未来と孤独と救い――8
プラムが一礼して扉を開けた。
走り去っていくプラムを見送った俺は、セシリアの招きで敷居をまたぐ。
エントランスホールは吹き抜けになっており、二階へ続く階段が正面にあった。
天井には豪奢なシャンデリアが吊されている。ただ、シャンデリアの光源はロウソクではなく、球状の光だ。
俺は目を丸くして、シャンデリアを指さしながらセシリアに尋ねた。
「あれは光魔法の『ライト』ではないか?」
「その通りです」
「誰がライトを発動させているのだ? シャンデリアを魔法で飾るなどはじめて見た。相当な魔法制御力だ」
「シャンデリアを魔法で飾っているのではありません。シャンデリア自体が魔法を発動させているんです」
セシリアの説明に、俺は口をあんぐりと開ける。
仰天する俺に、セシリアがクスリと笑った。
「あのシャンデリアは『魔導具』なんです」
「魔導具?」
「はい。魔導具というのは――」
セシリアの説明はそこで途切れた。ふたりの人物が階段を駆け下りてきたからだ。
青髪碧眼の男性と、茶髪翠眼の女性だ。
男性のほうは四〇前後と思しき見た目。中肉中背の体を、紺色のスラッとした衣装で包んでいる。精悍な顔立ちが、どこかロランを彷彿とさせる。
女性のほうも中肉中背。身につけているのはシンプルな上着とロングスカート。柔和な顔立ちがセシリアにそっくりだ。セシリアの姉だろうか?
「セシリア――――ッ!!」
「セシリアさぁ――――んっ!!」
観察しているあいだにふたりは一階に降り、速度を一切緩めず走ってきて、セシリアに抱きついた。
グズグズと鼻を鳴らすふたりの背に、セシリアも腕を回す。
「お父さん、お母さん、心配かけてごめんなさい」
「いいんだ! セシリアが帰ってきてくれたなら、私たちはそれでいいんだ!」
「わたくしたちは、セシリアさんにもう会えないのかと……っ!」
ふたりの泣き様は激しくなるばかりだった。どうやらセシリアの両親らしいが、凄まじい取り乱し振りだ。
それだけセシリアの身を案じていたのだろう。よい親ではないか。
「よく戻ってきてくれた、セシリア!」
「魔導兵装もないのに頑張りましたね」
「いえ。わたしひとりではどうにもなりませんでした」
両親に労われるなか、セシリアが首を横に振る。
「では、どうやって誘拐犯から逃れてきたんだい?」
「イサム様が助けてくださったのです」
頭の上に『?』を浮かべるふたりに、セシリアが俺を紹介した。
ようやく存在に気づいたのか、ふたりの顔が俺のほうを向く。
ふたりが息をのみ、瞠目した。
ふたりはセシリアから離れ、その場に両手両膝をつく。
「『剣聖』のイサム様でいらっしゃいますか!」
セシリアの父親に、「ああ」と俺は頷いた。
「セシリアから聞いている。ロランとマリーの命により、俺を待っていてくれたのだな」
「はい! 私どもの先祖はイサム様に助けていただきました! いまの平和があるのも、私どもがここにいるのも、すべてはイサム様が身を投げ打ってくださったからでございます!」
「そればかりでなく、わたくしたちの娘まで助けていただき……感謝してもしきれません!」
「いい」
平身低頭するセシリアの両親に、俺は穏やかな目を向ける。
「助けられたのは俺のほうだ。俺はセシリアに救われた。ロランとマリーの申し渡しを、お前たちが伝えてくれたからだ」
感謝を込めて俺は一礼した。
「お前たちがいてくれてよかった。感謝する」
「もったいないお言葉です……!」
「これ以上の栄誉はございません……!」
身を震わせて、ふたりが感涙した。