恋慕と使命と旅立ち――8
隣を確かめるために、俺がまぶたを開けたとき――
「え、えいっ」
気合を入れるようなセシリアの声とともに、俺の左腕がなにかに包まれた。
ふわりとした柔らかと、心をほぐすような温もりが、俺の左腕から伝わってくる。鼻孔をくすぐるのはラベンダーに似た香りだ。
思わぬ事態に俺は目を丸くする。
隣を見やると、真っ赤になったセシリアの顔が、間近にあった。
俺は理解する。
柔らかさの正体はセシリアの感触。
温もりの正体はセシリアの体温。
香りの正体はセシリアの匂い。
セシリアが、俺の左腕を抱きしめているのだ。
セシリアの顔は耳まで赤く染まり、両目はギュッとつぶられている。
密着している左腕からは、セシリアの体の震えと、駆け足のように速まった鼓動が伝わってきた。
そうか……そうだったのか、セシリア。
俺はセシリアの思いを察した。
右腕をセシリアの背に回す。ビクリとセシリアが身震いして、体を強張らせる。
「すまない、セシリア。きみの気持ちに気づけなかった」
「き、ききき気づいちゃいましたか!?」
「ああ。よくわかった」
セシリアが弾かれたように顔を跳ね上げ、キツく閉じていたまぶたを開ける。
穏やかな顔つきで、俺はエメラルドの瞳を見つめた。
「俺は誓いを違えん。いつまでもセシリアの側にいて、いつまでも守り続ける」
「イサム様……!」
感極まったようにセシリアが声を震わせる。
セシリアの瞳が潤み、頬がゆるみ、トロリと夢見るような表情になる。
俺はセシリアに微笑みかけた。
「きみは、パンデムへの旅に緊張していたのだな」
「…………ふぇ?」
セシリアが間の抜けた声を漏らし、目をパチクリさせた。
俺はセシリアの背中をポンポンと優しく叩く。
「大丈夫だ、俺がついている。だから安心して眠るといい」
赤子をあやすように背中を叩いていると、セシリアが頬をむくれさせた。
「……イサム様は、わたしの気持ちに気づかれたんですよね?」
「ああ。セシリアは心配だったのだろう? 俺に縋り付きたいほどに、パンデムへの旅を憂慮していたのだろう?」
エメラルドの瞳が半眼になる。
セシリアが深く深く溜息をついた。
「……ぬか喜びです」
「む? どうした? なぜ拗ねている?」
「拗ねてなんかいません!」
威嚇する仔犬のように声を荒らげて、セシリアがグリグリと額を押しつけてきた。
いや、明らかに拗ねているのだが……不安だったのだろう、セシリア? 慰めたのに、なぜこのような反応をするのだ?
わからん。まったくわからん。
わかったのは、拗ねるセシリアは非常に愛らしいということくらいだった。




