錬金術師と雇用事情
この世界には魔法と呼ばれる技術体系が存在する。
一般的にはエーテルと呼ばれる、万物に備わる不可視の物質を用い奇跡を起こす、ファンタジーならではの技術だ。
錬金術は魔法というカテゴリの中の技術体系のひとつ、だった。
素材と素材を掛け合わせ全く異なる不思議な道具を作ってしまう唯一無二の神秘の業。
政治的理由かそれとも人材の不足か
なぜか表舞台には影も形も残ってはいない。
そして魔法は才能と素質に因る差違があり十全に使えるものが少ないため、使い手はこの世界でも希少な存在だ。
理由は様々だがエーテルそのものは万物に備わっていても、魔法を扱えない人々のほうが圧倒的に多い。
このような中で、ぽっと出の少女が「錬金術です」といいながら怪しい儀式のような過程で奇跡を起こしたとしよう。
さて人々の反応はどうなるだろうか。
手品と同じように面白可笑しく興味を持たれるか、それとも悪魔の儀式だと恐れ戦かれるか。
どちらにせよ少女を狙う輩が現れるだろうことは、想像に難くない。
だからこそ―
「絶対に裏切れない『奴隷』は買っとくべきだろ」
そう言い切ったのは猟師であり、リリアの付き人でもあるリベロ。
今回の冒険団脱退を受け、後々の人手不足にるのを回避するための案だった。
ただ錬金術を忘れ、平穏無事に暮らすだけならリベロと本人の力だけでも、どこか片田舎の森にひっそり隠れ住めば事足りる。
しかしリリアの目的は錬金術そのものだった。
祖母に憧れ自分も錬金術師を極めたいと夢見てしまった。
そのためには危険を承知で各地を渡り歩き、見聞を広め素材を集めながら、祖母から譲り受けた錬金術書を読み解き実践して学ぶ他道はない。
未だ見ぬ手強い魔物はもちろん、錬金術の力を悪用しようと狙う輩や、排斥しようとする団体も出てくるだろう。
忸怩たる思いはあるが、それら全てから守れるなどと言う驕りは、リベロは持たなかった。
だからこそ魔法という強制力でもって行動を縛れる奴隷は是非ともほしい戦力である。
たいしてリリアは当初、この意見に否定的だった。
過去形なのはこの一年、忙しすぎてろくに進捗がなかったためである。
長命種でもなければ神でもない人のみなれば、焦りを覚えても仕方のない時間が過ぎていた。
若干倫理とか良心とかが呵責の念に軋みをあげるも、最終的にこの案は可決となったのだった。
そして後日。
商業区のハズレにある奴隷商の店には二人の少年少女が訪れていた。
どう言った奴隷を買うかは既に決めている。
が、やはり現物を見た上でもう一度議論した方がいいと言うことでリリアも恐る恐るついてきたのであった。
―そもそも立場的に彼女の方が上なのでリベロとしては先導してもらわないと困る―。
とはいえ戦闘に関しては少女より少年の方が理解はある。
適当に何人か見繕って最終決定をリリアに任せようと、リベロは物色を始めた。
始めたのだが―。
買い物が終わり、リリア宅まで荷物持ちしていたリベロの目の前には、全体的に青白い少女が寝かせられていた。
呼吸は乱れぎみで、高熱に魘されている。
「…誰も死にかけを買ってこいとは言ってないんだが?」
非難する意味合いを込めて、彼は重々しくため息を吐いた。
が、リリアはお構いなしにてきぱきと看病の準備を始める。
絶対に治ると確信を持っているかのようだ。
そこで彼はとある憶測にたどり着いた。
「もしかして先日作った解毒ポーションでも試すのか?」
「違う違う。あれって病気には効かないからね。」
曰く、前回作った解毒ポーションは体に入ってきた『異物』を『無毒化・無害化』するものである。
病は体の内から発したものであるため基本的には効果があまりないという。
ばっちり錬金術書にも注意書がなされていたりする。
そこで納得はせずさらに少年は言葉を繋いだ
「流行り病だったら俺たちが危ないだろ。」
彼のいう懸念は当然のものだった。
酷な判断ではあるが、自分や相方の安全を考慮するなら、不確定要素が過ぎる少女は手放すべきだ。
「それは大丈夫。いまから作るのは私たちも服用してるやつだし、前言ってた―こうたいだっけ?それが出来てるはずだから」
対するリリアの返答はあっさりとしたものだ。
そして病人の看病の仕方をリベロに説明するとリリアは作業部屋へとこもってしまった。
調薬にしろ錬金術にしろ細心の注意が必要だ。
こうなるともう話をすることさえ出来ない。
リベロは観念して看病を始めるしかなかった
―今リベロに看病され横たわっている少女は、リリアが独断即決て選んだ奴隷の子供だった。
白銀の髪を背中まで伸ばし頭に小さな丸い耳をを生やしたリリアたちより少し幼い印象を持つ少女。
奴隷商に聞くところ彼女は国外から仕入れた亜人だという。
正式種族名【獣人種】【小半熊族】
奴隷商の宣伝を鵜吞みにするなら獣人種は強靭な体躯を特徴とする種族だ。
より獣に近いほど強靭さが増していきより人間に近いほど器用さが秀でてくるという。
現状3段階で分類され、全身の肌が種族の特性が出ているものをフル、四肢および頭部に特徴が出ているものをハーフ。
そしてこの子のように頭にのみ出ているものをクォーターと人間種は呼称していた。
カタログスペックは、可もなく不可もない機敏さと亜人の中でも上位に入る腕っぷしの強さを誇る、らしい。
そんな彼女はこの街に連れられしばらくしたら体調が悪くなっていき、しまいには立ち上がることさえ難しくなったそうだ。
病気にかかっていなければ容姿も悪くなく、なおかつこの辺りでは珍しい獣人の奴隷ということで価値は高かった。
しかし原因不明の体調不良から同じく流行り病を疑われ、買い手がつかず困っていたと奴隷商は言っていた。
―そのお陰で値切り交渉が捗り予算内で賄えたのだが。
果たして此度の買い物は吉とでるか凶とでるか。
それは少女が目覚めるまでは、誰にも判断のつけようがないだろう。