未来と孤独と救い――7
セシリアのあとをついて行くと、周囲の風景は変わっていった。進むに従って、建ち並ぶ住宅が豪勢になっていったのだ。
俺がそのことについて尋ねると、セシリアが振り返る。
「この一帯が、貴族が重宝している高級住宅街だからです」
「ということは、デュラム家も貴族なのか?」
ロランもマリーも平民の出。どちらも貴族ではなかった。いつの間に貴族になったのだろうか?
俺の疑問に、セシリアが笑みとともに答える。
「はい。勇者パーティーは、魔王を討伐したことで貴族位を与えられましたから」
「ほう! となると、ほかの三人の子孫も貴族ということか」
「ええ。ただ、イサム様は……」
表情を曇らせて言い淀むセシリア。その意を悟り、俺はゆっくりと首を横に振った。
「気にせずともいい。俺に貴族位が与えられなかったのは当然だ。俺は、勇者パーティーとして認識されていないのだろう?」
「気づいていらっしゃったのですか?」
ハッとするセシリアに、俺は苦笑を向ける。
「勇者パーティーの一員と認識されていれば、いまごろこの街は大騒ぎだったろうからな」
未来に飛ばされてから、俺はこの街を歩きまわった。もし勇者パーティーとして認識されていれば、俺が『剣聖』イサムだと気づく者もいただろう。
しかし、俺に注目する者は誰もいなかった。名を呼ばれることもなかった。だから俺は察したのだ。勇者パーティーの一員として、俺は数えられていないのだと。
「事実、俺は魔王の討伐に参加していない。ラゴラボスとの戦いでリタイアしたのだからな」
「……申し訳ありません」
「セシリアが気にすることはない。謝る必要もない。貴族など柄でないし、俺はロランに、マリーに、きみに救われた」
沈痛な顔でうつむくセシリアに、俺はからっとした笑みを見せた。
「充分すぎる報奨だ」
「ここがわたしたちのお家です!」
セシリアが和やかな顔で両腕を広げる。
俺は「ほう」と感嘆の息をついた。
「立派なものだな」
セシリアの家は――デュラム家は広大な敷地を持っていた。
切妻屋根を持つ二階建ての屋敷。屋敷の周りは庭になっており、花壇や噴水が設けられている。
「さあ、参りましょう」
手を引くセシリアに「ああ」と応じ、俺は屋敷へと続く道を進む。
ただ、ひとつだけ引っかかる点があった。
デュラム家は立派だ。違いなく立派だ。二〇〇年前であれば、王族が住んでいてもおかしくなかっただろう。
だが、この高級住宅街に建つほかの邸宅と比べると、やや見劣りしてしまう。
なぜだ? ロランとマリーは魔王討伐という偉業を成し遂げた。誰より敬われようとおかしくないはずだが……。
怪訝を覚えるなか、俺とセシリアは屋敷についた。
両開きの、見事な木製扉。その傍らに立っていた、メイドと思しき女性が、セシリアの姿を確かめ、駆け寄ってくる。
「ご無事でしたか、お嬢様!」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
飛びつかんばかりの勢いで寄ってきたメイドに、セシリアが頭を下げた。
「いえ! いえ! お嬢様が謝られることなどありません! お嬢様がさらわれたとお聞きして、わたくしは心配で心配で……っ!」
「ずっと待っていてくれたんですね、プラムさん」
滂沱するメイド(プラムという名前らしい)の背を、セシリアが優しくさする。セシリアの表情は慈愛に溢れ、『聖母』を連想させた。
メイド服の袖でぐしぐしと目元を拭い、プラムが顔を上げる。
「旦那様と奥様にも、お嬢様の無事を伝えて参ります!」