのは言うまでもないだろう。
―唯一、ギリギリのところを自給自足で賄っていたお陰で小金持ちになれたことだけはよかったことかもしれない。
最初からこうではなかったものの、よく一年持ったものだと彼女は自嘲の笑みを溢した。
「なので―今の私はひっじょーに機嫌が悪いです。寝不足、仕事と看護を邪魔された怨み、日々のストレスエトセトラ…」
ロレンスはここにきてようやくリリアがどれほど苦労を重ねてきたのかを理解した。
―そもそもリーダーを張ってる人間がこんな事態になるまで気づかなったのが大問題なのだがそれはさておき。
「わ、わかった。これからは適度に休みを取るし、君がたびたびする道草に関しても僕は口出ししない!これでどうd」
「道草じゃなくて素材集めだっつってんでしょこの脳筋!!!」
あまりのしつこさと理解のない発言に思わず扉を勢いよく開け放ち、怒鳴り散らかした。
その際「わひゃぁ!?」と甲高い悲鳴が個室から上がったがそれはさておき。
扉が急に開いたことによりよろけて倒れたロレンスは、リリアの形相を見て震え上がる。
笑ってるはずなのに、今まで戦ってきた魔物とは格が異なる威圧感。
ただそこにいるだけで、言外に「さっさと帰れ」という圧力が目に見えるようだった。
たまらず逃走を開始したロレンス。
そして完全に姿が見えなくなったところでリリア今までにない深い安堵の息を吐いた。
「全く、こちとら病人の世話にしてるっていうのに余計な時間食っちゃったよ」
等と愚痴りながらさて作業の続きでも、と振り替えるとそこには縮こまり震えている女の子の姿が。
明らかにさっきまでのリリアの雰囲気に飲まれ怯えているのがありありと見える。
これは先に誤解を解かないと不味いな。と察したリリアは調合を後回しにして目の前の少女をどうなだめようかと考えを巡らし始めたのだった。