デートと討伐と邂逅――９
それでも俺は動かない。
セシリアが、両腕に魂力を集めていたからだ。
俺は信じていた。
セシリアならば、やれる。
オアー・ドラゴンの一撃に合わせ、セシリアがセイバー・レイを掲げた。
オアー・ドラゴンの前足がセイバー・レイの剣身に触れる。
瞬時、セシリアが剣身を傾けた。
オアー・ドラゴンの前足がセイバー・レイの剣身を滑る。力の向きをコントロールされ、望む動きから逸らされていく。
受け流し。
セシリアは、以前の稽古で俺が見せた技術を、武技『剛』で膂力を補うことで再現したのだ。
振り下ろしの一撃をいなされ、オアー・ドラゴンが体勢を崩す。
「はぁああああっ!!」
たたみかけるように、セシリアがセイバー・レイを閃かせた。
狙うは振り下ろされた左前足。
放つは右から左への横一閃。
セイバー・レイが、オアー・ドラゴンの左前足を切断せんとする。
硬質な音が響いた。
セシリアが瞠目する。
「刃が通らない!?」
オアー・ドラゴンの鱗に、セイバー・レイが弾かれたからだ。
セイバー・レイは、武装強化の魔法式が組み込まれた、鋼鉄すら容易に斬り裂く魔剣。
しかし、オアー・ドラゴンの鱗は断てなかった。鱗の硬度がセイバー・レイの切断力に勝ったのだ。
予想外の展開に、セシリアが狼狽する。
その一瞬が命取り。
オアー・ドラゴンが牙を剥き、セシリアに噛みついてきた。
いかん。流石に助けに向かわねばなるまい。
即判断。
セシリアを救助するため、俺は両脚に魂力を送る。
「任せてください！」
駆け出す直前、一陣の風が俺の隣を駆け抜けていった。
ティファニーだ。
短剣型の魔剣を手にしたティファニーは、一直線にセシリアのもとを目指す。その速度は疾風のそれすらも超えていた。おそらく、ティファニーの魔剣には加速の魔法式が組み込まれているのだろう。
オアー・ドラゴンの顎がセシリアを食いちぎる――寸前。
「ギリギリセ――フ!!」
ティファニーがセシリアを抱え、助け出した。
オアー・ドラゴンの牙が虚空を噛み、ガキンッ、と音を立てる。確実に捉えたと思っていた獲物に逃げられたためか、オアー・ドラゴンは呆然としていた。
ティファニーが叫ぶ。
「イサムさん、いま！」
「応っ！」
俺は体を前傾させる。
一歩。刹那。肉迫。
俺はオアー・ドラゴンの目前に立っていた。
相手との距離を一瞬で殺す、俺独自の武技『縮地』。
オアー・ドラゴンが目を剥く。
「許せ」
俺は刀の柄に手をかけた。
「恨みはないが、留まるわけにはいかぬのだ」
抜刀。
「秘剣の二――『一文字』」
神速一閃。
天地伐開。
オアー・ドラゴンの巨体が両断された。
切断されたオアー・ドラゴンの上半身が地面に落ち、地響きを立てる。爛々と輝いていた双眸からは、光が失われていた。
辺りが静寂に支配される。
剣身に付着したオアー・ドラゴンの血を振り払い、刀を鞘に収めた。
俺は振り返り、口をあんぐりと開けて立ち尽くす魔兵士たちに、ニカッと歯を見せる。
「仕舞いだ」
静寂が歓声で塗りつぶされたのは、四秒後のことだった。
