薬師リリアの華麗な1日
肩で切り揃えられた癖のない赤みがかった黒髪、爛々と輝く大きな瞳。
『絶世の』はさすがに過言ではあるものの、町村で一度は話題に上がる程度には整った容姿。
花で例えるなら蒲公英のような明るい女の子。
そんな少女が今や見る影もなく髪はちりちりのまま、目を開けるのもつらそうにうつらうつらと船をこいでいる。
もう太陽が上がりきる直前の状態だった。
「なんでそんな体調悪そうなんだよ。風邪か?」
「それは…」
話は昨日へと遡る―
●
リリアとリベロが冒険者一行を脱退した次の日。
リベロは食糧調達のため森に出掛け
リリアは目減りしていた薬の在庫を確認していた。
一般的なギルドでは一部の戦闘職を除き、定期的に金銭もしくは所得物を納めることを義務付けられているからだ。
猟師は金銭の変わりに毛皮や獣肉などを、薬師は調合した薬品などで代用できる。
この納品を何度も怠るとそのうち冒険者としての身分を剥奪される。
国にも認知されないような田舎から出てきたリリアたちには唯一の身分を証明するものなので死活問題なのだ。
なので、足りなかったぶんをまとめて調合してしまおうと準備に取りかかった。
取り出したのは素材を粉末、もしくはペースト状にするためのすり鉢に各種理科器具、そして人一人丸まれば収まるほどの大きな釡。
採取した状態のままの素材を、すりつぶしたり、時には煮沸したりして素材を整えた。
そして、今度は用意した大釜の準備を始める。
「準備するのが一番疲れるんだよね」
当たり前の話だが、中身は空っぽ
その大釜を前にリリアは透明の石ころをいくつか投入したあと、両手をかざしなにやら念じ始めた。
するとなにもなかったはずの大釜から、湯気のような霧状の気体が出てきた。
それと共に部屋の空気が閑散としたものから、どこか神秘的なものへとかわっていく。
やがて一仕事終えたように手を下ろした頃には、釜の中は不思議な色をした液体で満たされていた。
「まぁ、こんなものかな。―あとは素材を入れてっと」
お次は回復薬―ポーションの原料である薬草を入れる。
そして今度は混ぜやすい長めの棒(ほぼ杖)をつかい大釜の中身をかき混ぜ始めた。
「これだけでも質のいいポーションは作れるけど、ヒムラサキも入れたら効能もよくなると思うんだよね…」
独り言を呟きながらもかき混ぜる動作にはいっぺんの乱れもない。
あ、いや流れるように入れる予定のない薬草のペーストを一撮みしている。
「大丈夫…まだ素材に余裕があるし…一回くらい失敗しても大丈夫、大丈夫…」
まるで失敗を恐れているかの呟きだったが、その顔は喜色に満ちていた。なんなら少し気色悪い。
そして、迷いなく追加の素材も投入―さっきの呟きはなんだったのかという
きはなんだったのかという勢いだ。
やがて大釜の中がにわかに光だす。
暫くしないうちになにやら妖しい光の点滅まで起こるが―
しかしリリアは気づいた様子はない。
必定―
「ふふふ、やっぱりこの組み合わせで間違ってないみたい。さっすがわたし。錬金術師のおばあちゃんのま」
全てを言いきる前に室内は強烈な光にのまれ―その数秒後、真昼の住宅街にどこからともなく爆音が響いたという。
●
「で、失敗したのが悔しくてその後も試行錯誤を繰り返していたら徹夜して寝落ちしたと…」
「その通りでございます…」
「因みに昨日、これからどうするかの打ち合わせをするって話をしたはずだが?」
「完っ全に忘れてました…」
冷ややかな目で糾弾され、冷や汗を垂らしつつどうやって宥めようか考えを巡らすリリア。
対するリベロだがー実はそこまで怒っていない。
なんせ一ヶ月ぶりのまともな休暇である。
それまで満足にやりたいことが出来なかったのだから、反動で羽目を外してしまうのも理解してはいるからだ。
かく言う本人も仕事を手早く済ませると、森林浴に洒落こむなどソロキャンして休暇を満喫していた。
今回の糾弾は、予定を狂わされたお小言よりも体調面を心配する一面が強い。
あとあまりのだらしなさに呆れていたとも言う。
反省だけはしている様子なので、「次から気を付けるように」と言い聞かせたあと、ふと目に入った大釜の中身の話題に写った。
リベロにとってリリアの創る奇想天外な道具は数少ない娯楽の一つであり、生命線でもあった。
対してリリアはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、胸を張る
「聞いて驚かないでね。ポーションの効能そのままにありとあらゆる毒を解毒できる新発明…になるはず…!」
「つまりまだ成功してないんだな」
「そうだよワーン!!」
図星を刺されたリリアはその場で崩れ落ちてしまった。
丸一日使ってなんの成果も得られませんでしたッ!となればあまりの不毛具合にそろそろ心が折れかけてもいる。
リベロはそんな少女をひとまず置いといて、勝手知ったる我が家のように中へ入り、散らかっていた室内からそれでも大事にされているのがわかる古びた本を手に取った。
―その本ははとある人物が半生をかけて綴った、覚書のようなものだった。
大釜の側に集められていた素材を一望すると一ページずつ丁寧にめくっていき、すぐに目当てのものを見つけた。
「やっぱりあった。これじゃないのか?」
リベロは開いたページをみやすいように差し出す。
そこには先ほどリリアが挙げた効能を示す記述と、詳細なレシピが記されている。
そのページをしっかりと焼き付けるように睨み付けたあと、彼女はまたガックリとその場に突っ伏した。
「さ、さすがおばあちゃん…まだまだ叶わないなぁ」
尊敬と徒労がまじった溜め息とともにそんなことを呟く。
今はもう遠いところにいる唯一の肉親を想いを馳s―
「黄昏てるとこ水を差すが、結局ノルマは終わったのか?」
ピシリと固まる時間―固まったのはリリアだけだが。
頭を抱えたのはリベロだった。
相方件雇い主のようなものが離職の危機だというのだから当たり前だ。
締め切りは今日の日中、そしてこれから調合するとして、まともに作ったら間に合わず、錬金術に頼ったとしても徹夜は避け得ないだろう。
既に何度か納品の滞納を大目に見てもらっているのでそろそろ資格剥奪されてもおかしくはない。
幸い素材の在庫は事足りたので―あとはリリアの根気やる気体力のみ。
このとき、リリアには郊外で現れるモンスターよりも怖いなにかが目の前に君臨したという。
徹夜明け(自業自得)の薬師が酷使されることが決定した瞬間である。
結局のところ自前の栄養ドリンクをラッパ飲みして血走った目でノルマを完遂され、鬼もとい悪魔もといリベロから代理としてギルドに納品された。
そして、本来予定されていた合議はリリアの病欠のため二日ほど日にちがずれたのは余談である。